生徒達の救出作戦
「……落ち着いた?」
「…………うん」
涙を流し、ソラの服を濡らしたエリーゼは恥ずかしそうな表情を浮かべ、それを見られないようにうつむいて、ソラと視線を合わせないようにした。
「……ハンカチ、いる?」
「そんな気遣い、いらない」
気を遣ってハンカチを差し出そうとしたソラをエリーゼは断って指先で涙を拭い取った。
「そ、それで! ソラは何が作戦があるのかしら!?」
「え、ああ……うん。一つ。いい作戦がある。今までの修行の成果を生かせて、生徒達を安全に助け出せる方法が」
*
ソラ達は闘技場の控え室から出て、闘技場のステージへ向かう通路の出入り口から闘技場を覗き込んだ。
ステージの上では大勢の生徒や先生方が、手や足を縛られ、ステージの上に座らされ、捕らえらていた。
その周囲には大勢の魔族達が監視しており、中には、捕らえられている生徒達を見て笑いだすものや、女子生徒の顔を舐める魔族まで存在した。
「ラベンダーの予想通り、捕らえられてたな。これは避難誘導を逆に利用されたパターンだな」
「それで? あんたの作戦はうまくいくの?」
「一人だったらちょっと難しくなるけど、エリーゼさんが協力してくれたらかなり効率が良くなる。動き回っている魔族の人の数と、どの位置にいるだいたいでいいから教えて。ちょっと集中したいから」
「わかったわ」
エリーゼはソラに言われた通りに闘技場にいる魔族の人数を数えていく。その最中、ソラはその場に手をつき意識を集中させる。
そして身体に纏わせていた魔力を一気に拡散し、アメーバ状の触手のように広げていく。
しかし、その触手は魔族達どころか、隣にいるエリーゼですら気付かない。
「……まず、生徒達の周りに二人」
「二人……」
エリーゼにそう言われ、アメーバ状に広げる触手を伸ばす。そしてその触手が先生や生徒達の間を抜け、二人の魔族の足ものを通過する。
その後もソラはエリーゼに言われた通りに触手を広げていく。
「先生達の周りには三人」
「おう」
「先生や生徒達取り囲むようにして四人」
「………よし。とどいたな」
「最後に反対側に出口に二人。計十一人よ」
「………あ。しまった……」
「ど、どうしたのよ?」
「最後の二人はギリギリ距離が足りなかった……」
ソラは本当に失敗した……という表情を浮かべ、どうしようかと頭を悩ませる。
ソラが広げていた触手は『円』と呼ばれる魔法操作の一つ。正式名は『魔法領域・円』。自身の魔力を円形状に広げ、領域とし、自身に敵対する敵を感知する魔法。しかしソラはその領域をどういうわけか自由に操作でき、そこまで広くはないにしろ、細かい範囲での感知が可能なのだ。
「そ、それで、どうするのよ」
「……とりあえず、捕らえた連中は作戦通りにして、そのあと、残りの二人は驚いている隙に一気に突撃して倒してしてしまおう。人質がいるから時間をかけずに、手短に。相手は二人だから、一人は任せていいかな?」
「ええ。任せて」
作戦を切り替え、互いに頷きあい、生徒達を監視している魔族を見つめる。
「……いくよ!」
「ええ!」
それを合図に、ソラは自身の円に魔力を通し、円で捕らえている魔族達に向けて魔法を放った。
それはソラが得意としている氷の魔法であった。
魔族達はソラ達がいる場所から遠くの場所にいる二人を除いて、一斉に足元が凍りつき始め、同様の色が現れる。しかし氷はそんな魔族達を御構い無しに浸食し、凍りついていく。
そんな一瞬の間で、魔族達は下半身が、胴体が、凍りつき、そして何も喋らせないように口元を塞いた。
魔族達は抵抗して抜け出そうとするが、凍りついた魔族達は誰一人として動くことができなかった。そしてそれを見ていた魔族達はそれを呆然と見ていることしかできなかったが、抜け出そうとする魔族達に気付いて自分達もその加勢に入る。
ソラ達の作戦通りに進み、二人は隠れていた通路から飛び出して、凍りついていない残り二人に襲いかかった。
二人は驚き、動揺した表情を浮かべる。そんな隙を狙って、ソラは一人に向けて蹴りを入れ、エリーゼは無詠唱で炎の魔法を放った。
ソラの蹴りは見事に決まり、後方へ蹴り飛ばされ、エリーゼの炎も残りの一人に見事に決まった。
蹴り飛ばされた魔族は蹴られた勢いのまま地面を転がっていき、ソラもその後を追う。炎に包まれた魔族は炎に焼かれる苦しみの声をあげるものの、それを気合いで振り払った。
そんな魔族にエリーゼは相対した。
「この……何者だ!」
「……この学校の生徒よ!」
そう言って、ソラの言葉を思い出し、エリーゼは自身ができる最大の魔法の詠唱を始める。
「……『我、灼熱の中より生まれした力よ。』」
「?! させるものか!」
魔族はエリーゼがやろうとしている魔法の詠唱で、放とうとしている魔法を理解し、それを阻止するために剣を振り下ろした。
