彼女らの語らい
「古代語の講義…受けてくれないかしら?」
「……古代語…ですか……」
「もちろん。あなただけというわけではないわ。この講義はソラにも受けて欲しいと思っているもの」
カンナはコレット達に古代語の講義を履修する事を尋ねた。エリーゼはソラ達の魔法に対する成績などは理解しているし実力も知っている。それ以上に、ソラの古代語に対する解読力は自分やこの学校に先生達ですら届かない才能を持っている事をいち早く知っていた為、この講義を受ければ、その才能をさらに活かせると思っていた。
リシアもコレット達がこの講義を受けることは賛成であった。古代語の講義は解読という高度な魔法を用いる為、優秀な生徒以外が講義を受けることは禁止となっていた。
それは王都でも中央国でも変わっておらず、高成績を収める生徒だけ受けることが出来ていた。
そんな講義を小さい頃から見てきた大切な生徒が認められ、受けることが出来る。リシアはその事を心から喜んだ。
「……」
しかし、事の本人は驚く事も開かれる事もせず、ただ目の前にいるカンナのことを見つめていた。
「……」
「……」
カンナとコレットは互いに見つめ合い、何も言葉を交わさない。ただ静かに見つめ合っている。
「コレット。これはあなた達にとってもいいことなの。学校としては、より優秀な生徒にはこの講義を受けさせたいと思っているし、二人…それもソラは、古代語には強い興味も、学びたいという意思もある。ソラ程の実力があれば、学者にだって夢じゃないわ」
カンナの隣でエリーゼがソラの古代語に対する姿勢や意欲。それらを中央国やこの部屋にやってきた時点で確認済みだ。それに古代語を一目見ただけで一瞬で解読できる才能をこの目で見たことがあるエリーゼはなおの事をソラに古代語を深めて欲しいと純粋に思っていた。
しかし、そんな説明を聞いている間もコレットは何も言葉を返さず、静かに見つめていた。
そして、エリーゼの言葉を聞き終え、静かに目を閉じて、何かを考え始めるコレット。
そして、ゆっくりと目を開き、カンナのことを真っ直ぐに見て、
「……ソラを、政治の道具にするのはやめてください」
そう言い放った。
コレットのその言葉にリシアとエリーゼは驚いて、開いた口が塞がらなかった。
コレットはカンナの古代語の講義を受けるべきだという提案を断った。
二人にとっては絶対にありえないと思っていたことが起きた。それに驚きを隠せずにいた。
古代語の講義を受けられる。それはその実力を認められているということ。学校に編入して早二日。たったそれだけの期間で、この学校にいる先生方を認めさせるだけの実力がありながら、コレットはそれを断った。学校からの意思でもあるそれはかなり問題であった。
しかも相手はカンナだ。
カンナは国王が選んだ魔導師だ。それに、二人が王都にいるわずかな間、彼女を師として魔法について学んでいた二人。
そんな二人がそんな師であるカンナの申し出を断ったのだ。ウィザードから様々なものを学び、経験し、与えられ、それをのちの将来に生かしていく。それがウィザードの師と弟子関係性だ。
そんな常識のようなものを否定したコレットの発言に二人は驚いたのだ。
「……そう」
しかし、
「なら…仕方ないわね」
拒否された側であるはずのカンナの方がコレットの言葉を容易く受け入れた。
「か、カンナ先生?」
「そもそも、コレットのこの話をすれば、断られることはわかっていた。ソラに至っては、むしろ講義を受けさせてしまえば、講義どころか、今現在解読されている古代語の全てが否定されて、教育委員会が大騒動になるわ」
「そ、そんなにですか?」
「リシア先生は知らないのは当然ですけど、ソラの場合は、解読ではなく読んでいる、という表現が近いです。解読出来ると読めるとはまったく話が違う。焦った古代語解析科の連中はそれに気づいていてもいない」
