産声の翼
自身の剣を奪われ、それを喉元に突きつけられている空。しかし、体全体に毒が回っており、身動きすらとることが出来なかった。
体全体から嫌な汗が流れる中、ヴァルゴはまるで見下すような視線のまま空を見つめていた。
『(この状況でも、未だに生を望んでいる。これもやはり、あの『お姫様』の影響が大きいのでしょう……。ですが、あなたには現状の最大の弱点があります)』
ヴァルゴは空に対しそんなことを思いながら、口を開いていく。
『「あまり抵抗はしないことね」』
「ふざ、けんな! 抵抗でも、なんでも、しねえと!」
『「そうですか……。では、こちらに向かってきている二人を狙うことにしましょう」』
「?!」
空はその言葉を聞いて、驚愕の表情を浮かべる。そして痺れる体で無理矢理目の前にいる音姫を見た。音姫の表情も同じ様に驚きの表情となっていた。
「ヴァ、ヴァルゴさん! それはどういう意味ですか!?」
『言葉通りです。先程、ここへ向かう途中、あなた方の後を追ってくるお二方がいました』
「どうして言ってくれなかったんですか!」
『二人がいるというカードを出せば、彼は確実に停止します。ですので、あえて伝える様な事はしませんでした』
「カードって、二人はものじゃないよ!」
『ものして見てはいません。賭けの切り札として二人を出せば、ソラ・オオゾラの戦闘に対する意欲は失われます。さらに言えば、二人を人質としてすれば、ソラ・オオゾラは完全に沈黙します。ですので、このタイミングで発言しました』
『「この男は、自分の命程度では止まることは絶対にありえませんからね」』
ヴァルゴはまるで空のことを理解している様な発言に音姫は言葉が出なかった。
『「ソラ・オオゾラ、わかっていますね。少しでも抵抗をしようものなら、標的をあの二人に変更します。いわば、人質というわけです」』
「……」
ヴァルゴの言葉に空は何も言葉を返すことが出来ず、沈黙する。
ヴァルゴが言った二人というのはおそらく、もっとも友人であるという洸夜と優雅ことであることは間違いなかった。
ヴァルゴは空の友人達の中で、誰よりも『大空 空』という人間のことを理解されていた。
自分というの人間が誰よりも嫌い。それが空自身が自分に対する認知である。それは空を知っている人ならば、少なからず気付くことなのだが、自分を殺したいほど嫌いであるという事は、本当に空を知っている人以外は誰一人いなかった。
これからある未来を知っているヴァルゴはそれ故か、もしくは未来で自分を語ったのか、空の根を深く知っている様な、そんな言葉を口にしていた。
何故なら、自分が『死ぬ』ということと、誰かが『死ぬ』という事は、空の中では天と地ほどの差があり、誰かが『死ぬ』を空が最も許されない事であることを、ヴァルゴは知っていたのだ。
故に、『人質』という形をとった。そうすることで、空が戦うという意思が弱まり、抵抗する意思もどんどんと弱くなっていくことがわかっていたからこその言葉であった。
ヴァルゴの予想は的中し、戦う意思そのものがなくなった空。その様子を見たヴァルゴは音姫を通して持っている空の刀の柄頭に手を添えて、力を込めて、押し込もうとした。
*
『……良いのですか?』
心の中、女性の様な声が聞こえてくる。
安心する様な、女性の声……。
『このまま、本当に良いのですか?
