彼女達の気持ち
空が試食コーナーから出て行くと、胸を押さえていた音姫は少し遅れてその場を後にする。そんな二人に気付いて急ぎ足で二人の後を追う洸夜と優雅。未だに涙を流す里美に何も出来ないと判断した二人は曜とアイリスに里美を預け、里美達の代わりに空達の後を追った。
洸夜達と別れた曜達はかなり落ち着きを取り戻した里美を休ませることにした。
近くにあった公園のベンチに里美を休ませると、アイリスは、
「の、飲み物買ってきます!」
と言って、すぐに公園を後にした。
「……」
「……」
二人っきりになった里美と曜は、一言も言葉を交わさず、ただ静かに座っていた。
曜は内心焦っているのを隠しながら、なんと言葉をかけようかと少し迷い、彼女の食いつきそうな話題を口にした。
「……大空くんってさあ、不器用だと思わない?」
「え?」
「いつも私達に気付かれないように、バレないようにって振舞っているけど、本当はバレバレで、それにも気付かない…本当に、鈍感で不器用さん」
「……ふっ。そうね」
暗かった彼女にようやく笑みがこぼれる。
「確かに彼は、不器用で、誰かに頼ることが苦手で、いつも見ていてヒヤヒヤする」
「最近は無いけどよく転んだらり、怪我をしたりしてかなり危なかしかったもんね」
「怪我をしても何も言わないから、無理矢理保健室に連れて行って一緒に怪我を治療したこともあったけ」
「あ〜。あっね、そんなこと。消毒液が染みて涙目になって逃げ回った大空くんの姿は、悪いけど、ちょっと面白かったな〜」
「そうね」
二人は今まで過ごしてきた空との思い出をお互いに口にしていく。たまにその言葉の中に文句が混じり、溜まっていた不満やあの頃の楽しかったことを語り合う。その頃にはすでに落ち込んでいた雰囲気がかなり柔らかなっていた。
「まったく。あいつは変なところでいつもいつも」
「ふふふ。本当に、大空くんのことをよく見ているんだね」
「当たり前よ。だって私は、空の幼馴染ですもの」
「……好きだから?」
一瞬、その言葉を口にするべきか悩んでそれでもあえて口にした。なぜその言葉を言ったのか、曜にはわからなかった。でも、それはあえて口にしないといけないと思った。でなければ、きっと二人は今のこの場へと戻って来ることはもう一生ないと思ったからだ。
「……ええ。好きよ」
「……私も…大好き……」
二人の頬は少し赤くなる。その理由が恥ずかしさからなのか、それとも嬉しさなのか、その理由は二人にしかわからなかった。
「一つ気になったことがあるけど、里美ちゃんはどうして私が大空くんと一緒にいることを怒ったりしないの? 音姫ちゃんはものすごく怒っていたのに……」
曜は気になっていた疑問を里美にぶつける。里美本人が一緒にいたとはいえ、空と話したりすることも当然多かった。
にもかかわらず、里美はそのことに怒っているような様子一切なかった。先程の音姫への怒り方があまりにも異様だったことから、自分に対してもそう思われていてもおかしくないと思っていたのが……。
「別に、たいした理由はないわ。曜は大切なお友達だし……。それに、曜とだったら一緒に空をもっと幸せにしてあげられると思ったから」
「は、はあ……」
曜は里美にとって『大空 空』という人間は自身の所有物と似たような認識をしていることに少し困った表情を浮かべた。
「……えっと、大空くんのことをそんな自分のものみたいな言い方をされたら、大空くん自身も困っちゃうと思うよ」
「え? 別にそんなこと思ってないわよ。ただ空を私達で独占してやろうって考えのだけよ」
「わ、私達って?」
「あれよ。一夫多妻ってやつよ」
「た、多妻?!」
突然の里美の言葉に動揺する曜。しかし里美は止まらない。
「甲斐云々は後々知っていけばいいと思っているけど、親しい人を受け入れるあの器はきっと一人二人で収まるようなものではないと思うのよ。七人…いえ、きっと八人ぐらいかそれ以上かしら?」
「さ、里美ちゃん?」
