安らぐ存在
「……こちらが、私達が向かう心霊スポットである廃病院です」
あの後、これといった問題も無く、撮影が開始された。最初は順調に撮影が進んでいき、本当に問題がなかったのだが、廃病院近づいていくにつれて周囲に幽霊が集まって来ていた。
見渡す限り、多くの霊が集まって来ているのだ、同じく見えているオトメも動揺しているであろうが、さすがはアイドル。カメラが回っている時はその動揺をうまく隠せている。
対してうまく隠せていないのはむしろこちらのほうであろう。霊は見えないのに、妙に霊感の強いアイリスは腕にしがみついて離そうとしないし、似たように霊感が強いのか、桜井さんも離れようとしない。
女の子に頼られるのは嬉しいのだが、妹や好きな人が別にいるであろう女の子から頼られるのは正直面倒以上の何者でもない。
その上しがみついているから歩きづらい。それをするなら洸夜にでもやって欲しい。そしてそれを見ていじり倒したい。
(しかも…この状況をどうしてそんな目で睨みつけるかな……)
「……」
この状況で何故かオトメではなく、僕の方に視線を感じる。というか睨みつけている。
明らかに怒りの視線を向けられているのを感じ、僕はそれに困っていた。
というか、その視線は僕にでは無く、君の大好きな祐也に向けてやれっての。
「ハイOK! 休憩入ります!」
スタッフによる宣言の元、撮影が中断される。映像スタッフ達はすぐに撮影した映像を見返していたり、その他のスタッフも各々の仕事をテキパキとこなしている。
そしてここからが僕の仕事だ。
僕はまずオトメの姿を探す。スタッフ達の後ろの方で、パイプ椅子に座りながら休憩を取っている。少しだけ顔色が悪そうだ。
「二人とも少し離してもらっていいかな?」
僕がそう言うと、不安そうな表情で僕の顔を見るが、頼むよと言うと、渋々僕の腕を離してくれた。
*
正直に話せば、今日の撮影は今までの中で一番きついと思った。
撮影を開始した時は、何も問題が無かったけど、徐々に幽霊さん達が集まりはじめ、見えないことをいいことに一緒にカメラの中に映り込んだり、「ねえ君、彼氏とかいないの?」と耳元で囁かれるのはすごく怖い。
「青花さん、お疲れ様です」
お茶ですとお茶が注がれな紙コップを手渡してくる女性マネージャーさんの河瀬さん。ありがとうございますとそのコップを受け取ろうとして手が止まる。
その理由は差し出された紙コップある。
紙コップや中身のお茶そのものには何も問題はない。しかし、渡されているその手、そのものに問題がある。
渡されている手から紙コップを受け取ろうとすると、紙コップをすり抜けて、幽霊さんの指先が私の目に飛び込んで来たからである。
しばらくそれ見つめ、固まっていると、すり抜けていた指先が私の腕を掴もうとした。私は悲鳴をあげるのを押し殺しながら、勢いよく手を引っ込めた。
突然手を引っ込めた事に河瀬さんはすごく驚いたような表情を浮かべて困惑していた。
「や、やっぱり、今は大丈夫です……」
「そ、そうですか? でも、」
「だ、大丈夫。本当に、大丈夫ですから……」
そう言われた河瀬さんは困りながらも、渋々私から離れて行った。私はその姿をすごく申し訳ない気持ちで見つめていた。
(また…やってしまった……)
私がそう思ってしまった事も仕方ないと思った。
私が幽霊さんが見えるようなってから同じような出来事がもう何度も繰り返されていた。私が出会った幽霊さん達はいつも私に話しかけ、驚かせようとして楽しんでいる事が多かった。
私はそれにいつも怯えながら耳を塞いで幽霊さん達の声を聞こえないようにしていた。
でも……。
「オトメ」
聞き慣れた彼の声が私に耳に届いてくる。すごく安心する彼の声。
「大空君……」
