知らない傷跡
「スゥ……スゥ……」
「……」
部屋の窓から見える星空の下、ソラはベットの近くで椅子に腰掛け、自身の膝の上ににユイを座らせながら、スヤスヤと寝息をたてて眠っているコレットを静かに安心しているような、それでいて不安げが残っているような、曖昧な表情で横になっているコレットを見守っていた。
コレットが静かに眠り始めたのはほんの数分前。
ソラとクロエは黙々と治療を続け、苦しそうな表情を浮かべ続けているコレットがようやく落ち着いていき、痛みが和らいだことで、苦しそうな表情がどんどん解けていき、安心したような表情でスヤスヤと寝息を立て始めた。ソラとクロエはコレットの姿を見て安心し、大きく息を吐いて脱力する。
そして何気なく窓の外を見上げると、綺麗な星空が輝く夜空となっていた。
「ソラ君」
未だ、静かに眠っているコレットを見守りながら、いつものようにあの歌を口ずさもうとすると、部屋の扉を開いて、一人の男が中に入ってきた。
「もうそろそろ君も休んだほうがいい」
部屋の中に入ってきた男は皇国の皇王であるアッシュであった。
ソラは入ってきたものがアッシュであるとわかると、ソラは安心したように胸をなでおろす。
「ああ、アッシュさん……。安心してください。僕なら大丈夫です」
「でもね……」
「大丈夫ですよ。それにまだ、ほんの数分しか経っていませんし」
「ほんの…数分……」
「?」
ソラの言葉にアッシュはとてもバツの悪い表情を浮かべ、どのような言葉をかけていいのか悩む。
アッシュが突然そんな表情を浮かべたその訳がわからなかったソラは疑問に思って首を傾げた。
そしてアッシュは意を決して口を開いた。
「……ソラ君。君は本当に休んだ方がいい。五時間もそうしているのは君の身も持たないだろう?」
「……え? 五時間?」
「はやり気付いていなかったか……。膝の上で眠っているユイちゃんもすでにお疲れのようだし、君はその上、君自身が苦手な回復魔法まで使っているんだ。今日のところはしっかりと体を休めるべきだ」
アッシュの言葉を聞いたソラは目を丸くして驚いた。ソラ自身は本当にものの数分しか経っていないと思っていたが、まさか五時間も見守っているとは思わなかった。
五時間といえば、ここに着いた時間などを考えれば、おそらくすでに十二時を回っている時間だろう。
ソラが視線を落とし、膝の上に座らせているユイを視界に捉えると、ユイはコレット同様にぐっすりと眠りについていた。
「だからソラ君、今日はひとまず休みなさい。あとは私が見ておくから」
「……わかりました。でも、あと少しだけ、いさせてください」
「しかし……」
「大丈夫です。無茶はしませんから。もう少しだけ、一緒にいさせてください」
「……わかった。ではあと少しだけ、君に任せるとしよう」
「ありがとうございます」
ソラは器用に頭を下げて、アッシュに懇願する。アッシュとしては明日に備えて、しっかりと体を休めて欲しいのだが、微動だにせず、自身の娘の回復を待っていた五時間のことを考えれば、目を覚まさなければ夜明けまでテコでも動かないだろう……。
しかし、彼自身の口からあと少しだけという言質を取ったため、きっとその言葉を守るであろうと信じ、アッシュは自身の気持ちを抑え、渋々了承した。
アッシュが部屋を退出した時、眠っているユイを落ち着いた場所で眠らせてほしいと頼み、眠っているユイを預け、一緒に部屋を退出させてもらった。
二人が部屋を退出してからおよそ十数分後、コレットはゆっくりと目を覚ました。
*
「……ッ! ……ッッ! ……ソラ?」
眠っていたコレットがようやく目を覚ますと、最初に僕の顔を覗き込んで、名前を呼んだ。
僕はすぐに椅子から立ち上がり、コレットが眠っているベットの側に駆け寄った。
「ああ、コレット! よかった…目が覚めたんだ」
「うん……。ごめんね。心配した……?」
「うん。すごく心配した」
「そっか……。へへ…ごめんね、心配かけて……」
