神の住まう場所
「クロエさん、急いでください!」
中央国を出たコレット達は空を飛びながら、大急ぎで竜人族の里の先にある青龍山へ向けて飛行していた。
『わかっているわ。でもその前に一度里の方へ降りるわ』
「どうしてですか?」
『帝国がこの場所に向けて軍を出そうとすることを伝えるためよ。無駄でしょうけど、戦わないように頭を下げるわ』
「それに、もしかしたらそこにソラがあるかもしれない。だから一度立ち寄って、情報を集めようってことですね」
『その通りよヴァルゴ。コレットも、それで構わないわね?』
「そういうことであるのなら、私は構いません。できる限り、誰かが傷つくのは、もう見たくありませんから」
「………」
クロエとヴァルゴ、そしてコレットがそう言って話をまとめ、竜人族の里へ向かうことが決定していく中、洸夜と優雅、そしてエリーゼは、本当のクロエの姿に興奮しており、そんな二人をユゥリと音姫はその興奮を抑えていた。
ただ、二人の興奮を抑えながら、ユゥリだけは話をまとめていたコレット達の方をじっと、静かに見つめていた。
*
クロエは竜人族の里近くの森に着くと、そこで背中に乗せていたコレット達を下ろして人間の姿へと変化した。
「クロエさん。どうしてこんな所に降りたのですか?」
「竜人族は自分の領地の制空権を脅かされることを強く嫌うわ。里の近くからは、歩いて森を抜けましょう」
コレット達はそうして森の中を少し早足で進んでいく。
「ところで……クロエさんでしたっけ? クロエさんって、ドラゴンなんですよね?」
「見た通りです。それがなにか?」
「クロエさんと竜人族って、なにか関係が?」
「それは確かに思った。クロエさんと竜人族の方々と何か繋がりがあるんですか?」
「ああ……。私はもともと青龍山出身で、新たな龍神として一番の有力候補だった」
「龍神って確か……十二星と同等の神格を持つ三人の神……でしたよね?」
「その通りよユゥリ。南を領地としている王都。西の皇国。東の帝国。そして十二星を神として崇め続ける北の魔界。私達の暮らす世界はこの四つの領土に分けられている。青龍山は帝国の領土内で、神が住まう場所として崇められている。
竜人族はそんな青龍山を守る人だとのことよ」
「帝国が青龍山……ということは、コレットさんが暮らす皇国や王都にも同じような場所があるんですか?」
「皇国にはどういうわけかそのような場所は無いわ。でも王都には『不死の泉』と呼ばれる、どんな災害が起きようと枯れることのない魔法の湧き水が存在するの」
「不死の湧き水……それがあれば、飲み水で困る人はいなくなりますね」
「………そうなれば、本当に良かったのだけど………」
クロエはそのように呟き、森の中を進んでいく。その言葉を聞いていた、中でも事情もなにも知らない音姫達異世界人の三人は言葉の意味がわからず、首を傾ける。そしてそのほかの者達はバツが悪そうに顔をしかめた。
「王都の王は理性的で、最初はそうつもりだったのだけれど、その泉を飲んだ者の怪我がすぐに良くなることがわかった。そして、わかった瞬間、一部の権力者達がその泉の独占に走り、今もなお水が湧き続けているものの、国の厳重な管理のもと、誰の手にも届かないようにしてある」
「そうだったんですか………」
「人間とは、本当に欲にまみれた人間が多いわ……あら?」
クロエがそう完結し、言葉を区切ると、森を進む先で何かを発見した。
「どうかしたんですか、クロエさん?」
「あれを見てみて」
そう言ってクロエが指をさした方に全員が視線を向けると、そこには雑に作られた妙に盛り上がった地面に木の板が刺さったお墓を発見した。
「妙ですね。こんなところにお墓なんて……」
「おかし過ぎる。こんな見え見えの場所にお墓……もしかして、魔獣にでも襲われた後? もしくは、魔獣の死骸が埋まってるのか?」
「「「ヒィ?!」」」
「ああ、確かに。魔獣や魔物の血の臭いや仏様の臭いは逆にほかの魔物達を次々と呼び寄せてしまいますからね。誰かを近付けさせないようにするために、ここに埋めたのでしょうか……」
「でもまだ臭いがしないあたり、そう時間が経ってないのか?」
「「いや。お二方はこの状況に適応し過ぎなのでは?」」
お墓を発見したクロエ達はそれを観察しながら各々感想を述べていく。
その感想に反応して、異世界人の三人は恐怖して短い悲鳴をあげながら、体を小さく寄せ合っていたり、ユゥリとエリーゼがこの状況を極自然のものと受け入れてしまっていることに少々引き気味な反応を見せていた。
「………魔力探知完了。お墓に使用されている土から微量のソラ・オオゾラの魔力を探知。ですが、それ以上は魔力反応が遮断されており、感知は不可のであります」
そんな中、唯一お墓への反応とは別の言葉を口にした。
「っ!」
「! コレット!」
それを聞いたコレットはクロエの制止も聞かず、無意識のうちに走り出していた。
すぐそこにソラがいる。
それだけで心が弾み、脚が軽くなっていく。
そんな抑えることのできない感情の中、コレットは山道を登りきり、そして竜人族の里の入り口へとやってきていた。
それは大きく、そして真っ赤な、お城にでも使われるような巨体な門だった。
「ここが……竜人族の里………ですか………」
「ええ………。たのもう!」
コレットとクロエ、そしてヴァルゴ以外の者が息を切らしながら呼吸を整えている中、クロエは門の向こう側の人物に呼びかけるような大きな声をかけた。
しかし、その呼び声に答えることなく、なぜかその巨大な門の扉が開いた。
クロエは扉が何の返答もなく門が開かれた事に身構えて、臨戦態勢を取る。
しかし、門を開いた竜人族の反応は意外な者で、
「ようこそ。お越しいただきました。コレット様」
それは村民全員でのお出迎えだった。
さすがの竜人族の反応に、目を大きく見開いて驚いていた。
「………あなた達はコレット姫を知っているのはなぜなのでしょうか?」
そんな中、いち早く冷静さをヴァルゴは竜人族の長であろう真ん中にいる老人に審議を尋ねた。
老人はさも当然のように尋ねられて疑問に答える。
「話を聞いたからです。『俺の我儘かもしれないけれど、彼女とは距離を取りたいと思っている反面、そばにいて欲しいと願っている自分がいる』。というノロケ話をね」
「ああ。それはソラで間違い無いわね」
「………」
老人からたったそれだけの言葉を聞いたクロエはそれがソラであることを確信し、納得した言葉を口にした。
コレットは嬉しさや恥ずかしさといった様々な感情が織り混ざり、顔を赤く染めて俯くのであった。