「お疲れ〜。すごかったよさっきの撮影。あ、はいこれ。さっきマネージャーさんから貰ったお茶。飲むだろう?」
「う、うん……」
私は今度こそお茶を受け取ろうと手を伸ばす。そしてまた幽霊が私の腕を掴もうと紙コップをすり抜けて、
「こら」
その瞬間、大空君の指が幽霊さんの手をピンと弾いた。
「これはオトメの飲み物だからね。君の分はないんだ」
「それに、彼女は俺の友人なんだ。これ以上怖がらせるようなことをしたら……その魂を滅してやるからな。覚悟しな」
私が驚いている間に近くにいた幽霊さん達を睨みつけながら言った一言により、今度は幽霊さん達が怯えて散り散りに離れて行った。
「まったく、見えるってだけで人を困らせる事をするとか浅知恵だよな」
そう言って再びお茶を差し出してきた。
彼は…いつもこうだ。
幽霊だけではない。クラスのみんなや先輩、大空君はたまに本当に怖いような発言をする事がある。喧嘩腰の言葉を口にする為、怖がられる事をあれば、逆にそれに拍車がかかり、一発殴られるような事をある。
大空君自身はそんなに喧嘩が強いというわけではない。それどころか、強く一発殴られれば、殆どが一発KOで終わってしまう。
そんな喧嘩が強いわけでもないのに、それをやめようとしない理由は私にはわからない。でも、彼はいつも真剣でそれでいて、優しい人だった。
嫌な事があったら、いつも話をして聴いてくれた。辛い事があれば、いつも相談に乗ってくれた。楽しい事があれば、一緒になって笑ってくれた。
彼と一緒にいたら、みんなが集まってきて、一緒になって楽しい毎日が過ごせるようになった。
「それにしても、撮影って思った以上に大変なんだな……。そうだ! 君、撮影の疲れとか溜まってない? よかったら肩でも揉んでやろうか?」
きっとこの言葉は冗談だ。怖がっていた私の姿を見られていて、少しでも不安が無くなればいいという理由からの言葉だ。
こういう優しさは本当にずるいと思う。
だから、そんなずるい彼に対して、
「……うん。それじゃあ、お願いしようかな」
少し困らせてやろうと思った。
「え? あ、……え?」
私の予想通り、大空君はとても困ったような表情を浮かべ始めた。その表情を見て笑みがこぼれてしまう。
「ほら、やらないの?」
「え、えっと……。これでも一応冗談のつもりだったんだけど……。こ、こうなったらやけだ! やってやんよ!」
「ふふふ。それじゃあ、お願いね」
決心のついた空は私の後ろに回ると、宣言通り、肩のコリをほぐし始める。「あ、意外とこってない」なんて言葉が聞こえて恥ずかしくなるが、嫌な感じはしなかった。
肩に触れられる大空君の手から伝わってくる暖かさがすごく安心して、不安な気持ちを一気に吹き飛ばしてくれた。
それと同時にその暖かさが心臓の鼓動を加速させる。
高鳴る心音。こんなに近くにいて、触れられていて、もしかしたら気付かれている知らない程、とても大きな鼓動が私の中で響き渡る。
でも、それが心地よくて、うれしかった。
私は彼の存在を強く感じながら、休憩時間を過ごした。結果、大空君の肩揉みは撮影が再開される直前まで続けられるのだった。
*
「監督みてください。あれ」
「あの子があんな安心した表情を浮かべるなんてな」
「学校のお友達と聞いてもしやとは思ったけど、まさかここまでとはな……」
「あの姿を撮影すれば軽いスキャンダルですよ。今の青花さん、まるで恋する乙女ですよ」
「それに、なんだか最近さらに綺麗になったと思いませんか?」
「確かに。やっぱりあれですかね。恋をしている女性は美しくなるっていうあれ!」
「はいはい。確かにあの二人のことは気になるけど、今はチェック方が重要だ。しっかり確認しろよ」
「「「「「は〜い」」」」」
空と音姫から離れたスタッフ達の間では肩揉みをしている二人の姿を見てそんな話をして盛り上がっていた、