焔の一刀
ヴァルゴによる強い毒を顔に浴びて、自身の顔に火傷を負いながら、激しく溶け始め、間違いになく肉がただれていた。しかし、空が自身の顔を強く拭い去ると、ただれ、真っ赤になっていた顔とそれを拭った右手を炎で包み込むと、一瞬して溶けていた顔が元の状態に戻っていた。拭い取った右腕の手の甲は未だにゆらゆらと燃えており、その姿にヴァルゴ達は目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
『ど、どういうことですか?! 私の毒はかなり強力なものです! 私と同等の力を持ったものでも、再生にはかなりの年月がかかります。それをあなたは一瞬で……一体何をしたのですか?!』
「……君はさっき言ったね。虚無を持った光だと……」
『ええ。確かに言いました。あなたの力の本質は『虚無』。全てを消し去り、何も無かったことにする『無』の力』
「ああ。その点については一切否定しない。なぜなら、全くもってその通りなのだから」
『?!』
音姫達三人が未だに頭で理解していない中、空とヴァルゴは空の本質について語り合い、それが当たり前のような言葉を発する空のことを真っ直ぐに睨み付けるヴァルゴ。
空はそんなことにも気付かないのか。それともあえて気付かないフリをしているのか。淡々と言葉を進めていく。
「虚無の力は確かに強力だ。全てを消滅させ、何も無かったように世界を塗り替える。そこに山があったとしても、巨大なビルがあったとしても、虚無の力を浴びれば、山はそもそも無かったことになるし、ビルは最初から建っていなかったことになる。その程度の塗り替え、いや、ここは改変というべきかな。それぐらいは簡単に行える。それが虚無の本質であり、僕の力そのものだ」
「なら当然、消滅の力があるというならば、〝再生させる力〟も当然のように存在する。全てを消滅させ、元の状態に戻す『虚無からの再生』。彼らが最も求めているのは、この力なんだよな?」
空の問いかけにヴァルゴは驚いて、返答に悩んだ。そして重苦しく口を開いた。
『……あなたは、どこまで知っているのですか?』
「だいぶ薄れてきているけど、あらかたの目的はだいたい把握してる。〝エデン計画〟とか〝十三〟とか〝依り代〟とか」
『そこまで情報を……。一体どこから……』
「ある人から話を聞いた……と言っても、信じられないだろうし、もうかなり認識できないから、深くは考えない方がいいと思うよ。あの人、かなりの風来坊だから」
そう言って思い出すのは大きな布を被った体すけ始めている男の姿。その姿に空は思わず呆れる。バカで不器用で真面目ないい奴。それが空が受ける印象だった。彼の記憶を見せながら話したお話をもうほとんど覚えていないが、それでも真剣な彼の姿はずっと頭の片隅に残り続けていた。
『そこまで、把握しているのなら、私があなたを殺そうとする理由も、世界を守ろうとする気持ちもあなたには理解できるはずです! 何の何故、』
「僕が生きようとする理由はすごく単純だよ。しっかりとした順序だ」
『順序?』
「……本来なら、これは言わない方がいいのだろうけど、僕らの計画には、敵対している十二星宮の奴らが多くても半分は減ってもらえないと困るんだ」
『はん…ぶん……。あの世界で、神と位置付けられる私達を…半分……?!』
「そう。最初から欠落していた三つを除けば、あと三つ。いや、正確には二つか。君のよく知る射手座の彼女は、最初からお姫様の味方。だからあと二人。僕らの考えでは、そのうちの一人は君だと考えたんだ」
『?! それは私が弱いからという意味ですか!』
「違う。君が自分の命をかけれるほど、優しい奴だって知っているからだ!」
そこで再び空はヴァルゴに向けて駆け出した。ヴァルゴは一瞬遅れて身構えようとするが、それよりも早く空が懐に潜り込み、左手を強く弾き、持っていた空の刀を天高く打ち上げる。
ヴァルゴは驚きつつも、打ち上げられた刀からすぐに空に視線を戻し、右手を空の方へと突きつけるが、その先にはすでに空の姿はなかった。
虚をつかれ、目を丸すると、自身の左右から炎が渦状に天へ向けて赤い線を作っていた。その先を見上げると、炎の線が背中から現れている真紅の翼に向けて渦状に伸びており、空は真っ直ぐに自身が打ち上げた刀に向けて手を伸ばし、その柄を掴み取り、翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと着地する。
『……少しは早くなっているようですね。ですが、その程度私を倒せると思わないことです!』
「……さっきの回答。優しいからと言ったのは本心だよ。君なら、オトメを守ることが出来る。この意味は、」
『私が一番わかっています!!!』
二人がとても重要なことを話しているのにもかかわらず、その当事者である音姫にはその言葉の意味がわからなかった。
『安心してください。音姫は私が責任を持って守ります!』
「それは良かった。あとは君に勝つことで新しい手順に進めれる」
『……気になったのですが、先程から手順や順序とは一体何を指しているのですか?』
「わからないだろう。前回の僕はある意味、悲劇の主人公だったからね。それに、この手順は今回限定の特別編だ。知らないのは当然だよ」
『……あなたは本当に…いえ、あなた達と尋ねるのが良いのでしょうか……。本当に何がしたいのですか?』
ヴァルゴはもう空の言葉の意味に全くついていけなくなり、純粋に尋ねた。空も尋ねられた言葉にあっさりと返答を返したのだが、それは余計にヴァルゴを混乱させるだけであった。
「それはね、単純にお姫様のためだ。僕の世界の中心にいるあのお姫様を救う為の手順。それが、今僕達がやっていることだよ」
「ま、その手順の行程として、今ここにいる僕は死ななければならないけどね」
『「?!」』
「な! おい、空! それはどういう意味だよ!」
音姫達にはその言葉の全く意味がわからなかったが、ヴァルゴはその言葉にある一つの考えが頭を過る。しかし、それは同時に世界の消滅を意味していることを知っていたからこそ、余計に混乱させられるのであった。
音姫達はその意味について尋ねるが、空はそれを無視して、刀を下に向け、虹色の刀身の根元に触れて、ゆっくりとスライドさせていく。触れられた刀身はその虹色の輝きから、真っ赤な炎の色に変色していき、刀身の全てに触れると、真っ赤な一本の刀に姿を変えた。
「『二人羽織・焔』。ヴァルゴ。僕はこの一撃で終わらせる。あまり彼女のことを知られる訳にはいかないからね」
『「それが出来るのなら、やってみなさい! それを私が許す訳ないですがね!」』
「なら…いくよ」
空は真っ赤になった刀を頭の横にまで持っていき、今にも走り出せる態勢を取る。だが、それが余計にヴァルゴを警戒させ、魔法球を周囲に展開させて防御の態勢を取った。
空から一切目を離さず、身構えていたヴァルゴに空は一度だけ、目を閉じてすぐに開いた。
次の瞬間、空が地面を蹴り前を駆け出して、その姿が消えた。ヴァルゴはすぐに警戒を強化するが、鋭い痛みがヴァルゴ自身に襲いかかってきた。
そして目の前に刃を振り下ろした空が目の前に現れ、鋭い痛みがじわじわと増していった。
「宣言通り、一撃で終わらせたよ。二人羽織の特性を利用してね」
『な、何を……』
「とりあえず、オトメの体を返してもらうぜ、ヴァルゴ!」
空はヴァルゴが乗り移っている音姫の体に触れると、重なっていたヴァルゴと音姫が分かれ、ヴァルゴの体が斬り裂かれ、多くの血が噴き出した。