「それに、この程度の餌で釣られるのなら、私がもう一度鍛え直しているところよ」
「まあ」
そんなことを言って、お互いに笑い合うコレットとカンナ。そんな二人についていけていないリシアとエリーゼは呆然とし、静かに二人の成り行きを見守る。
「思い出すわね……。ソラなんて三日目ぐらいに私に意見してきたっけ……」
「あの時のカンナさんは思い出したくもありませんよ……。すごく怖かったんですからね」
「あら、ごめんなさい。そんなつもりではなかったのだけれど」
「もう……。貴族の方々はソラをどうするつもりだったんですか?」
「簡単に言えば、兵器のように扱うつもりだったようね。戦闘での技術力、魔法、さらには古代語に対する知識を集めて、魔族軍に向けて魔法を放ち続ける固定砲台を作るつもりのようね。人間同士での戦争を踏まえて、魔族に対して実験を行いたいみたい」
「固定砲台…コンバットの知識の中にあった、戦車のようなものでしょうか……。人をなんだと思っているの……!」
「発案者は帝国の王。彼からは、あまりいい噂を聞かないわね」
「そうですか……。そういえば、私やソラの最終合格を出したのは、確か帝王様でしたね。挨拶に伺った方がいいですかね?」
二人が昔話に花を咲かしたと思えば、さらりと戦争の話となり、さらには三国の王に会うというとんでもない展開へと話が進んでいた。
「ま、待ってください! 挨拶をするというのは大変よろしいことですが、相手は一国の王。そう簡単に時間を取れるというわけではありません!」
このままの勢いでは敵対心むき出しで帝王向き合う可能性が十分にある。そう直感したリシアは慌てて二人の間に割って入り、制止をかける。
慌てふためくリシアを見て、コレットとカンナは笑みをこぼす。笑い始めた二人を見て、惚けるリシアと目をパチパチとさせるエリーゼ。
そこでようやく先程の発言が冗談であることを理解した。二人は安心して肩何を下ろし、止めていた息を吐き出す。
しかし、冗談であっても、コレットの父親は皇国の王。交渉の時間さえ取れれば、先程の発言の実現性についても可能である。油断はできないと気を引き締める。
「ソラの場合、こういった大人の話になんの疑問を持たないからあまりいじれないのよね〜」
「ソラだったら、難しい話よりも庶民のようなご飯の話やお出かけの話、服とかそういった会話の方が好きなんですよ」
「あらあら。夫自慢かしら? 聞いたわよ。ユイちゃんという娘がいるそうじゃない。まったく、そんな大切な話は私にちゃんと伝えなさいよ」
「ふふ、ごめんなさい。これから気をつけます」
二人の間に和やかな空気が流れる。その和やかな空気に当てられて、残りの二人も和やかに話が進んでいく。
そんな雰囲気に気付くことなく、隣の部屋で本を読み進めていたソラがひょっこりと顔をのぞかせた。
「あの、すみません。この本を……って、あれ? ひょっとしてラベンダー? おひさ〜」
「ええ。久しぶりね、ソラ」
「こら、ソラ君。大人に対してなんて態度をとってるの? それに、彼女を誰だと……」
「いいんだよ別に。ラベンダーには前からずっとこんな感じだったし。ラベンダーって呼ぶのも了承済みだから。……それよりも、この料理本、もう少し借りてていいかな? 載っているメニューに少し興味あるんだ」
「構わないわよ。後でちゃんと返してもらえれば」
「ありがとう」
カンナから了承を得たソラは嬉しそうに手にしている本を見つめる。そんなソラを見てカンナは一つだけ尋ねた。
「ソラ」
「はい?」
「今、幸せかしら?」
そう尋ねられたソラは目を瞬かせ、近くに座るコレットを見つめた後、頬を赤くし、本で口元を隠しながら、コクリと小さく頷いた。
それを見たカンナは「そう……」と一言だけ残し、安心したように笑みをこぼした。