旅館
運命とは時に残酷である。
ある者は産まれながら過酷な宿命を背負い、またある者は世界の為の生贄として、そしてある少女はある道具の為に定められた運命を歩み続ける。
「だからこそ、あなたはここで死ななくてならない」
「っ……」
「あなたがいなくなれば、この子も大勢の人間達も死ぬことはなくなるのだから」
地面に虹色の刀を突き刺し、今にも倒れてしまいそうにしながら羽織を羽織った男は苦しそうに跪いている。
「だから…死んで。大空君」
そう言って、背中から生やした桃色の透明な翼を大きく揺らし、羽が付いている金色のブレスレットを付けた右手で指を指す青花 音姫の姿だった。
*
「あがり!」
「負けた!」
ガタゴトと揺れる古い電車に乗って約三十分にも続く何故か白熱したババ抜き勝負は意外なことに洸夜がビリとなった。
僕、大空 空は妹のアイリス、幼馴染の雪村 里見と里見の親友である桜井 曜に僕の友達の二人、坂本 洸夜と神田 優雅と共にとある田舎に向かっていた。
何故そんな田舎に向かうことになったのは、ほんの数日前、桜井さんの親戚が経営する旅館に招待されたらしい。そこで思い出を作ろうということで、週末の連休を使い、一緒に旅行に行こうということで、いつも一緒にいる僕達とアイリスの五人で旅館に向かっていた。
中学校に進学してからはもう一人一緒に行動していた女の子がいるのだが、どうしても外せない仕事という理由で本日は欠席である。
「それにしても、まさかアイリスちゃんが一緒に来るとは思ってなかったよ」
「私も。最初は全然興味なさそうだったのに」
「い、いえ…その……」
負けた悔しそうにしていた洸夜はしばらくすると立ち直り、隣に座るアイリスについて来た理由を尋ねた。
「べ、別に、深い意味があるというわけでは……」
「あれだろ。気になる人がいるからついて来たんだろ?」
「??!!」
「え〜! それは本当ですか!」
言いづらそうにしていたアイリスの代わりその理由をあっさり答えると、驚いた表情で僕の方に顔を向けて、目を大きく見開いている。さらには向かい側に座っている桜井さんも驚いた様子で、やけに嬉しそうな声色で僕に尋ねて来る。
「多分そうだと思うよ。きっと好きな人が誰かに靡くのが嫌だからわざわz……」
「……」
「イタタタ! ア、アイリス! 痛い! 痛いから!」
僕の言葉に怒ったアイリスは太ももを強くつねり、その痛みで暴れようとするが、目の前に桜井さんがいる為、それを必死に堪える。
「そんな心配なんて一切してないし、第一、私も楽しそうだから来たの! そんな適当な考えを言わないで!」
「わかった! わかったから! 離して! 本当に痛いから!」
本気で痛がっている僕の姿を見て、不機嫌ながら渋々つねっていた手を離した。僕はつねられていた太ももをすぐさまさする。おそらく目頭には涙が浮き出ているであろう。
「まったく。適当な事言わないでよ」
「はい。すみませんでした」
拗ねるアイリスと頭を下げる僕。これではどっちが上なのかわからないな……。
ちなみに、空もアイリスも気付いていないが、アイリスは「好きな人」という言葉に対して一切否定をしておらず、四人は好きな人はいるんだ〜と自然と理解するのであった。
「うう…痛かった……。そういえば、恋愛つながりで、里見。君はこんなところにいていいのか? そろそろサッカー部は市内予選だろう。応援に行かなくていいのか?」
僕の記憶上、里美にはサッカー部に所属している久遠 優也の事が異性として好きだった筈だ。
彼が所属したいるサッカー部は近いうち市内予選が行われる。それに向けてたくさん練習をしている彼にお近付きになろうとする女子が後を絶たない。
「このままだと、競争に出遅れるよ」
「ふふふ。空、この世界には押してダメなら引いてみろという言葉があるわ」
「その言葉は、放課後デートぐらい簡単に誘えるようになってから口にするんだな」
「うぐ!」
「「「「あははは!」」」」
未だにビビって声をかける以外のアクションを取らない里美に周りは笑っているが、僕はため息しか漏れない。
確かに、僕自体は彼との接点はまったくないが、それでも幼馴染の好き人だ。やっぱり成就して欲しいとも思うし、嫌な思いは正直して欲しくない。
だが本人がやる気にならない事には始まらないし、男の僕から言うのは流石に無粋だ。その結果、まったく行動を起こせていないのだ。
本日二度目のため息とともに五人が恋愛話で盛り上がっていく。ただ頑なにそれに話そうとしない三人のせいで僕まで話すこととなってしまった。
その時、「同い年……金髪」と言ったあたりから世界が大きく揺れてそのまま意識を保てなくなった。意識が暗転する時、アイリスがとても素敵な表情を浮かべていた。
*
「……ここは」
目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。今まで一度も見たことない本当に知らない天井だ。
「おお、やっと目を覚ましたか」
「大丈夫? 気分悪いところない?」
目を覚ましたことで近くにいた洸夜と優雅が僕の顔を覗き込んできた。
「ああ、大丈夫。ところで…ここは?」
「ここは桜井さんの親戚が経営している旅館だよ」
「旅館? もう着いたのか」
「うん。チェックインも済ませてあるよ」
僕の言葉に一つ一つしっかり答えていく優雅。その姿はとてもかわいく、かわいすぎて直視出来ないほどであった。……男なのに。
「そ、そうか。なら少し、旅館内を回ってこようかな」
「大丈夫なの?」
「問題ないよ。それじゃ少し、見て回ってくるよ」
そう言って部屋から出かけて行き、旅館内をぐるぐると探検していく。特にこれと言っためぼしいものは無いけれど、旅館の作りはとても綺麗なものだった。
廊下、温泉、遊技場と回り、最後にエントランスルームにやってきた僕は、そろそろ部屋に戻ろうとして、
「あ!」
という声が後ろから聞こえてきた。
振り返るとそこには、仕事があったから無いと言っていた青花 音姫のお風呂上がりの浴衣の姿で僕がいる事に驚いていた。