〇〇のために
音姫が腕輪を回収できたのに驚いて大きな声を上げてしまい、まだ御神木に触ろうとした人達や他のところを見て回ろうとしていた観光客達に注目されて恥ずかしくなる空。
それは音姫も同じであり、二人は急いでその場から離れ、人通りの少ない場所にたどり着いた。
その後、案内をここまでしてくれた幽霊と別れ、音姫が回収した腕輪を見つめた。
「それにしても……これに本当に宿っているものなの?」
「可能性としてはなくもないかな。さっきの幽霊はそれに助けられたって言ってたから」
「そっか……」
音姫は腕輪をかなり傾き始めた太陽に掲げ、その腕輪を見つめる。空はそんな音姫を横から見守っていた。
『空』
静かに音姫を見つめていると、体の内側からトロイが空に話しかけた。
「(どうしたの、トロイ?)」
『実はお話がありまして……』
「(話?)」
『はい。ですので、彼女から少しお離れください』
「(え? どうして?)」
『そうですね……。姫様のため……といえば、わかりやすいですか?』
「(! ……わかった)」
トロイがここを離れるように言った理由は、空にはまったくわからなかったが、『姫様』という名前を出したトロイの言葉に空は少し考えるも、すぐに了承した。
空がゆっくりと立ち上がると、音姫はそれに気付き、見つめていた腕輪から視線をそらし、空に向けて話しかける。
「何処かに行くの?」
「……わかるだろう?」
「?」
疑問を疑問で返され、音姫は首を傾げる。
「……君達で言うなら…花摘み」
「! い、行ってらしゃい……」
音姫は恥ずかしさから顔を赤くしてそらした。
空は恥ずかしそうにしている音姫を確認した後、その場から離れていった。
(トイレというのは方便だけど、こうでも言わなければ、ついてきそうだったからな……)
そんなことを思いつつ、一応トイレの方に向けて歩いて行くのだった。
音姫は恥ずかしさから手で顔を覆っていた。
(うぅ……。どうして気付かなかったかな……)
自分の愚かさに反省しつつ、頬と口元を隠した。
「……」
恥ずかしさで顔を隠しつつも、空がこの場にいなくなったことへの寂しさが心の中に残っていた。
「……いけないことなのに……」
音姫は今もなお続いている胸の苦しみについて考えていた。
胸が苦しくなり始めたのは、大空君が幼馴染である里美さん達について語り始めてから。…いや、音姫の心が揺れ始めたのはもう少し前からかもしれない。
でも、それだけは認めてはならなかった。
私は知っている。今日、大空君が話してくれたどの思い出よりも、始めて会ったあの時の……好きな人がいると話していたあの姿が、彼が一番暖かい瞳をしていたんだから!
音姫はダメだと心に言い聞かせかなら、胸を強く押さえる。しかし、言い聞かせれば、言い聞かせるほど、胸がどんどん軋み、痛みが強まっていく。
溢れ出そうな胸の痛みがさらに音姫の心を苦しめる。
このまま一緒にいれば、この痛みは和らぐ。けど、同時にもっと痛くなっちゃう……。ならいっそ、このまま何処かに……。
音姫はこの場から逃げるように立ち上がろうとした。
『………』
その時、誰かの声が頭の中に届いた。
「! だ、誰ですか?」
音姫はその声にすぐさま顔を上げる。だが、音姫の周りには誰一人としていなかった。
『………』
再び聞こえてくる声は、音姫に対してあることを口にした。
*
『もう間も無くです』
「は?」
『もう間も無くで、ようやく歯車が動き始めます』
「……そうか」
音姫から離れた空は外に出てきたトロイの言葉にようやくかという思いで言葉を受け止めた。そんなトロイの背には大きさに似合わないシロンが跨っていた。
「僕達のすべてはこの時のためにあり続けた。それも、これで終わりというなんだな」
『終わりではありません。紡がれていきます。今までが、そうだったではありませんか』
『チュウ!』
「……そうだったな。ありがとう、二人とも」
トロイの言葉とシロンの返事に暗く落ち込んだ空の心に光が灯る。
「それじゃあ、みんな。あの状態になったら、僕はもう何もできない。だから、必ず世界を……いや、彼女を今度こそ、救ってくれ」
『はい!』
『チュウ!』
二人は空の願いに強く頷き、それにお願いした本人は嬉しそうな表情を浮かべたのち、少し寂しそうな表情を浮かべて、胸を軽く抑えた。
「……やっぱり、返事を返してくれない人もいるけど……、それ以上に、いっぱいの思い出を作ってしまったな……」
『……洸夜殿達のことですか?』
「……うん。こんな僕を受け入れてくれた大切な人達だからね」
洸夜達との過ごしたたくさんの思い出が頭をよぎり、それがすごく寂しくもあった。
『……空』
「わかってる。こればかりは、仕方のないことだ」
『『……』』
「だから、託すよ。僕の分まで、みんなのことを頼んだよ」
空の頼みを二人は力強く頷いた。
*
トロイ達の話が終わり、音姫がいる場所まで戻ってきた空。
「あ、おかえり。大空君」
「……」
戻ってきた空に返事を返してきた音姫。空はそんな音姫に驚いて目を丸くし、返事を返すことができなかった。
「? どうかしたの?」
「え? ああ……。えっと…それ……」
「? ああ、これ?」
そう言って見せてきたのは、先程までどうしたものかと悩んでいた御神木に刺さっていた腕輪を自身の右腕につけている音姫の姿だった。
「さっきね、この腕輪さんが話しかけてくれたの。『何者ですか?』って。だから、私達の目的のことを話したら、この腕輪さんが知っていたいだから……」
「……でも、それを付ける意味は無いんじゃないの?」
空は音姫の話を聞いて、腕輪が妖ではないかと警戒心を強め、音姫の腕につけられている故に、さらに警戒心が増していく。
「この腕輪さんを付けていると、その場所を頭の中に教えてくれるの。だからここから先の道案内を私がしてあげようって。やっと大空君の事を手伝えるって」
「そ、そうか……」
警戒していた空を余所目に音姫は嬉しそうな表情で空の顔を覗き込む。空は恥ずかしそうに顔を赤くし、それを気付かれないように視線をそらした。
「もしかして……迷惑だった?」
音姫は上目遣いで、不安そうに尋ねてくる。
「そ、そんなことないよ。そう思ってくれるだけでも嬉しいよ。あ、ありがとう」
「……ふふ♪」
顔が真っ赤になった空は音姫と視線を合わせることなく、目を外に向ける。そんな空にどうしたのだろうと思いつつも、赤くなった耳が音姫の目に映り思わず微笑んだ。
その後、音姫は空の手を握ると、体ごと腕に密着させる。
空はその行動に驚き、音姫へ顔を向ける。音姫はほんのりと顔を赤くして嬉しそうに密着させている。
「行こう!」
そう言って音姫は、空の腕を引いて案内を開始する。二人はまるで恋人のように新たな目的に向かった。
*
「……わかった。大空君を今浮かんだ亀裂の真下まで連れて行けばいいんだね」
「うん、わかったよ。世界のために、そして私自身のために……」
「彼と……永遠の契りを……」