魔導とは
エリーゼは中央国に戻ってきて、コレットが元気になったと知らせを受けて、すでに記憶の片隅にあったギルドへの依頼を完了したと報告を済ませた後、ライト達は軽いお疲れ様会を開いたのだが、エリーゼはそれには参加せず、真っ直ぐにカンナの元へやってきていた。
「先生。武器の形を突然変異させる魔法ってなんなんですか?」
「……」
カンナの研究室に入り、挨拶もせずに問いかけてくるエリーゼにカンナは驚き、目を見開いてエリーゼを見つめていた。
そして悩む。内容が内容なだけ、どのような言葉を口にしていいものかと考えてしまう。
「……とりあえず、誰かそれを聞いたのかしら?」
「……皇国で、依頼先の村でソラ達に出会いました」
「ソラに? そう……。無事だったのね」
「そのソラと二年前に一緒にソラを救出する作戦に参加していたキッドさんと模擬戦を行なっていました。その時に、剣の姿が変わって巨大な剣に……」
「そうなのね。あなたは、魔導錬金を見たのね」
「魔導錬金?」
「魔導の力で、物の形を変化させる力のことよ」
「魔導……。そもそも、魔導というのは一体なんなのですか?」
「……そうね。そろそろ、教える時期なのかもしれないわね」
カンナは少し考えてから、魔導について語り始めた。
「魔導というのは心よりも強い力、『思い』を魔法として使う力のことよ」
「それは魔法とは違うものなのですか?」
「かなり違ってくるわ。威力も性能も、今までとは比べ物にならないほど強力なものになるわ」
「だったら、そのやり方を教えてください!」
「無理よ」
真剣な表情で魔導を伝授してもらうと頭を下げようとして、カンナはすぐにそれを遮って、不可能だと答えた。
「ど、どうしてですか!」
「私自身。魔導そのものを知っているし、扱えることはできる。でも、キッドやソラのように魔装や魔導錬金を使うことができないもの……」
「そ、そうなんですか……?」
思ってもいなかった衝撃の事実にエリーゼは目を見開いた。カンナは目を伏せて、静かに頷いた。
「私が魔導について詳しいのは、私に魔法を教えてくれた優しくも怒らせるととても怖い師と私自身が王と慕う彼のお方が魔装の使い手だったから……」
「魔装……。それって、ソラが使っていていたあの盾のことですか?」
「ええ、そうよ。完成されることはいない完成形の魔法である魔導の完成系の魔法と言ってもいい」
「完成されることはいない、完成形の魔法?」
「魔導は思いによって力が強くなったり、弱くなったりするの。魔法の形を安定させるかどうかも全て。だから、完成されることはない未完成……。思いが込められていなかったら、発動すらしないし、発動すれば、この世界の魔法の全てを上回る力を引き出すことができるもの」
「中でも魔装は、その思いそのものは形にした魔導。自分の思いそのものを纏うことで、近接戦闘、近中距離戦闘、遠距離戦闘。その人に適した力が増大する。それが魔導よ」
「それが、魔装なんですね……」
カンナの話を聞き、漠然としていた自分と彼……そして彼女との距離感をはっきりと理解してしまい、胸が締め付けられる。
「でも、」
説明をしていたカンナは、とある疑問が頭に残り、顎に指を置き、考えるような仕草を取りながら、そこ疑問を口に出し始めた。
「ソラの魔装は根本からおかしいのよ」
「え?」
話を聞いていたはずのエリーゼでも、その言葉の意味がわからなかった。
「魔装というのは、魔力の源でもある魔核とその人物の思いが形となった意思ある魔力、『心獣』と呼ばれるものがいます。ソラもそれに例外はありません。そして、心獣の姿は魔装の姿に反映される」
「だけど、ソラのあの魔装の姿はどう見ても、心獣の姿に酷似しない。まるで正反対の力ね」
「正反対、とは?」