「こんな時に笑う奴があるか……。もう、辛くないか?」
「うん。もう大丈夫」
僕が自身を心配したとわかって、思わず笑みをこぼしているコレット。それに少しだけ不機嫌になりつつも、やはり、目を覚ましたことに本当に安心した。
やがてコレットは大丈夫と言って身体を起こし始め僕はすぐさま体を支えた。
「!……」
「?! ご、ごめん!」
「う、ううん。……」
僕の手がコレットの背中に触れると、コレットは痛そうな短い声を出した。僕はすぐにコレットの背中から手を引っ込めて、謝る。コレットは僕の謝罪に対して気にしてないよという風に手を振るが、意識は痛みが走った背中に向かっていた。
「……」
「……? どうしたの、コレット?」
「……ソラ、お願いがあるの」
「きゅ、急にどうしたの?」
「……私の、身体を見て欲しいんです!」
シュルシュルと全ての服を脱ぎ去り、その後、上のショーツを外すと、二つの美味しそうな果実が露わとなる。思わず手を伸ばしてしまいそうになるが、まだコレット頼みが終わっているわけではない為、ここは、グッと堪える……。
下のショーツ以外を全てを脱ぎ去ると、コレットは少し俯きながら、意を決して、窓側の方へと振り返った。
「!?」
僕は振り返ったコレットの姿に息を飲んだ。
振り返ったコレットの背中には、まるで切られたような大きな切り傷の跡が刻まれていた。
「どう…なってる……?」
「……」
コレットはソラの手が触れたことで、傷のことに気付いたが、それでも確認の為ソラに自身の身体を見て欲しいと頼んだのだ。
僕は尋ねてくるコレットの声には答えずに、背中に向けて手を伸ばしていき、切り傷の跡に触れて、ゆっくりと少しずつ、指でなぞっていく。その時に、コレットの声から甘い吐息が漏れ、触れていた指を止めて、ゆっくりと離した。
コレットは自身の付いた傷に触れられた事で、本当にそれがあるものと確信を持った。と、同時に、とても残念そうな表情を浮かべていた。
「やっぱり……そう、なんだね……」
「……コレット?」
「ご、ごめんね。なんでもないよ。突然背中に大きな傷が付いちゃっただけだから」
「……コレ、」
「それにしても、驚きました。突然苦しくなったと思ったら、背中にこんな傷が付いているなんて……」
「…コレッt……」
「それにしても、ごめんね。急に倒れたりしちゃったから、ソラにまで心配を……」
僕はコレットにそれ以上の言葉を言わせなかった。こちらに一切顔を向けず、永遠に何かを口にし続ける彼女をこれ以上見ていられなかった。
だから僕は、コレットの身体を包み込むようにして背後から抱きしめた。コレットは驚いて、身体を跳ね上がらせるが、すぐに俯いてしまった。
「コレット、大丈夫」
「わた、しは」
「大丈夫。君の気持ちは痛いほどわかるよ」
「怖いよな。突然背中に大きな傷ができちゃったもんな」
「……」
「身に覚えのない大きな傷ができちゃったら、誰だって怯えるよ。僕だってそうさ」
「……ソ、ラ」
「……僕は、こんな傷程度じゃあ、君の側から絶対に離れないよ」
「?!」
「僕は、君のことが大好きなんだ。どんな人間でも、誰であろうとも、君を離さない」
「……ソラ」
「だからそうやって、僕から離れて行こうとしないでよ。僕の心には、ずっと君が住み着いているんだから……」
「……うん!」
俯いていたコレットの顔が上がりようやく、背後から抱きしめている僕と視線を合わせる。
しばらく見つめ合った後、僕達はお互いに言葉を交わさず、静かに唇を合わせた。深く唇を合わせ、少しずつ舌を絡めていく。
少し震えているコレット。
そんなコレットをさらに強く抱きしめて、僕は彼女に覆いかぶさるようにしてベットの上に押し倒した。
*
(……始めてしまった……)
コレット達がいる部屋の近くて、ソラを呼びにきたアッシュは、自身の足を止めて、困り果てた表情を浮かべ、始めてしまった二人をどうしようかと悩む皇王の姿があったとか……。