子供の心
この地に災い訪れし時、天より美しき光の化身舞い降りる。
山が炎に包まれれば、天から雨を降らし、闇が村を包み込もうとすれば、放たれる光で闇を浄化した。
やがて全てを厄災を祓った天よりの使いである美しき化身は姿を消していった。私達は彼女を現在でも讃え、再びこの地に訪れると信じている。
*
「……え? それだけ?」
「それだけとは失礼だね。この話はここいらでは子供だって知っている話さ」
空達が聞き込みをして開始してすぐに昔の出来事に関する人を発見することができた。
すぐに話を聞いてみると、その内容は求めている内容とは違い、生物ではなく女性の話だった。
「えっと……。ほかに伝承はありませんかね? 例えば、ほら、巨大な動物の話とか」
「そうさね〜……。そう言った話は聞かないけどね……」
「そうですか……。ありがとうございます」
空は当てが外れたと少し残念に思いながら話を聞いていたおばあさんの元を後にする。手にはおばあさんが営んでいたお土産商品を持っていた。実に商売上手なおばあさんであった。
話を聞こうとしたのだが、「なんだったかな〜」と言って話を誤魔化し始め、結局お土産の一つを買う羽目になったのだった。
「知りたかったことが聞けなかったね」
「でも収穫はあった。この地域には空から現れた二人の存在がいるってことと、女性の方は僕のような人間って可能性があってこと」
その人が今生きているかわからないけどね。と店前で空を待っていた音姫に聞いた話を語る。手に持ったお土産を見て商売上手なおばあさんに一瞬呆れつつも、すぐに笑顔を作って話をする。
そんな二人の姿にすれ違う人達から自然と視線を集める。それもそのはずである。空はごく普通の一般人だが、音姫は有名なアイドルあり、彼女の整った容姿がさらに注目を集める。
その上、青花 音姫は恋愛といった浮ついた話がこれまで上がったことがない人だ。にもかかわらず、彼女と一緒にいるのは、彼女と年が変わらないくらいの男の子であり、それも仲よさそうに歩いていれば、注目は必然。ツーショットでも納めようものならスキャンダルものである。
さまざまな妄想や想像をたてながら視線を集められている二人だったが、音姫はお友達とのお出かけという有名人特有の憧れをすることができている喜びから、空は書き込みをする理由となった生物と義父さんであるかもしれない人との関連性を考えることで頭がいっぱいでそれに気付くことはなかった。
そしてそんな二人の姿がまるで恋人という雰囲気ではないことから、スキャンダルとして写真に収めていいものか戸惑い、結局何事も無いまま時間だけが過ぎていくのであった。
*
空達はその後も聞き込みを続け、さらには図書館で情報を探してみるも、結局女性の伝承以外を見つけることができなかった。
「ああ……。結局何もなかった……」
「太陽もすっかり登っちゃったね」
明け方出かけた空達だったが、今ではすっかり日が昇り、お昼頃となっていた。
「とりあえず、どこかお店でも入る?」
「そうだね……。あ! あそこなんてどうかな?」
音姫が指をさした場所にはレトロなカフェが営まれていた。
空達はそこに入ることを決めた。
*
「それでは、少々お待ちください」
注文を終えた僕達はずっと歩き続けていたのでしっかりと脚を休ませる。
「それにしても、調べても調べても出てくるのは女性についてのお話ばかりでしたね」
「そうだな……。もう少し、他の話を聞きたかったんだけどな……」
二人が散々歩き回っても知りたかった情報を耳にすることができなかったので、本当に無駄足だったことに、どっと疲れが襲ってくる。
「でも大空君は、どうしてそんなにも必死になってツバサさんのことを調べるんですか?」
「……」
「ただの義理のお父さんというだけだったら、そこまで必死にならないと思うの」
オトメは今日ずっと感じていたであろう疑問をようやく尋ねてきた。
「……確かに…君には話したことがなかったね。そもそも、アイリス達にも話したことがないんだから当然か……」
自分の昔のことを話すのは正直苦手だったからな……。
流石のオトメもアイリスに話していないということは少なからずに驚いて目を丸くしていた。
「僕は昔、孤児だった僕を受け入れてくれたって話しをしたのは覚えてる?」
「うん。確か、今から六年前だったけ?」
「そう。あれは今から六年前に翼さん達は親のいない僕のことを快く受け入れてくれた、今でも本当に感謝している人達だ」
「でも…いや、だからこそ、僕は最初、あの人達の養子になることを断ったんだ」
「え?!」
初めて人に話す事を語ると、オトメは先程とは比べようもない程驚いた表情を浮かべた。
「当時、僕はどうしてあの申し出を断ったのかは、よくわからなかったけど……今考えれば、単純にこれ以上、あの人に迷惑をかけたくなかったんだと思う」
*
「い、嫌です!」
僕は、翼さんが言ってくれた「家族になってみる気はないかな?」という申し出を断った。
「ど、どうして?」
「そ、それは……」
「それは?」
「っ! と、とにかく! 嫌なものは嫌なんです!」
そう言って、僕はあの人の前から逃げるようにして立ち去った。翼さんは驚いて少し固まっていたが、僕はそれ以上気にしている余裕がなかった。
僕は施設を駆け巡り、とある小さな物置部屋に姿を隠していた。そこは僕が辛い時、一人その辛さを追い払うために、使用していた部屋だった。
そこで僕は、どうして断ったのかとか、どうして逃げてしまったのかとか、深くは考えなかった。ただ、無性に悔しくて、悲しくて、たまらなかった。それを誰かに見せたくなくて、声を無理に押し殺しながら涙を流し続けた。
コンコンッ!