「ソラの中にいる心獣。あれは、盾を使って守るような力ではなくて、破壊し、全てを喰らい尽くす。そういった方の力の方が本質的な力なのだと思うわ」
そこまでの話を聞いていたが、ソラの心獣を見ているわけではないエリーゼには、ソラの魔装は本来の力ではないということ以外はわからなかった。
「ですが、そんなことが可能なのですか?」
「一応、可能ではあるわ」
「魔装には三種類の形態がある。私達ごく一部のウィザード達はそれを第一から第三魔装と呼んでいるわ」
「第一から、第三?」
「第一魔装。これはその人本人の心獣の力を最大限に引き出すこと。これが魔装の中で、最も力を引き出すことができるわ。次に第二魔装。体外から自分と適合する心獣となりうる存在を取り込むことで、自分の魔導の力として変換する魔装のこと。そして最後は第三魔装。自分とは別の、身近な存在による強い影響を受けることで、本来とは全く違う変質した魔装を使う。ソラの場合は、この第三魔装に近いと思うのだけど、詳しいことは流石の私でもわからないわ」
*
「……そして、先生はこうも言っていた。「ソラ本人にはソラ自身の心獣が存在している。だから、それを使いこなすことができれば、ソラはもっと強くなる」そう言ってた」
「……そうか」
二人は闘技場ないにある選手休憩室に篭り、エリーゼがカンナから聞いた話にソラは耳を傾けていた。
「第三魔装……。なるほど。それなら確かに、自分の武器が盾なのも、あの暴走も、納得がいくよ」
「僕は自分の力を全くコントロールできていなかったってことだ」
ソラは自分が口にした言葉を妙に納得しているような表情を浮かべていた。
盾とは本来、誰かを守る力。にもかかわらず、自分の盾は誰かを倒し、破壊する力。盾とは全く別の矛盾した力だ。
おそらく、破壊の力は自分の中にいるソルガの力なのだろう。ならば、盾の力とは一体どこから。誰の影響を受けた力なのだろうか? ソラにはそれがなんなのかまったくわからなかった。
「ありがとうエリーゼさん。エリーゼさんのおかげで、思っていた疑問が晴れていったよ」
「そう? なら良かったわ」
エリーゼにお礼を言うと、嬉しそうに笑みを浮かべる。エリーゼとしてはただの親切心として教えただけだったのだが、ソラとしてはこの二年間ずっと疑問に持っていたことだったため、本当に感謝していた。
「なら、自論だけど、魔導について教えるよ」
そこで、その感謝を返すために、代わりにそれを教えることにした。
「僕はね。魔導そのものはもっと単純なものだと思ってる」
「単純?」
「魔導ってさあ、心とか、思いとか、難しい言葉を並べていると思うけど、結局は『誰かの為に、自分は何が出来るのか』だと思うんだ」
「誰かの為に……」
「うん。僕が初めて魔導を使った時、「コレットを守りたい」、そう思った。これってさあ、僕がコレットを守るっていう思いの一つだと思うんだ」
「思いの一つ……あ」
「守りたいっていう思いがより強固な気持ちになっていって、それが魔法を魔導の力に変換されている思うんだ」
「強固な気持ち……。それが、魔導……」
胸にストンと収まったその言葉にエリーゼは納得したような表情を浮かべた。
しかし、その表情がすぐに崩れることとなる。
「……ありがとう」
「え?」
「二年前、エリーゼさんは皇国で僕を助ける為にわざわざ敵地の仲間で飛び込んできてくれた。それが僕にとって、なによりも嬉しかったんだ」
「?!」
「あの時のお礼を僕はちゃんと言えてなかったと思っだから、ここでちゃんお礼を言ってなかったと思ったから」
「ありがとう。本当に助かったよ、エリーゼさん」
「?!」
エリーゼは、その言葉に歓喜あまって涙をこぼした。とめどなくポロポロ流れる涙を拭き取るエリーゼを引き寄せ、涙が見えないように胸に身体を押し当て、泣き止むまでずっと背中をさすり続けるのであった。