心霊スポット
ガシャン!
「ほれ」
「ありがとう」
空は買ったばかりの缶ジュースを背もたれのない長椅子に座っている音姫に渡して、その隣座り買ったもう一つの缶ジュースの封を開ける。
「それにしても、まさかこんなところで会うとはね」
「私も。少し驚いちゃった」
二人は本来今日は会うことはないと思っていた為、こんなところでこんな風に話しが出来る事に少なからず驚いていた。
青花 音姫。
彼女は知っている空の家族以外で空と同じ悩みを持ち、お互いに悩みを相談し合う関係であり、進学した中学校では最も親しい女性である。よく話をしている姿や一緒になって勉強をしている姿がたびたび目撃されている。
「ところで…音姫がここにやってきた仕事って一体何なの?」
「私がここに来た仕事の目的は心霊スポットのレポートなの」
「え?! それ、マジで?」
「うん…マジで……」
空は音姫がここに来た理由を聞いてズキズキと頭痛がおき、頭を抑える。よりにもよってその仕事をする事になるなんて……と。
「可哀想に……」
「まあ、これも仕事だから」
「……オトメのそういうところ、本当にすごいと思うよ」
空と音姫。二人が持つ共通の悩み。それは幽霊が見えるという事である。空は物心つく前から、音姫はある事件から突然見えるようになった。共通の悩みを持つ二人だからこそ、互いの悩みを相談出来、今回の仕事の内容を理解できてしまうのだ。
余談だが、音姫から強く信頼を置かれているが故に、その光景を見せられている男子達から嫉妬の視線を送られる。当然、音姫はその視線に気付いていないが、その視線を一身に浴びる空はそれに気付いていた。音姫がいない休み時間は殆どの確率で追いかけ回されるようになり、現在ではその逃亡劇のおかげで、無駄な体力と走力がついたとか……。
閑話休題
幽霊が見える二人にとって、心霊スポットというのがどういう意味を持つのか二人は理解していた。要は、いるのだ。そこに。
心霊スポットとは、本当に幽霊達が集まりやすい場所であり、集まった幽霊達がそこに来た人達を驚かせたり、取り憑いたりと色々と大変な場所でもある。さらに、そんな幽霊達が集まる場所でもあるからそれらを食べようとする妖達がやって来て、見える人達には本当に危険な場所なのだ。
「僕だったら、その仕事だけは受けない。面倒だから」
「アハハ……。ところで…お願いがあるんだけど……」
「……まさかと思うけど」
「お願い! 今日の心霊スポット、一緒に来てくれないかな?」
「やっぱりか!」
心霊スポットと聞いて、なんとなく予想はしていた。
「私は大空君みたいに妖をどうにかする力は持っていないし、君がいたらその…安心するから……」
「……」
音姫はとても不安そうな姿と、そこから現れた不意な笑顔を見て、空はかすかに頬を赤くして顔を逸らした。
「……ダメ?」
「うぅ……」
正直…ずるい。空は音姫の姿を見ながら純粋にそう思った。
同じ悩みを持ち、その悩みを相談し合える程の中であり、アイドルと呼ばれる程とても綺麗でかわいい女の子が自分を頼ってきている。男としては二つ返事で引き受けるだろうが…それとこれとは事情が違う。
命の危険があるお願いをされて人は二つ返事で答えることは出来るのか? 『否』である。考える。命の危険があるのだ、当然だろう。考えて考えて、命知らずのものは受けるであろうが、当たり前のように断るものもいる。
そして空は断る派の人間だ。命の危険があるものに自ら足を突っ込む気にはならない。
だからこそ、空は音姫のお願いを_________
*
「それでは本番三分前です!」
「はい!」
「……」
空は音姫のお願いを断ることができなかった。
(いや、違うだ。別に断れなかったというわけではない。今回の旅行の目的は思い出を作ろうという目的の元、この心霊スポットにやって来たわけで、ただの肝試しのついでに、オトメのお願いを聞くだけであって、決して、あの子の魅力にやられたわけではなく……」
「何を永遠と独り言を呟いているの? 正直気持ち悪いわよ」
「みゃー?!」
頭の中で断れなかった理由を並べていると、それが口から漏れていたらしく、背後から話しかけられた里美の声に驚いて変な悲鳴をあげて周囲から注目を浴びる。
「驚かせるな! びっくりするだろうが!」
「あんたが考え事に集中していたからでしょう。それに、音姫ちゃんがわざわざ同伴の許可を取ってくれたんだから、しっかり話を聞かないとダメでしょう」
「それは…そうだけど……」
(君達がここにいる方が、僕からしたら困るのだけれど……)
空は今目の前に里美のことを見ながらそう思っていた。さらに言えば、ここには空や音姫、里美のほかに曜とアイリス、優雅と洸夜もやって来ていた。
しかしなぜ、この場に四人がやって来ているのかというと、それは単純に二人の姿を発見されたからである。話を聞いた里美達は興味半分、面白半分で一緒に参加する事になり、現在に至る。
だがしかし、空が大きな声を出して注目を浴びたのはただ大きな声が聞こえたというわけではない。
「二人とも……、そろそろ離してくれるありがたいんですが……」
「「……?!…!!!」」
それは空の腕にくっ付いている怯えてまともに声すらあげられなくなってしまっている曜とアイリスの姿に注目を集めていた。
空は昔からアイリスが怖いものが苦手だということを知っていたが、曜がここまで怖がるとは思ってもいなかった。
「桜井さんって、心霊系って苦手だったんだな……」
「家が神社なのにお化け屋敷とかすごく苦手なのに、来ちゃうから、いつも誰かに支えられられているのよ」
「へ〜。桜井さんに頼られる人は役得だな」
「ムゥ……」
「それよりも意外なのは、優雅ってメガネを外した時は見た目女の子なのに、こういうのは苦手じゃないんだな」
無意識に言った言葉になぜか里美は頬を膨らませるが、空はそれに全く気付かず、顔を四人の中で一番平然とした表情を浮かべていた優雅の方を見る。本当に怖がった様な様子はない。
「別にこういうのは苦手じゃないよ。幽霊っていうのは別に嫌いじゃないし、それに幽霊って言っても、別にバイo……」
「優雅! それ以上は良くない!」
優雅が現在自身の腕に抱きついて来ている二人の耳には入れていけない言葉が飛び出そうとしたので、無理矢理その言葉を遮った。
「大変だね、大空君」
「ほんと、こんなんで大丈夫かな……」
空は今の会話でどっと疲れ果てていた。そんな空に話しかけたのは先程の着物姿ではなく、テレビ出演用の衣装となっていた。
空は一瞬その姿に見惚れそうになるが、ビクンッ!と両腕にくっ付いている触感が一気に現実に引き戻される。
二人の柔らかな感触で意識が現実に戻ってくると、テレビのスタッフから「まもなく本場入ります!」という言葉で集合をかけた。
「そろそろ出番だから行ってくるね。今日はよろしくね」
「ああ、了解」
引き受けた以上最後までやり遂げるつもりの空は撮影に向かった音姫を後ろから見守りつつ、取り敢えず、自身の両腕にくっ付いている二人をどうにか落ち着かせようとするのであった。
しかし、空はまだ知らなかった。
ここが、とある人物に深く関わっている心霊スポットである事を……。