早期決着
リシアの開始の合図と共に、ソラはすぐに踏み込みの体制をとった。
対してビンスはカッコをつけるためか、剣を抜き去り、剣先を揺らしながら、悠々と構えている。
ビンスは自分の勝利を確信しており、余裕綽々という態度を示している。
そんな姿を見たソラは一瞬足が止まるが、あまり意識することなく、強く地面を蹴った。
それ以前に、ソラの頭の中ではビンスが言った言葉が頭の中を何度も木霊し、怒り以外の感情は存在していなかった。
「クククッ」
突撃してくるソラの姿を見たビンスは、笑いをこらえることができず、思わず声に漏らしてしまう。
それは伝染したように周囲からも同じような笑い声が湧き始めた。
《ウィンド・ルーム》
それがビンスが最も得意とする魔法であった。その魔法は、一定の範囲に風を巻き起こし、その範囲内の敵を斬り裂いていくという魔法である。
ビンスと相対する者達は、その魔法に身体中を斬り刻まれ、ボロボロになった所を持っている剣で追い討ちをかけるという手で勝ち上がっていた。
今回もその犠牲になるかと思った観客達は、やられるそんな無残な姿に思わず笑い声が漏れ出していた。
怒り心頭であるソラでさえも、それくらいの予測は立てていたが、あからさまな態度に別の策があるのではないかと警戒するが、そんな態度を一切見せないビンスにさらに怒りが強まる。
(試験と言っても真剣勝負なんだ! 自分の実力とか! 相手の力とか! しっかり知っていたいと思っているのに、まじめに相対しようとしている僕が馬鹿みたいじゃないか!)
それうえ、大切なコレットを種馬にすると言いきったのだ。
(……教育し直してやる。僕なりのやり方でな!)
そしてソラは強くビンスを睨みつけ、あろうことかビンスが作り出したウィンド・ルームの中に突撃していった。
ソラのとった行動に観客達は一瞬驚き、すぐにそれが笑い声に変わる。
「だ、大丈夫なんですか、ソラ君は?」
「……どうして先生が私の隣にいるのかわかりませんが……、大丈夫ですよ。ソラが彼なんかに負けるはずがないですから」
審判をしていたリシアはステージから降りて、コレットの隣で対戦者達ではなく、ソラを心配していた。コレットは、いつのまにか隣にいるリシアに驚きつつも、ソラが勝利する事は揺るがないと確信していた。
真っ直ぐに自身に向かってくるソラの姿にビンスは笑いながら、トドメの一撃を叩き込もうと、剣を構えた。
どんどんと接近してくるソラ。ビンスはトドメをさすために、剣をしっかりと握りしめ、待ち構える。
「クククッ……?」
と、ここで、ビンスは何かに気が付いた。
ウィンド・ルーム内を駆け抜け、自身に向かってくるソラ。何も変化が無い。
……いや、僅かながらに変化があった。
それは自身に向かって来ているソラが少しずつ加速していたからであった。
それ気付いたビンスは最も重要なことに気が付いた。
それはソラ自身が、まったくと言っていいほどダメージを受けていない事であった。
通常ならば、体全体を斬り刻まれ、血だらけとなり、ボロボロな姿となっているはずだった。
だがソラはどうだ? ボロボロどころか、傷一つついていない。身につけている服も、風を巻き上げているルームの中だというのに、巻き上げている砂で服が汚れてすらいない。
まるで、何かに包まれて守られているかのように……。
そこまでの考えに至った時、ビンスはまずいのでは無いかという考えが頭をよぎった。
自分の力がまったく効かず、なおも速度を上げて向かって来ている。遠回しに、お前の力は何の意味を持たないと宣言しているかのように。
しかし、ここで冷静になれるかどうかが、熟練者とプライド高い人間の差であった。
ビンスはソラの力を見せつけられるように向かって来ていることが不愉快となり、頭に血が上り、脚に力を込めて踏み出してしまった。
