ソラの本質
エデュートが光となって消えて、ソラはその場に虚しく立ち尽くしていた。
コレット達はそんな姿のソラを見て、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
そんな時、ソラが闘技場を任せたエリーゼがコレット達の元へ駆け足でやってきた。
エリーゼは最初、ユイが跨っているミストの存在に驚き、目を大きく見開らいた。その姿にカンナとユイは笑みをこぼしたが、コレットだけは未だに立ち尽くしているソラを見つめていた。
ソラは顔を伏せながら自らの手を覗いている。
「ーーー急いで来てください! 生徒達の大混乱で、全然まとまらないんです!」
「わかったわ。私達も、すぐにそちらに行くわ。ソラも! それでいいわね!」
「……ああ」
ソラは気の無い返事でカンナの指示に従って、移動を開始するカンナ達の後を追った。だが、開いている距離をソラは決して埋まることはなかった。
カンナ達が生徒達が集まっている場所……学校の校門にやって来ると生徒達やその親、さらには学校に推薦した国のトップ達のによって大パニックとなってしまっていた。中には、魔族にやられ、大怪我をしているものや、行方のわからない生徒がいることが判明した。
カンナは直ちに医療班と学校内捜索の班を総動員し、事対策にあたった。
そんな中、コレット達には賞賛の言葉が投げかけられていた。
生徒達が捕まっている中、コレット達は魔族達を圧倒し、撃退し、そしてこの学校を救ったからである。
コレット達に賞賛の声が飛び交う。しかしながらコレット達の表情は悪くなる一方であった。
なぜなら、その賞賛の声が挙げられるべきは、生徒達を救出し、誘導して、さらに裏切り者であるエデュートを倒したソラに与えられるべき賞賛であったからだ。
だが、そんなことをよしも無い学校外部の関係達は、コレット達には賞賛の声を上げる。さらに、コレットやエリーゼはこの学校でも優秀な生徒であら、しかも、コレットは皇国の姫君。皇国との親密な関係を図ろうと貴族達は必死でもあった。
コレット達は賞賛をあげられるべきソラの名前が一度たりとも上がらないことに気分を害しながらも、賞賛をあげられるはずのソラの方に振り返った。
しかし、振り返った先にはソラの姿は無く、周囲を見渡そうとも、ソラの姿を発見することができなかった。
*
僕は、コレット達の後を追い、外の人達と合流したのを確認して、先程の時計塔へと戻ってきていた。
時計塔へと戻ってきた僕は、光となって消えていった試験官がいた場所のすぐそばで膝をつき、握りしめている手とは逆の手で地面に触れる。
地面には、試験官が人間であったという証拠である赤い血では無く、魔族が流している紫色の血がどっぷりと流れていた。僕はそんな紫色の血に触れる。
「…………っ。クソッ!」
紫色の血に触れながら、強く握りこぶしを作り、両手で強く地面を叩きつける。
地面を強く殴ったことで、流れている紫色の血が飛び跳ねるが、それにまったく気が付かず、それ以上に自分の中の黒い感情に嫌悪感、怒り、後悔などさまざまな感情が渦巻いていた。
僕は! 僕は……彼を救うことができなかった!
地面を何度も何度も殴りつけながら、僕は試験官を助けられなかったことを激しく後悔した。
冷静になれば、もっと手段があったかもしれない。
強力な封印魔法をかけ、身動きを取れなくすることだってできたはずだ!
他の魔族達同様に身体全体を氷漬けにして完全冷凍等状態にすれば、もしかすれば殺さずとも助け出す手段の一つになったかもしれない!
でも僕は、彼を殺すことが救うことのできる最善の手段だと信じて疑わなかった。他の考えに至ろうともしなかった。
しかもあの時、僕は殺すことに何の躊躇もなかった。それどころか、自分はあの盾を試験官に振り下ろす時、そして矢を放つ時……。
「笑って…いた……」
そう……。あの時、自分は彼を殺す時……暴走する彼を破壊することに、幸福を感じてしまったのだ。
今回のことでわかったことがあった。エリーゼさんが言っていた、「魔装は自分の本質を最も強く引き出すことができる」と……。
つまり、自分の本質は誰かを守ることでは無く、誰かを壊すこと、それが自分の本質であると……。
「うっ?!」
それを理解した瞬間、強烈な吐き気を催し、胃酸が逆流し、耐えきれず吐き出した。
口から流れ出る胃酸と唾液。運がいいのか、流れ出る胃酸達は少量で、その二つ以外の排出物は存在せず、白い泡と胃液だけが吐き出される。
胃液が吐き出された口元をべっとりと血のついた手で拭う。口周りが紫色になりながら、例えようの無い感情が心の中を支配する。
どす黒く染まっていく心に鼓動が早まり、視界が狭まりながら、呼吸が早まっていく。
(ぼく、は、……ぼくはつまり、人を殺す事を……命を壊す事を!)
「そうだ。お前は壊す事を運命付けられた人間だ」
そんな声が聞こえ、あたりを見渡すとそこには誰もおらず、この時計塔には自分以外の姿は存在しなかった。
声を発していた主を見つけることができず、あたりを見回していると、地面から黒い靄が突如として現れ、自分の身体を飲み込んだ。
黒い靄に包まれ、動揺していると、すぐに黒い靄が晴れ、外の光が自分の身体に浴びる。そしてすぐに自分がいる場所が、時計塔の入り口から闘技場の真ん中にいることに気が付いた。
なぜ自分が闘技場にいるのかわからなかったが、すぐにそんな思考は投げ捨てる。自分が現れたであろう闘技場の武舞台の上で、目の前にある人物がそれを許してくれるほど甘い人物でないことを、ソラは知っていたからである。
「……Ⅳ」
「コレットがいる時点で、お前がいることはわかっていた」
「なんのようだ」
「なに。どうせ貴様のことだ。アレを殺してしまった事を悔やんでいるのだろう」
「アレ? アレっていうのは、試験官のことか!?」
「それ以外になにがある。あいつから渡されたあの薬を使った時点で死ぬこと以外の選択肢は存在しなかった人形だ。一々人が扱いするまでも無いだろう」
「テメエ!」
「それに、今回はお前に、礼を言うつもりなんだ。コレットがアレを殺さないでくれたおかげで、予定が早めに進めれそうだ」
「予定?」
「ああ。この枝が最後のチャンスだからな。お互いに」
「枝?」
Ⅳの言葉に怒りをあらわにするソラ。だか時折出るわけな訳のわからない言葉に疑問を持つ。
「近いうちわかるはずだ。世界を滅ぼすソラ・オオゾラという存在が、この最後の枝で、どのような結末を迎えるのかをな」
Ⅳの言葉に言葉を失わざるを得なかった。
自分が? 世界を、滅ぼす?
そんな訳のわからない言葉に頭が混乱する。
「そんな中、たった一つ、お前が世界滅ぼさず、崩壊をを回避する方法が存在する」
「方法?」
「それは、お前自らが命を断ち、この世から完全に消滅することだ。それがこの枝での、最も最善の方法だ」
その言葉はまるでこの先に起きる未来がわかっているような発言であった……。