未来の為の決意
音姫が自身の右腕を振り上げると、すっかり暗くなった夜空に多くの魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣の中心には大きな光の球体が集まり、今にも空に向けて放たれようとしていた。
空はやばいと思って、音姫に取られていないもう一つのクリアプレートとそれを差し込む刀身のない刀の柄を取り出す。
空は急いで柄に付けられている挿入口にクリアプレート差し込もうとするが、その前に音姫が夜空に浮かべた魔法陣から多くの光の球体が空に向けて放たれた。
バスケットボール並みの大きさの玉が、プロ野球選手並みの豪速球で少しずつ速度を上げながら落下していく。中でも、一番最初に放たれた球体は他の球体よりも早く空に向かっていく。
空はその玉が、自分に直撃すると覚悟していたが、それよりも前にクリアプレートが柄の挿入口に差し込めた。
それに気付いた空は柄をしっかりと両手で掴み、振り上げる。夜空に向けて柄を構えると、柄から虹色の刀身が現れた。
空に向けて掲げている刀となった柄をさらに強く握りしめ、目の前にまで迫ってきた光の球体にむけて刀身を振り下ろす。
刀を振り下ろすと、光の球体は真っ二つに切断され、半月型の二つに分かれた球体は空を通り過ぎ、後方で爆発した。
『「……やはり、その力を使いますか」』
音姫がそう口にするその先には不相応の羽織に袖を通し、虹色の刀身を大きく振り、音姫に向けて剣先を構える。だが、剣を構えている空の顔は少し悲しげな表情を浮かべていた。
「……『二人羽織』」
『「それがあなたの魔装でしたね。ですが、その力では私達を倒すことはできませんよ」』
「僕は別に……、君と戦うつもりなんて……」
「それは大空君がそう思っているだけ。私は、あなたを止めないといけないの。今、ここで!」
「っ……!」
空は小さく舌打ちをする。音姫は…音姫とヴァルゴは空を確実に倒そうと再び夜空に向けて右腕を掲げる。
空は夜空に魔法陣が展開させる前に一気に襲いかかる。
(体に峰をぶつければ、彼女の意識を一瞬だけど奪えるはず。そうすれば、二人の意識を分離してきてヴァルゴだけを倒せる!)
空は刀身の刃をくるりと回し、みぞおちに向けて峰打ちを叩き込もうと、勢いよく振り上げる。振り上げた刀身が音姫の体に打ちつけようとする。
ガキンッ!
だがその直前、刀を強く弾き飛ばされ強制的に体が無防備となる。音姫はそこに向けて光の球体が放たれた。
その勢いよく吹き飛ばされ、無様に地面に転がった。
野原の上に転がった空は大きく咳き込みつつも、地面から立ち上がろうとしていた。
『「……少し…先程もこの子に話したことを話しましょう」』
音姫の声と重なって、ヴァルゴが空に向けて音姫に向けて言ったことを語り出した。
『「私は…ここから少し先の世界を知っています」』
「!」
『「私が知っている近い未来では…全てが消滅した、無の世界と化していました……」』
*
その世界では黒い瘴気に包まれ、その世界生きるための力が枯渇し、全ての命が失われた世界となってしまいました。
その世界に充満した瘴気は異世界へとどんどん伝染していき、やがて異世界全ての生命が消滅してしまいました……。
世界で生きていた人間達は瘴気に触れてると、その触れた部分から肉体が砂のようにし始め、その人間達の体の全てを飲み込んで、その人間達の命を奪いました。悲鳴を上げようとも、逃げ惑おうとも、瘴気は星に存在する全ての生物を消滅させました。
*
『「その瘴気を生み出し、全ての人間を、星に存在する全ての生命を奪い、世界そのものを消滅させた。それが、この後の未来で起こる、世界消滅への出来事なのです」』
「だからって、それに僕が死ななければならない理由にはないらないだろうが!」
ヴァルゴが定められた未来への出来事を短く語り、辛そうに夜空を見上げる音姫。空はなんとなくわかっていたが、それでもそう言わずにはいられなかった。
『「……命についてなら、誰よりも頭の回転が早いあなたが、どうしてそんなわかりきったことを訪ねるのですか?」』