駆け出しているソラに向けて走り出したビンス。焦ったあまり、自分自身が作り出した魔法を解かずに走り出したため、踏み込んだ瞬間、体全体が傷だらけになる。
そこでようやく自分がしている行動に気付いたビンスはすぐに先程の位置に体を戻そうと、もしくは、今発動している魔法を解こうと混乱し、思考が鈍り、正常な判断が出来なくなる。
その一瞬でも、ソラは着実にビンスに近づいていき、ビンスが停止している間に一気に詰め寄って、およそ数センチというところで接近していた。
混乱していた思考でも、目の前にまで接近されれば、強制的に意識が現実に戻ってくる。
ビンスはひるみ、少しだけ態勢が崩れる。しかし、崩れた態勢を急いで立て直し、持っていた剣を無作法に振り下ろした。
適当に、ましてや剣術にすらなっていない不細工な剣さばきに危なさを感じつつも、脅威を感じることは当然なかった。
ソラはビンスに駆け抜けながら、自身の右腕を引き、拳を握りしめず、指を曲げ、手のひらを押し込もうとする態勢で構える。
そしてビンスが適当に振り回している剣が運良くソラに向けて振り下ろされると、ソラはその剣ごと、引いていた右腕を押し込んだ。
押し込んだ右手は振り下ろされた剣を、まるで木の枝のようにポッキリと簡単に折られ、何事も無かったかのようにビンスの頭を鷲掴みにした。
観客達が目を疑うような光景はまだ続く。
鷲掴みにされたビンスはソラの力によって、鷲掴みにされたまま、一切の抵抗なく、身体を持ち上がらせ、そのままステージの上の床に、頭から叩きつけられた。
叩きつけられたステージの床は、大きく亀裂が走り、ソラ達がいる床を真っ二つに砕いた。
強烈な力を目の当たりにした観客達は何も声を発する事ができず、目の前の出来事に息を呑み、呼吸を忘れていた。
そんな中、地面にビンスを叩きつけたソラの手は止まらなかった。
ビンス頭から手を離すと、右腕を高く振り上げる。
高々に振り上げた手をグッと握りしめると、その手に巨大な盾が出現し、さらに力を込めた。
たとえ死のうと、身体がボロボロになろう、もう二度と再起ができなかろうと、ソラは握りしめている盾ごと、ビンスの身体に打ち込もうとした。
観客達から振り上げられ、現れた盾をビンスに振り下ろされると理解した者達は大きな悲鳴をあげる。しかし、ソラは聞こえてくる悲鳴を完全に無視して、振り上げていた盾を力一杯振り下ろし_________
「ソラ」
振り下ろそうとしていたソラの腕が完全に止まった。
「あなたのその力は、そんな事のために使うものだった?」
「……………っち」
背後から聞こえてきたコレットの一声にソラは舌打ちをしつつも、盾ごと振り下ろそうとしていた腕を引いて、頭からステージにめり込んでいるビンスからゆっくりと離れていった。
「……命拾いしたな」
盾を消したソラはそう言い残して、ステージを降りていった。
「…最初から殺す気なんてなかったくせに……」
ステージの端から見ていたコレットはそう言い残して、ステージから去っていくソラの後を追いかけた。
一方、ステージにめり込んでいるビンスはというと……
「ぶくぶくぶく……」
ステージにめり込みながら、口から泡を吹いて意識を失っていた。しかし、強く頭をステージにぶつけたというのに、後頭部から血が流れているどころか、泡を吹いている以外には目立った外傷を見受けられなかった。
ソラは頭を強く叩きつける直前、頭全体を身体に纏わせている魔力と同じ状態を作り出し、守らせていた。しかしながら、打ち付けられた衝撃が少しばかり残って降り、そのせいで、ビンスは意識を失っていたのである。
ビンスの様子すぐに確認したリシアは、ビンス自身が意識を失っているだけだと気付き、堂々とソラの勝利と発表した。