剣を振り下ろすと、強い風が起き、斬撃とともに風の魔法がエリーゼに向けて飛んでいく。
エリーゼはそれに気がつき、横に飛び、斬撃を回避する。
エリーゼが横に飛び、避けたことにより、斬撃はエリーゼの横を通過し、先程まで立っていた場所よりも少し後ろの地面が切り裂かれた。
それ見たエリーゼは少し嫌な汗が流れるが、なおも詠唱を続けた。
「『その力を持って、かのものを牢獄に捕らえ、』」
「チッ! これでどうだ!」
魔族は再び剣を振り下ろす。だが今度は振り下ろすだけでなく、無数に振り回し、何度も魔法を放ち続けた。
無数に飛んでくる無数の斬撃。その斬撃に対し、エリーゼは再び回避をすると思われたが、エリーゼはその場をまったく動こうとはせず、詠唱を続けた。
その理由は単純に詠唱での魔法といえど、魔力を練り上げるのに圧倒的に時間がかかるからである。
エリーゼはそれほどの魔法を放とうとしていた。
無数に飛んでくる斬撃はエリーゼを襲い、制服を切り裂き、少しだけ出血をする。そしてさらに出ている肌を切り裂き、さらに血を流す。
それでもエリーゼは詠唱をやめなかった。
「っ! ……『灼熱の地獄と化し、その牢獄の鍵をかけよ』!」
そしてついに、
「『フレア・プリズン』!」
エリーゼの魔法が発動した。
魔法を発動すると、相対する魔族を中心に、巨大な魔法陣が描かれ、その上をまるで渦のように炎の線が何本も走る。
やがてその炎の勢いがどんどんと増していき、炎に焼かれる魔族は悲鳴をあげながらその炎によって姿を隠され、包み込まれていく。
そして魔族の姿が完全に書かれると、燃え上がる炎は少しずつその形態を変化させていく。炎はゆっくりと球体のようになっていき、魔族をその球体の中に閉じ込める。それはさながら、逃げ場のない炎でできた球体の牢獄のようであった。
どんどんと勢いが増していく炎は球体になっても炎の火力が増していく。そして魔族の悲鳴が止み、なおも燃え続ける炎の牢獄はさらに火力を強めると、球体の形が保たずに、激しい爆発を起こし消滅した。
生徒や先生は驚きの声をあげるが、それ以上に魔法を使ったエリーゼ本人がまさかこんな結果になると思ってもみなかったなかった。
今の魔法は、カンナが作り出したとても珍しいオリジナル魔法だった。さらには始めたかった魔法でもあった。それがどんな結果になるのか、エリーゼには予想出来なかったからである。
それは相対した魔族も同じで、聞いたこともない詠唱だった故に、急ぎ止めに入ったのだ。
そんなことも知らず放ったエリーゼはその爆発にだった呆然とみていることしかできなかった。
爆発した後を、焼き焦げている後をじっと見つめていると、そこには真っ黒焦げになった人の形をしたものが倒れていた。
エリーゼは慌てて駆け寄り、意識があるのかを確認しようと手を伸ばす。するとその手を真っ黒焦げになったものはその腕を掴んだ。
「うがあぁぁぁあああ!!!」
「きゃあ??!!」
腕を掴んだ魔族は起き上がり、牙をむき出しにし、掴んでいる腕の本人を睨みつけた。
「小娘風情が! 魔族であるこの俺をコケにしやがって! 殺してやる。殺してやる!」
魔族は怒り狂った本性をむき出しにして、掴んでいる腕とは反対の手を振り上げ、長い爪で引き裂こうと腕を振り上げた。
エリーゼもやられると覚悟して、目をグッと瞑り身構えた。
「うるせぇよ」
しかし魔族の腕は振り下ろされることはなく、いつのまにか背後に立っていたソラのチョップが魔族の首筋に突き刺さり、そのまま倒れるように意識を手放した。
「さて……。大丈夫、エリーゼさん?」
「え、ええ……。だいじょう……あ……」
「おっと」
意識を失った魔族を支え、横にさせると、エリーゼを掴んでいる腕を離させて、自身が着ていた制服の上着を脱ぎながら、そう尋ねる。エリーゼを返事を返そうとしたが、うまく力が安定せず、前のめりに倒れそうになる。ソラはそんなエリーゼを支え、倒れるのを防ぐと、自身の上着をエリーゼにかけた。
「こんな無茶して……。ありがとう。助かったよ」
そんな言葉を口にするソラ。しかしエリーゼは自分はいらなかったのではないかと思う。
視線をソラが魔族に向かっていった方角に向けると、闘技場の場外から観客席の一番高い場所の席に向けて巨大な氷が連なり、相手をしていたはずの魔族は全身を氷漬けにされ、身動きが取れない状態で、顔の横には氷が巨大な尖った氷柱が生え、もう数センチずらせば顔を貫通するといった状態であった。
そんな巨大な氷を作り出したソラに、先生や生徒達は顔を真っ青にして震え上がっていた。
エリーゼも最初は同じであったが、ソラの「ありがとう」という言葉にそんな考えを吹き飛ばし、跳ね上がる気持ちで胸がいっぱいとなっていた。
それがなんなのか、エリーゼは分からず首を傾げる。しかし、嫌な気分ではないので、あまり気にしないことにするのであった。