編入一日目 後編
ソラと腰を抜かした男子とのやりとりはあっという間に広がった。その姿を面白半分で見にくる生徒達が大勢いた。
しかし、事の張本人はまったく意に介さず、コレットから離れず、側に寄り添い、佇み、生徒達から話しかければ口を挟まず、その姿を少し離れたところから見守っていると、徹底した行動をとっていた。
守るべき対象から離れず、主人を支え、主人のプライバシー、事友人とのやりとりなどにはあえて言葉が聞こえてこないような距離を保ち、それでいて、主人を守る距離から決して離れない。警護騎士のなんたるかを理解しているソラに人を正しく評価することが出来るものは、ソラの行動を高く評価していた。
一方で、面白半分でやってきていた生徒達は、何もしないソラにすっかり飽きてしまい、すぐさまいつも通りの生活に戻っていった。
そんな者達を気にも止めず、ソラはコレットを見守り続けた。楽しそうに話しているコレットの姿に思わず笑みをこぼし、優しく見守る同い年とは思えないその姿に女子生徒達は、ますます高い評価を引きつけた。
そんな雰囲気のまま、学校での時間は進んでいき、今までにない活気のある学校生活の一日が幕を閉じた。
と、これで終われば幸せである。
「お前がビンスを倒したっていう編入生か!」
ニヤついた笑みで巨漢の大男がソラの前に立ち塞がった。
「……あなた?」
「俺の名前はバガス・キャンデラ。十騎士の一人だ」
ソラは目の前に立ち塞がったバガスにため息を吐き出そうになるのを抑えながら目の前のバガスに名前を尋ねた。
ソラにとっては早急に校門を潜りたい。正直、学校ではかなり気を使い、コレットを守る騎士を演じているが、自分にとっては、守る騎士よりも、並び立つ友や寄り添う恋仲の方が自分の性に合っている。だが、守るという依頼上、学校内ではそのように演じなければならない。その為、やむなしと耐え、自分が苦手である真面目な行動を徹底して行なっていた為、そらそろそれなり崩れそうなのである。
それに、別荘に残してきたユイのことも心配でもある。マリーやクロエ、ユゥリがいるので、あまり心配はしていないが、そのマリーがなにかしら変な知識をつけさせていないか心配でもあった。
後ろで控えていたコレットも学校内で自分と接しているソラがなぜ苦手なことをしている理由を少しずつ理解し始めており、目の前で立ち塞がれ、不機嫌なソラに同情の視線を送った。
しかし、目の前に現れたバガスはそんな事をわかるはずもなく、不機嫌なソラの目の前に立ち塞がり悠々と笑みを浮かべている。
コレットはそんなバガスに対して身の危険を感じ、本気で潰されないかとヒヤヒヤしていた。
「十騎士…ということは、それなりに強いんですか?」
「……それなり?」
「ええ。前に戦ったビンスさん。思わず、手加減を緩めてしまいましたが、あの程度なら相手するまでもないので、たかが十騎士というだけならば相手にもならないので、それを自慢する為に立ち塞がったのならば、そこを退いていただけるとありがいのですがね」
ソラはあえてその言葉を言い放った。
十騎士と慢心しているのなら、貴様なんぞ敵ではない。そう公言し、十騎士の標的を自分に向けさせるためだ。
ソラはこの学校生活で、自分の力を底上げしようと考えていた。それはコレットを守る為という理由もあったが、それ以上に以前の敗北が胸に強く突き刺さっていたからである。
敗北なら何度も味わったことはある。王都でも、立ち入り禁止区域でも、奈落でも、引き分けとして判断されたが、あのまま続けていれば負けていたと確信していたキッドとの死合い、そして中央国に到着までに襲われたⅣ。
ソラは無数の敗北を味わっている。それが中央国にいる多くの生徒達とは圧倒的に違うところだ。何度も挫折を味わい、敗北を知り、そこから立ち上がる力を、精神力を身につけた。
そしてなにより、コレットがそんなソラを支える一番の原動力なっている。一途に想い、それが力となっていた。
だからこそ、そんなコレットを狙うⅣを超える為に、身につけられるものはどんどん身につけていきたいと思っていた。
「(十騎士と聞いて期待していたんだが……、あの程度の奴らばかりならば、本当に期待外れなんだよな……)はあ……」
見るからに不満なソラがため息を漏らすと、バガスは笑みを作ってはいたが、額には大きな青筋を立てていた。
「ほう……。そこまでいうのなら、お前はそんなに強いんだな!?」
「はあ? なに言ってんの? 強い訳ないでしょう。だから、少しでも強くなりたいから、まともに相手とか勉強になる戦い方を学ぶ為に、この学校にいるんだろうが」
ソラはバガスのその一言に演じていた騎士の真似がすっかりと途切れ、素の姿が表に出てきた。
しかし、周りの者達がなによりも驚いたことは、ソラのその姿勢である。
学校とは本来、何かを身につける場、もしくは自分自身も知らない一面を気付かせる場である。
ソラがこの学校で求めるのは前者であり、その為の努力を怠るつもりは無かったのだが、コレットを除くこの場にいるほぼ全員の生徒達は、この学校にそんなことをまったく求めていなかった。
ただ有名。選ばれた人間。そんな肩書きが欲しいだけでそれ以上はなにも考えていなかったのだ。
十騎士も所詮はそんなもの。ただ飾り。それが生徒達、そして十騎士達の見解であった。
その為、自分を弱いとはっきりと言い切ったソラに、貪欲に力を求めるソラに生徒達は妙な不気味さを感じた。
ソラにとっては力を求める理由がいたってシンプルでわかりやすい為、何故自分がそんな視線を送られているのかわからなかった。
「学ぶ? 学ぶだって? それほどまでに愚かな思考を持った人間がいるなんて思ってもいなかったよ!」
静まり返る生徒達に響き渡るその声は、生徒達の間を掻き分けて真っ直ぐに注目を集める。その先には、この学校の指定されていた制服を改造しまくられ、様々な宝石類で着飾れた貴族出身の生徒であった。
「学校なんて所詮はレールだ。金と権力があれば、なんだって出来る。それがこの学校だ」
そうだよな、お前ら!と、同意を求めるが、ほかの生徒達はなにも答えず視線を逸らしていく。
それを見たソラは「……なるほど、ここも同じか」と呟いた。
ソラはなにも答えようとしない生徒達に声を上げた生徒と同義と捉え、再びため息を漏らした。
「よくわかった。つまりはこの学校にいる全員は、研鑽をしようとも、何かを身につけようとも思わない、弱く、愚かな者の集団であるということが、よくわかったよ」
ソラはこの場にいる全員を敵に回すような発言を容赦なく言い放った。
生徒達はその発言に一瞬なにを言われたのか分からず、固まってしまうが、
「そこを退け。学校にいる意味もわからない奴らが、僕が歩く道を塞ぐな。邪魔だ」
その言葉を聞いて逆に怒りを強めた生徒達は怒りを露わにしてソラの前に立ち塞がった。……ソラの手の平で転がさらているともわからないまま。