編入試験
「……大丈夫なの、コレット?」
「うん! ソラがずっと側にいてくれたから、すっかり元気になっちゃった!」
「そっか……」
ソラは不安が残りつつも、元気な様子のコレットにホッとする。
そんな二人が外を歩き向かっているのは、この中央国の中心地に近い場所にあり、そして、これからコレットが通う中央国協同魔法学校向けて進んでいた。
なぜ、学校に向かう羽目になったのかというと、それは単純な手続きの問題であった。
コレットが目を覚まし、朝食を済ませたアッシュの元に一通の手紙が届いた。その内容は大雑把に『この度は、大変申し訳なのですが、手続きが不十分であった為、本人の確認の元もう一度、手続きを行ってほしい』という内容であった。
当然、一国の王である人が不十分なものを、それも自分の娘であるコレットの書類にそんなミスをするはずがない。
しかし、この様な内容のものが送られてくる理由なんてものはたった一つ。新たに編入してくるものの実力を確認する為だ。
現在、三国は魔族に戦争を行う為に、同盟を結んでいる。しかし、それはあくまで同盟という関係だけ。それが解除されれば、今度は三国で戦争を行うことになり兼ねない。
その為に、各国のお偉い様達はコレットに対してこの様な通達を送り、コレットの実力を把握する為に、編入テストを行うつもりなのだ。
「大変だね、コレット」
「はあ……、どうして私だけあって、ソラにはないんだろう……。不公平だよ」
「あれだよきっと……、王都の貴族達が昔の僕の実力を知っているから、役立たずのゴミの情報を知る必要がないって判断されたんだよ」
コレットの言葉の通り、ソラにはコレットと同様の通知が送られてはいなかった。
ソラが考えた予測は実は的中しており、王都の貴族達が当時のソラの実力や成績を言いふらし、笑い者と皇国の面汚しだと認識されていた。
「ま、今日のところは、コレットの付き添いに専念させてもらいますよ」
「もう…少しでも楽をしようとして……」
「まあそれでも、僕は君の側にいる。離れるつもりなんてないからね」
ソラがそう言うと、コレットは少し恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに頬を赤くし、もじもじとし始めて、それを隠す様に早足で学校に向かった。
ソラはそんなコレットにおいていかれまいと、急ぎ足でコレットの後ろ姿を追いかけていくのであった。
*
中央国協同魔法学校に到着したコレット達は、ソラが予想していた通り、編入試験を行うこととなった。座学、魔法、戦闘技術を試験内容として、そのうち二つが一定の点数に到達すれば、合格という実にシンプルな内容であった。
まず最初に行われたのは座学による筆記試験。
教室一つを貸し切って、黙々と試験に取り組んでいくコレット。一方ソラは、そんなコレットの様子を教室の外から見守っているだけのはずだったのだが……。
「どうして僕まで、試験を受けなくちゃならなくなったのかな……」
「楽をしようとしたからだと思うよ」
「うっ!」
コレットを見ていた試験官の一人に「君もやってみたらどうですか?」と言われ、コレットが真面目に取り組んでいる手前、断ることが出来なかった。
途中で参加したソラは、試験終了時間をコレットを同じ時間にして、必死に試験に取り組んだ。その姿にコレットは思わず笑みをこぼしたが、ソラはそれに気付かないほど集中して取り組んだ。
筆記試験が終了すると、ソラは少しぐったりとする。流石にコレットの試験時間のおよそ半分くらいの時間で試験を行った為、それだけ疲れたのだ。
「それではこれより、魔法力の試験を行いますので、みなさん付いてきてください」
ソラが机にぐったりとして、愚痴をこぼしていると、すぐさま次の試験が行われることになった。
ソラ達は試験官の後を追って、校庭にやってきた。
「……コレット。あれ見てよ」
「え? ……何あれ?」
「多分この学校の生徒だと思う」
ソラが軽く学校を見上げると、校庭に視線を下ろしている大勢の人達に気付いた。
「おそらく、編入をする僕達の実力を確認しておきたいんだと思うよ。僕としてはその気持ちは充分にわかるから、色々と言うつもりはないよ」
「でも、こんなに見られていたら、集中しづらいよ……」
「それは…確かにね……」
校庭を見下ろす大勢の生徒達から注目を集めるコレット達は妙な緊張に苛まれ、思わす苦笑いを浮かべる。
「それでは、魔法の試験、的当てを行います! ルールはあの離れた場所にある的に自身の魔法をぶつけること、それだけです。では呼ばれた方から順番に……」
