裏切り者
奥の部屋の扉をくぐると暗い部屋の中で結界の巨大な術式が怪しくきらめいていた。
「あれが、最後の術式ですね」
「行けるかしら?」
「大丈夫です。あれだけ的が大きければ、簡単に撃ち抜けます!」
コレットはそう言って弓を引き、矢を放った。今まで通り簡単に術式を破壊できる思っていたのだが、矢は術式に突き刺さる前に壁のようなものに阻まれた。
「そんな! どうして……」
「なるほど。初歩的なことだったわね。おそらく、ここが今張っている術式の中で最も重要な…中心部分なのよ。そしてその他はこの術式を強くする為の術式をなんだと思う。だから他の術式を破壊しても結界が解けることはなかった。そんな守っていた結界の術式が破壊された。だった、相手が取る手段は……」
「術式そのものを守るための手段を取ること」
「そう。今弾かれたのはそういうことよ。あの壁はあれを張った本人を倒さない限り解けることはないでしょうね」
「だった、急ぎましょう! こうしている間にも、生徒達が襲われている危険性も!」
「その必要はない」
カンナとの話し合いで立ち上がり、急いで矢を弾いた壁を張った本人を探し出そうと提案するが、それを遮り、二人の背後から声が聞こえてくる。
二人が後ろに振り返ると扉の方から大きな突風が起き、二人は部屋の中央へと吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた二人が魔法陣から放たれる光に照らされ、姿が露わとなる。
そして二人を吹き飛ばした本人もその光に照らされて姿を現わす。
「あなたは確か、編入試験の時にいた試験官さん?」
「やあやあ、お久しぶりですね。ジェラード姫様」
現れた人物は、ソラ達が編入試験を受けていた日、貴族試験官に対してヘコヘコ頭を下げていた古代語解析科の試験官であった。
「どうしてあなたがこんなところに……」
「……やはり、そういうことだったのね」
「おお。さすがは王都国王の片腕とも言われるウィザード様。察しがいい。その通りでございます」
「カンナさん。どういうことですか?」
「……こいつが裏切り者ってことよ」
その言葉にコレットはハッとなって弓を構える。
対して裏切り者の試験官は荷物の様なものどさり投げ捨てる。二人はそれを見て驚きの表じゃぁ浮かべた。
試験官が投げたものは荷物ではなく、
「ビンスさん!」
「あなた、彼に何をしたの!?」
「いえいえ、別に大した事は何もしていませんよ」
試験官はニヤニヤとした表情で二人に微笑みかける。その薄気味悪さに二人に悪寒が走る。
「ただ私はお誘いしただけですよ。人間なんかより魔族達の方が我々の力を活かせると。彼の魔法は実に素晴らしいです。周囲の敵を一斉に攻撃できるあの魔法……。本当に素晴らしい。ですから誘ったのですよ。魔族達の未来の礎になってもらうためにね」
「なのに彼ときたら、自分の名声にしか興味がない。私を倒して自分の力を、十騎士の力を証明するだとのたまい、私に襲いかかってきたのですよ」
「……」
「まったく、愚かな人ですよね。私の話を受け入れていれば、こんな目に合わずに済んだのに」
「それは違います」
試験官が倒れているビンスを愚かだと笑っているとそれをコレットがはっきりと否定した。
試験官は目を丸くしてコレットを見つめる。それに対して、コレットある問いかけをした。
「あなたはなぜ、魔族軍に味方するのですか?」
「なぜ? そんなの決まっているでしょう。お金のためにですよ」
「お金?」
「そう! この世は金! 金さえあれば、なんだって手に入る!」
「ああ、ごめんなさい。そのパターンはソラから押してもらったマンガやらのべ?とかから散々文句を言われるワンパターンなので興味ないです」
意気揚々と語ろうとした試験官にコレットはその言葉を言って一喝した。コレット本人も、そういった流れの本をソラのレクチャーの元ある程度読めるようになったため、そういった敵キャラが残念にやられていることを知っていたが、まさかそれを自分が体験する事なるとは思ってもいなかった。
「お金で買えないものはあります。星とか魂とか、……し、真実の、愛……とか?」
「こんな時に惚気ないの」
「と、とにかく、お金で買えないものだってあるんです!」
そう薄暗いこの部屋の中でもわかるような頬を赤く染めているコレットの姿にカンナは緊張感がないとすっかり呆れてしまう。
「それに、あなたは彼よりも弱い人だと思います」
「なんだと?」
コレット言葉に試験官は鋭い目で睨みつける。それでもなおコレットは言葉を続ける。
「今のあなたには、お金なんかよりも大切なものを失ったんです」
「それは一体なんだ? 名声か? 教師としての信頼か?」
「プライドと思いです」
「プライド? は! それが一体何になるというのだ! そんなもの、一切金の価値にはならないだよ!」
「……あなたは、お金に目が絡み、今までの努力してきた自分を捨て、この学校のみんなを裏切った。今まで努力してきた自分をお金のために捨てた。あなたは自分のこれまで培ってきた努力も、そのプライドもお金のために捨てた弱い人だ」
「黙れ!」
試験官は再びコレットを睨みつける。その眼光には先程とは比べ物にならないすさまじい怒気が含まれていた。
「それが一体何になるというのだ! その程度のもの、今まで散々捨ててきたわ! それに、金のある貴様等が言ったところで一体何になる! 所詮は、金を持つことができている奴らの戯言ではないか!」
「確かに、私達はそうかもしれません」
「それみたことか! やはり金持ちのお前等は、」
「ですが、ソラは違います!」
「何が違うというんだ!」
「ソラは、昔、下町の酒場で働いていました」
「?」
「家族がいるといっても、迷惑をかけたくないからと、住む場所、生活の出来る場所以外のものは自分でお金を稼いで、自分で日々のやりくりをしていました。お金がなくて、一日の食費だけでも大変だったと聞いています」
「だからなんだというだ?」
「それでもソラは、古代語の勉強はやめなかったそうです」
「?!」
「ソラは当初、何か気になるものがあるからと勉強をしていましたが、やっているうちにどんどん好きになっていったと言っていました。あなたも、勉強をしていると、そんな純粋な思いがあったのではありませんか?」
「……黙れ」
「あなたは、そんなあなた自身の思いすらもいらないものだと捨ててしまうのですか!?」
「黙れぇぇぇえええ!!! ウィンド・スパーダ!」
「ウィンド・キューブ!」
試験官は怒りのまま風の斬撃を放ち、地面に切り裂きながら迫り来る。それに反応したコレットはすぐに同格の力を持つ風魔法を使い、自分とカンナの前に壁を張った。
風の斬撃と風の壁が互いにぶつかり合い互いの威力で相殺しあった。
試験官は自分の力ならば、今ので終わる思っていたので、目を見開いて驚愕していた。
「カンナさん。術式の方、任せても構いませんか?」
「……ええ。任せなさい」
「私は、あの人を止めます! あの人が、本当に堕ちてしまう前に!」
コレットは試験官をもう闇の中に落とさせないように強い意志を持って弓を構えるのであった。