「それは……」
『「まあ、いいでしょう。わかっているのなら、容赦なくお伝えしましょう……。あなたですよ。人間を、生命を、世界を、未来を、それら全てを消滅させたのは、あなたなんですよ! ソラ・オオゾラ!」』
*
私はボロボロな姿で、ただその姿を見上げていた。
ソラだったもののその巨大な影が、大きな奇声をあげ、その体から放たれる黒い瘴気がその場にいた兵隊達全員に襲いかかり、鎧や剣すらも飲み込んで、その全てを消滅させた。
私は、その光景を、ただただ見ていることしかできなかった……。
*
『「あの光景を見ていることしかできなかった私はもう、あんなことは二度と起こさないと心に誓いました。誰一人、死なせないと。だからこそ、あなたはここで死ななくてならない」』
「っ……」
夜空を見上げていた音姫は刀を支えに立ち上がろうとしている空に向けて、
『「あなたがいなくなれば、この子も大勢の人間達も死ぬことはなくなるのだから」』
『「だから…死んで」』
「大空君」
ヴァルゴと声を重ねながらも、空の名前だけは自分一人だけで言って、桃色の翼を大きく広げた。
「はあ……はあ……。…か、……なのか……」
『「? 何か言いましたか?」』
「なんでもない。気にするな!」
空は胸に光の球体が直撃したことでの息苦しさが無くなり、荒い息をしながら、二人に聞こえないような言葉を口にして痛む体を無理矢理立ち上がらせた。
「悪いな……。あんたがなんと言おうと、僕の中ではもう結論は出ているんだ」
『「……結論?」』
立ち上がった空は刀の剣先を再び音姫、もといヴァルゴに向ける。
「こんなところで死ぬわけにはいかない。僕は生きて、僕の目的を果たす! 死ぬのは、その後だ!」
空の刀は再びヴァルゴに向けて走り出す。強く地面を蹴り、少しづつ速度を上げながら、音姫達に向けて襲いかかる。
『「……すでに…覚悟を決めているということですか……」』
自身に向かって走ってくる空を見つめながら、言葉を漏らしていくヴァルゴ。その声色にはわずかばかりの怒気が含まれていた。そんなヴァルゴを余所目に、空は脚を止めず、真っ直ぐに突き進み先程と同様に峰打ちで刀を振り上げた。
だが、それも先程同様に刀を弾かれ、体が無防備となる。しかし、今回は光の球体を放つよりも前に両手から片手持ちに切り替えて、虹色の刀を振り下ろす。今度は峰で刀を振り下ろすのではなく、刃を音姫に向けて僅かながらの殺気を込めて振り下ろした。
『「あなたの……。あなたの…その程度の覚悟で……、私を、止められると思うな!!」』
振り下ろした刃が音姫の体を捉えようとした、次の瞬間、空の刃は残り数センチで音姫に当たることはなく、そのまま横を通り過ぎた。
「……うそ…だろ」
空は振り下ろす刀が横を通り過ぎた事よりも、突然体が痺れ、身動き一つ取れなくなった事に驚きを隠せなかった。
「なん…で……」
『「即効性の神経毒です」』
「……ど、く?」
毒と聞いて、一瞬、その意味がわからなかった。
『「ヴァルゴ…乙女座と隣接している星座はご存知ですか?」』
空に近づきながら、尋ねてくるヴァルゴの言葉に空はわからず無言で返す。
『「王道なところで、しし座、てんびん座などがあり、まにあっく?なところで言えば、へび座の頭や、うみへび座などがあります」』
「ヘビに…うみへび……」
ヴァルゴの説明で、ようやくその意味がわかった。
『「ここまでくれば、流石にわかりますか……。その通り。あなたの神経毒は二つのヘビによって作られた毒です」』
「打ち込んだのは、プレートを引き抜く、ときか……、さっきの球体が、直撃した時の、呼吸器官からの、感染……」
『「流石ですね。プレートを引き抜くときに打ち込みました。正直、やっと効き始めたかと思っています」』
ヴァルゴは空の近くまでやってくると、膝立ちの状態となり、握りしめていた刀を奪い、その刀を持って立ち上がった。
『「さあ、ソラ・オオゾラ。一振りで、終わらせてあげましょう」』
ヴァルゴは奪った虹色の刀身を空の喉も当て、毒が回り、辛そうな空に言い放った。