「………あれ?」
ソラ達は周りには聞こえない様にこそこそと話していると、魔法を審査する試験官がやってきた。試験内容を簡単に説明をすると、順番に行ってもらおうと、名前を呼ぼうとして、ソラが何かに気が付いて、声を出した。
試験官は少し驚いて、ソラの方を見る。見つめられたソラは、その試験官の姿に何かを思い出した様に声を出した。
「リシア先生? リシア先生ですよね!」
「……え?! ひょっとしてあなた…あのソラ君?!」
お互いに思い出した様に驚きの声を出した。そう、ソラはその青色の髪に赤い瞳を持つ、王都の学園で、ソラが唯一先生と呼ぶキッドの姉でもあるリシアその人であった。
「お久しぶりですね。まさかこの学校で勉学を教えているとは……」
「王都からの派遣で、臨時で先生をしているの。それにしても、驚きましたよ。まさかあなたが真面目に試験に取り組んでいるなんて……」
「アハハ……」
リシアはソラのサボりぐせをよく理解しており、そんな彼が真面目に試験を取り組んでいる姿に涙をこぼしそうになる。ソラはそんなリシアに苦笑いを浮かべ、どの様な言葉を言えばいいのか、困惑していた。
「……ソラ。その人は?」
そんなソラに明らかに不機嫌そうなコレットが話しかける。ソラは不機嫌そうなコレットに、
「王都で学園で、ちゃんと勉強を教えてくれた先生のリシアさん。キッドのお姉さんで、優しい先生だよ」
「ああ、前にソラが言った…この人だったんだ……」
その言葉に、昔話していたソラの言葉を思い出し、ホッとするコレット。そしてリシアに向けて笑みを作り、頭を下げようとした。
「ゴホン!」
しかし、リシアとは別の試験官が大きな咳をすると、三人は試験中だったことを思い出し、少し顔を赤くして俯いた。
「……そ、それでは、まずはコレット様から、お願いします」
「は、はい!」
リシアに呼ばれたコレットは、ソラ達より少し前に出て、離れた的に向き合う。
「使う属性火の属性。魔法は自由です。それでは始めください!」
「はい! ……《フレア・ニードル》!」
コレットは無詠唱で魔法名を言うと、炎の棘のようなものを作り出し、それを離れた的に向けて放った。棘はまるで棘に吸い込まれる様に一直線に的に飛んでいき、その中心を勢いよく貫いた。
周囲の者達や学校内から見ていた者達は、感心の声を漏らした。無詠唱で、強力であり、さらにはそれなり上位の魔法であったため、周囲の者達からの評価はかなり高かった。
「終わったよ、ソラ。次は空の番だね♪」
「それはそうなんだが……」
ソラは、この後にやるのかと……と、困った様に目を細める。正直、適当にやろうと考えていたソラにとって、コレットのやったことは、妙な期待を作らせてしまって、さらに緊張が強まってしまうことは明らかであった。
「真面目にやりたくないんだけどな……」
「ダメだよ。少し真剣に取り組まなくちゃ!」
「でもさ……」
「でもじゃないの。……それでもやる気ならないんだったら、」
「頑張ったご褒美に、デートしてあげる」
コレットが耳元まで近づいて、言った言葉に、ソラはあまり大きな反応を示さず、一切の言葉を発すること無く、コレット達の前に出た。
コレットが撃ち抜いた的は人数の関係上一つしかなく、少々時間がかかったものの、新しく張り替えることができた。
「ルールは先程と同じです。それでは始めてください」
リシアの言葉を聞いて、周囲の者達からクスクスとした笑い声が漏れる。その笑い声は学校からも聞こえており、多くの者達が王都出身の役立たずであるソラということを、先生達から、そして王都の元生徒達から話を聞いており、この場にいる全員が必死に笑いを堪え、ソラの魔法を失敗する姿を笑い者にしてやろうと見守っていた。
「……《プロミネンス》!」
しかし、その期待は一瞬して吹き飛ばされた。
ソラが手をかざし、魔法名を口にすると、的を中心に、地面から灰も残さない程の強力な炎の柱を作り出し、学校よりもはるかに高い巨体な炎の柱を作り出した。
その炎の柱を見た試験官や生徒達から笑みが消え、顔を真っ青にしながら、驚いて開いた口が塞がらなくなっていた。
試験を担当してリシアでさえ、その巨体な炎に腰を抜かし、ヘタリと地面に座り込んだ。
「……やりすぎたかな」
そんな中たった一人、コレットだけが、この現状に困った様な表情を浮かべて、苦笑いを浮かべていた。
(デート、デート♪)
巨体な炎の柱を作り出した張本人は、コレットの言ったデートが楽しみで、そのことで頭がいっぱいになっていた。