「……珍しいな。君が話しかけてくるなんて」
『当たり前です。私が表に出てくる事は、本当にしなければならない時のみです』
「……という事は、今この現状は、本当にしなければならない事…という事かな。あはは……」
『笑っている場合ですか? 今のあなたは本当に殺されるかもしれないのですよ』
「だよな……」
女性の声にうなだれる空。その様子に女性は本当に呆れた様な深いため息を吐いた。そんな反応をするのがわかっていたかの様なため息であった。
『あいかわらず、他者と自身の命の天秤がいい加減ですね。自身の命の程度を低く見るのは、あなたの悪い癖ですよ』
「別に、低く見ているつもりはないよ。ただ……」
『興味がないだけだよ……と、そう言いたいんでしょうけど、結局それは逃げているだけではありませんか。そんな人間が、「低く見ているつもりはない」などと、一体どの口がそんなことを申しているのですか!』
女性は空のいい加減な言葉に羽ばたく様な大きな音を立てながら、叱るような大きな声を上げて怒鳴りつけた。
『自分のことをゴミのようにしか思ってなくて、自分の信頼できる人が笑っていればいいなどと、そんなわがままが通ると思っているのですか?』
「それは……」
『今回のこともそう。『自分が抵抗すれば、二人が死んでしまう』。あなたは心でそう思い、戦う意思を、抗う意思も、生きようとする意思すらも失った』
『自らの誓いを捨てようとも…ね……』
女性の声が言った言葉は空の心に深く突き刺さる。
誓い……。空にとってのそれは、ヴァルゴのそれとよく似ている。
未来を変える。
ヴァルゴが体験したそんな未来なら、変えたいと願う事は、決して間違っていない。
さらにそれを変えることが出来るのが、自分の死という最もわかりやすい理由ならば、自身のことが嫌いな自分ならば、それでも構わないのではないかと……。
『……あなたが別にそれでも構わないと言うならば、それでもいいですが……、見てみなさい』
*
女性の声に空は痺れながらも、俯いていた顔を見上げる。
目の前には刀を突き刺そうとしている自分自身の体を必死に止めようとしている音姫の姿がそこにはあった。
『な、何をしているのです!』
「やっぱり…できません!」
『!? 何故です!』
「大切な人を……、私にとって、大切な人を! 殺してしまう事は、私には出来ません!」
「?!」
音姫の心からの叫びに強く脈打つ。
「私の事をソラくんは救ってくれた! 支えてくれた!たまたまでも、運が良かっただけでも、ソラくんはいつも手を伸ばして助けれた! だからやっぱり、私には彼を殺してしまう事なんて、私には出来ません!」
「……オト……」
『ですが、未来を変えるには彼の死は避けられない! わかってください、音姫!』
「わからないよ!」
『わかりましたか。死んで欲しいと思っている自分のことを大切だと言ってくれる人が今もいるのです』
「……」
女性の声が聞こえてくると、あたりから声がなくなり、女性の声だけが空の耳に、心に響いてくる。
『……あちらを見てください』
声に従って、少し遠くにある森に視線が向く。その森からとても隠れるのが下手な二人の影、洸夜と優雅の姿を発見した。
『あちらの二人は、彼女が本当にあなたを殺そうとしたら、無理矢理にでも止めに入れるように、常に準備していたのですよ』
「止めに…入る……」
『彼ら、そして彼女がそのような行動をとった理由……わかりますか?』
「……」
空には、その理由がわからなかった。いや、本当はわかっていた。それでも信じられないと、ありえないと、心で勝手に決めつけた。
だがその理由を女性の声はあっさりと口にした。
『簡単な理由です。みなさんは、あなたに生きて欲しいとそう願っているのです』
「! そ、そんなこと、」
『ないと言うならば、自分で確かめなさい。その為に、一体何をすればいいのか考えた上で、しっかりと自身の答えを出しなさい」
『さあ、決断の時です! あなたは、一体何のために、何を望むのですか?』
「……僕は、」
「……僕は、知らなければ、ならない」
『「?!」』
「どうして、僕なんかを助けるのかを。そして……」
『「まだ、意思がありますか! ですが、体の主導権を奪えました。これで終わりです!」』
「……そして!」
音姫から体の主導権を奪ったヴァルゴは空の刀を喉元に突き刺そうと力を込めた瞬間、空を守るようにして真っ赤な炎が空の体全体を包み込んだ。
「そして、生きなければならない! オトメを人殺しにさせない為に、そして、コレットの運命を変える為に!」
『契約は果たされました。我が翼、存分に羽ばたかせなさい』
「魔装! こい! 『鳳凰』!」
空を包み込んでいた炎は、やがて形を変えて巨大な鳥の姿となり、火の粉を撒き散らしながら、大きな鳥の産声をあげて、天高く舞いあった。