「?!」
涙を流していると、突然部屋の扉が叩かれる。
この部屋の扉を叩かれるとは思っていなかった僕の体をその音にビクッ!反応する。
「空」
扉の向こうでは翼さんの優しい声が聞こえてくる。
しかし、僕は何も言葉を発さない。
「中にいるなら、そのまま聞いてくれ。……僕はね、君を引き取ると決めたのは、決して同情なんかではないんだ。僕がそうしたいと思ったから、そうしたいんだ」
「君のような子は、きっと一人でも大丈夫なんだ。やろうと思えば、頑張ろうと思えば、大半のことはそつなくこなすことが君にはきっとできる。自分を押し殺せば、なんだって……」
「……」
扉越しから聞こえてくる翼さんの言葉にはあまり驚かなかった。
言われたことは二、三度繰り返せば、すぐに出来るようになった。十回繰り返せば、教えてくれた人よりも上手くそれをこなせるようなった。施設の掃除や他の子供達の洗濯にご飯の準備。
ただ手伝っただけで、先生達から期待される。「空君に任せていたら大丈夫ね」と、それだけ言われて、自分より小さな子供や落ち着きの無い暴力を振るってくる年上の男の子達。
そんな男の子達は、先生達から気に入られているという理由でだけで、嫉妬され、暴力を振るわれる。
そのせいで怪我をすれば、先生達は僕を心配し、男の子達は叱られ、そしてまた同じように怪我をする。
だから、男の子達が僕をまた怪我をさせて、先生達が男の子達を叱ろうとした時、
「思わず、躓いて転んでしまいた」
先生に向けて笑顔でそう言い放った。
「本当は、我慢なんてしたくなかったんだろう?」
「!」
翼さんの言葉はまるで僕の心を覗き込んだような発言だった。
「本当は、期待なんてして欲しくなかったんだろう。任せて欲しくなかったんだろう。本当は他の子達のように自由に遊んで、同じようにバカをやって、本当の家族のように、誰かに甘えたかったんだろう?」
「……っ!」
翼さんの言葉は、僕の心に強い衝撃を与えるような強烈なものであった。
「君を引き取ると決めたのは僕のわがままさ。僕は君に笑ってほしいと思った。その笑顔をもっと近くで見せてほしいと思った。だって君は、自分よりも、みんなが笑っていてほしいと思える、優しい子なんだから」
ゆっくりと扉が開かれ、翼さんは僕の姿を確認する。
僕はそんな翼さんに向けて強く抱きついた。抱きついた僕は、その時初めて、大きな声で涙を流した。初めて理解してくれた大空 翼というのを存在を体全体で確かめるように、その心に甘えるように、翼さんの胸の中で、大粒の涙を流し続けた。
*
「こうして、僕は翼さんの養子になることを受け入れた。翼さんは、誰よりも人の優しい部分がわかる人だと思ってる。だから、そんなあの人が心を壊すようなそんな人と一緒にいることが信じられないだ」
僕の長い話をオトメは最後まで口を挟まず、聞いてくれたオトメは、話を聞き終えると、
「……そっか」
と、その一言を口にすると、
「だったら、翼さんの無実を証明しましょう!」
「! うん!」
オトメはそう言って、僕の手をギュと握りしめる。僕は僕の思いを受け入れてくれたオトメに感謝しながら、大きく首を縦に動かして頷くのであった。