修正力
青龍山に突如として大穴が開いた。
竜人族の人達はその出来事が信じられず、悲痛の叫びを上げ始める。
それを見たヴァルゴはすぐに行動に移す。
ヴァルゴは光となって音姫の身体を包み込み女神のような魔装が皆まとわれ、
「え? ど、どうして?」
そしてコレットも、自分の意思とは関係なく、魔装を身にまとった。
「ゆ、ユニさん?」
『ごめんなさい、コレット。でも、今の衝撃は容認できません!』
『今のは赤信号ですよ音姫さん。大至急対処しなければ、大変なことになります』
「ヴァルゴさんがそこまで言うなんて……それほどのなんですか?」
『今の力は空が使った魔装『鳳凰』の力に酷似しています。ですが、その力は再生ではなく破壊……いえ、消滅に近しい力です』
「えっと……この声はヴァルゴさん……ですか? 消滅ということはつまり、虚無としての基本的な力……というわけですか?」
『あなたはやはり私の声が聞こえるのですね。
コレット様の言う通り、基本的にはそれに間違いありません。ですが、今の力はその基本的な虚無とは逸脱したものが一つあります』
「逸脱したもの?」
『それは、世界への修正力です』
「修正力……?」
『音姫さんは初めて知ることでしょうからわからないのは当然でしょう。
簡単に説明すれば、修正力は不十分な現状を修正する力のことです。
虚無とはそこにあったものが突如として無くなったことを指します。しかし、目の前にあったものが突然無くなった、例えば、テーブルの上置かれてあったリンゴが目の離した瞬間に無くなってしまうと、それを疑問に思うと思います』
「は、はい。確かに、当然無くなれば疑問に思います」
『今のあの力はその感覚は意識、疑問などを気付かせない力を持っています。先程のリンゴの例で言えば、そもそもテーブルの上は何も置いてなかった、と言うふうに』
「それに何か問題でもあるんですか?」
『では先程の例えで挙げたリンゴを人間、もしくは街として考えてみましょう。今の衝撃を人、もしくは街が浴びてしまったとします。衝撃を浴びた人は消滅し、街は地図が消えてしまった。しかし、それを知っている人は誰もいない。いえそれどころか、そこに何かが、誰かがいたということにすら気付かない。
人が死んでいようと、それを誰一人として認識できる人は存在しないのです』
「そ、そんなことって!」
『申し訳ありませんが、それが事実。竜人族方々はあの山に大穴が開いたことに驚いているのではなく、聖域と呼ばれる青龍山から煙が上がっているということに動揺し、悲痛の叫びを上げているのです。先程の衝撃はそれほど強力な修正力を所持している力でした』
身体の内側から聞こえてくるヴァルゴの言葉に耳を疑い、洸夜や優雅、クロエ達を含める周囲の者達を見渡す音姫。
洸夜や優雅達はヴァルゴの言う通り、誰一人として山にできた大穴ついて語っているものはおらず、大きな砂埃が上がっていることに動揺していた。
ただクロエだけは何かを考えるようにしている姿をうかがえた。
「そんな……。でも、どうして私やコレットさんにはこの影響が受けていないんですか?」
『我々十二星宮は虚無を用いた魔法を使うことが多くあります。私やそこにいるサジタリウスなどはその力を拒否し、自らその力を切り離しましたが、十二星宮の力が影響し、虚無の力に対し、強い抵抗力を持っています』
「それは本当なの、ユニ?」
『……』
『私からすれば、それらに関係のないはずの彼女が、何故影響を受けていないのか、理解が出来ませんね』
「彼女?」
ヴァルゴの言葉に疑問に思い、ある場所に視線を向ける。
それはすぐそばにいる魔装を身にまとっているコレット……の足元にいる幼き少女、ユイであった。
「わぁ……。おっきいお穴が空いちゃった……」
ユイは青龍山から上がっている砂埃ではなく、その後ろにある巨大な大穴に注目し、感想を漏らしていた。
それはコレットや音姫のような虚無の影響を受けないものにしか理解できないにも関わらず、ユイはしっかりと認識ができていた。
「え、えっと……。ユイちゃんのことはおいおい話しますので……、それよりも、まずはあの原因を突き止めないと」
何故影響を受けていないのか。
二人の疑問はもっともだが、コレットは奈落での出来事を隠すように話を晒した。
当時の出来事はわからないことだらけで、その場にいた誰一人として説明することが不可能だったことが原因であったからだ。
二人は話を晒すコレットを不思議に思いつつも、その言葉にしたかって山へと向かおうとしたが、先程まで考え事をしていたクロエがコレット達に話しかけてきた。
「コレット。そして音姫さん。お尋ねするけど、あなた達には今の青龍山が不自然だと、そう思うのね?」
「はい」
「………。なら、それに間違いはないわね」
クロエの問いにコレットははっきりと答え、その答えに納得したクロエは、そう呟いた。
そして自身の姿を再びドラゴンの姿に変える。
竜人族の人達は突然現れたドラゴンの姿にさらに動揺の声を漏らしたが、クロエはそんな竜人族の人達に言い放った。
『今すぐに言葉から離れない! 死ななくないのであれば、少しでも遠くに!
洸夜、優雅! あなた達もすぐに逃げなさい! 残るのであれば、彼らの避難指示を。残りの者はこれより青龍山に向かいます! ユゥリ、そしてエリーゼは私の背中に!』
「クロエさん。先に行きますね!」
『音姫さん。私達も』
「え、あ、ちょ、ちょっと!」
クロエが指示を出し終えると、コレットは空を飛び、青龍山に向かう。ユイと共に行くのは、どんな事を言って付いていこうとする彼女を二人は理解していたからだ。
対して、音姫はヴァルゴの言葉に動揺を露わにしたが、その身体を操られ、コレットの後を追って空を飛行し始めた。
洸夜と優雅はクロエの指示に従って避難誘導を始める。
その姿を確認したクロエは、その背に二人を乗せ、先行した二人の後を追って翼を羽ばたかせるのであった。
*
一方、青龍によって、瓦礫に生き埋めにされたソラは頭から血を流しながら、とある夢を見ていた………。
「目は覚めたか?」
突然、そんな事を尋ねられた。
目を開くと、そこはとても暗く、機械のような実験器具が部屋全体に広がっており、その中心に…は横たわっていた。
そんな…の目の前に現れた男は、…を見下ろしながら、
「『デルタ=Ⅳ』。それが貴様のコードネームだ」
それがなんなのか、…には理解できなかった。
ただ、
「貴様の心獣は、我らが王と同質力を持っていたため、その力を王に取り込ませてもらった。我らが王の依り代として、その命を尽くせ」
この男は…に死を望んでいることだけは理解できた。
これが僕達の一番最初の記憶だった。