「でもどうせなら、空に処女をもらってほしいし、というか、子供を産むなら彼以外考えたくないし……。曜は空と行為に及ぶならどういう感じがお望み? 正統派? それともハード系?」
「里美ちゃん?!」
すっかりペースに飲まれた曜は里美に大きく覆い被さり、無理矢理口を塞いでそれ以上何も喋らせないようにした。
二人の表情にはすっかりと笑顔が戻り、恥ずかしそうに、それでいて楽しそうにしていた。
だが、戻ってきていきなりそれを見せられたアイリスは現状に困惑して首を傾げるのであった。
*
一方、空と音姫はある場所を目指して一緒に歩いていたのだが、
「……」
音姫には妙な胸の痛みが治まらないことへの不安を隠さずにいた。
空は音姫の微妙な変化には気付かなかったものの、何かあったのではと考えていた。その為、少し急ぎたい気持ちを抑えつつ、音姫に歩幅を合わせて歩いている。
いつもの音姫であるのなら、気を使っていることに気付く筈なのだが、ズキズキと痛む胸の痛みが思考を鈍らせていた。
「……なあ、オトメ」
「?! な、何かな?」
「……何か、あったか?」
「え?」
この時、音姫は本当にその言葉の意味がわからなかった。
「今日の君は、なんというかちょっと……」
「ちょっと…何?」
「……僕には、君が無理しているように思える」
空は悩みつつも、思ったことを口にした。
音姫はそれを言われて驚くことも何とも感じることはなかった為、「無理なんてしてないよ」と言葉を口にしようとして、
「………っ」
言葉を発することができなかった。
初めて自分が本当は無理をしているとわかった音姫は、少し驚きつつも、下を俯き、すぐに顔を上げて笑顔を見せた。
「いつのまにか疲れてたみたい。気付かなかったよ……」
「オトメ……」
「ごめんね。私、あなたに手伝うって言ったのに、足を引っ張っちゃってるよね」
「………」
「こんなことなら、付いてこない方が」
そこまで言って、それを遮るように空は音姫の頬をむにゅ〜っと引っ張った。
「ひぃ、ひぃたいよ。ひゃ、ひゃいすりゅの?」
「……僕はね、君が足を引っ張っているとか、付いてこない方がいいとか一切思ってない上に、君が付いてきてくれたことに感謝したいんだよ」
「ふぇ?」
その言葉に音姫は少し驚いてその顔を見つめる。
音姫の見つめらる瞳を見て、空は引っ張っていた頬から手を離した
「今日僕は…いや、正確には昨日からかな。昨日からすごくイラついていたんだ。誰に対してとかじゃなくて、単純に一瞬でも翼さんを疑った自分に、すごく腹が立ったんだ」
「一番信頼できる人を一瞬でも残酷なやつって思ってしまった自分に本当に腹が立ったんだ」
「そう…だったんだ……!」
心の内を語る空に、その気持ちが理解できる音姫は、何も言葉にすることができず、目を伏せ、下には俯く。その時、空の血が自身の力で強く握りしめ過ぎてしまい、血が流れていることに気が付いた。
「あの時、オトメが僕のことを呼んでくれなかったら、僕はその苛立ちを抱えたまま話を聞いていたと思う。君が僕の話を聞いてくれなかったら、手伝ってくれるって言ってくれなかったらね」
「大空くん……」
「だから、ありがとう。手伝うって言って、一緒にいてくれて」
「!」
「本当に、ありがとう」
本当に感謝の言葉を述べると、音姫は持っていたハンカチを取り出して、
「そ、そっか。私が大空くんのことを支えることができていたのなら、本当に良かったよ。な、なら、もっと頑張らないとね!」
「いや、別に無茶は……」
「無茶じゃないよ! 今私、すごく調子が良くの!だからまだまだ全然大丈夫だよ!」
「そ、そうか? なら、辛くならない程度に手伝ってくれればいいから」
「うん! そうするよ! ほら、早く行こう!」
「え、あ、ちょっと!」
血が流れている手にハンカチを巻きつけると、手を引いて先頭を歩き始めた。その姿はとても嬉しそうで、言葉が少し早口となっていた。
音姫は空の手を引きながら、目的地へと進んでいく。暑くなった頬、そして高鳴る胸の鼓動が心地よく感じながら、繋いでいる空の手に少しだけ力を込めるのだった。