闇夜の勝敗
「《冥界斬首》!」
大鎌を大きく振り下ろし、空を切り裂く。切り裂いた空から突如斬撃の跡が現れ、亀裂となり空間に大きな穴を開いた。何も無いその真っ暗な穴はやがて風穴となり、吸い込まれる様な強い風が起こった。
ソラが放った魔導の矢はその風と共に、Ⅳが作った空間に飲み込まれ、その力をかき消す様に穴を閉じた。
その光景を間近で見ていたソラは、一瞬何が起きたのかわからなかった。
全力と遜色ない強力な技であり、油断だって一切しなかった。確実に倒せる一撃だった。
なのに…討ち取ることが出来なかった。
それどころか、不意打ちからのカウンター狙いの確実な一撃を、さらに上回る力で飲み込み、消滅させた。
亀裂、真っ暗な空間、全力と遜色ない一撃とそれを飲み込み消滅させた力。その出来事を理解するのに数秒の時を要した。
そしてようやく、圧倒的な力で敗北したと理解した時、Ⅳは再び大鎌を振り上げていた。
「まあ」
この声が無かったら、ソラは目の前で再び振り上げられていたことにすら気付かなかった。それほどまでに先程の出来事が衝撃的だった。
「名前の無い魔装にしては努力した方だ。力の使い方も、発想も、なかなかのものだった。だが、やはり全ての力を出し切れていない。そんな貴様に負ける様な俺では無い」
「……」
Ⅳが言った言葉にソラは何も答えない。Ⅳはそのことに対し、特に何も思うところは無く、振り上げている大鎌に力を込める。
「……」
言葉の無かったソラだからこそ、Ⅳはあえて何も話さず、大鎌を振り下ろされた。
『いいのかい?』
Ⅳの背後からそんな声が聞こえ、鎌先がソラの首を突き刺さろうとして腕を止めた。鎌を上げ、後ろを振り返ると、大きな布を被った男、アンノーンがそこにいた。しかし、アンノーンの姿は少し薄くなり、背後にある荒野が透けて見えている。
「正体不明の未来。久々に姿を現したと思えば、なんだその姿は?」
『僕も色々とあってね。見定める人間は君だけでは無いと言う事さ』
「こいつもその一人だと」
『ああ』
Ⅳの問いかけに不敵に笑う半透明のアンノーン。二人は互いに睨み合い、
「世界は弱肉強食。弱者は強者に敗れる。当然の結果。それ故に…こいつの首を跳ねる。それだけのことだ」
『ああそうだな。そのことには僕も、そこにいる彼も納得しているよ。だけど、彼はまだ諦めていないし、それに、そこにいるのは危ないよ』
その言葉の意味が分からず一瞬惚けるⅣ。ソラもその言葉の意味が分からなかったが、突然目の前から自分の魔力を感じ取り理解した。
ソラは近くにあった盾で体を隠す様にして身を守り、それ見ていたⅣがようやく理解して後ろの方に飛び退く。
Ⅳが後ろに飛び跳ねた瞬間、突然ソラの正面から強い爆発の衝撃が二人を襲った。ソラは盾で衝撃を防いだ為、大きなダメージは無かったが、Ⅳには少しばかりダメージがあった。
ある程度痛みが体全体に走るⅣだったが、態勢を少し崩した以上の痛みはなく、少し不安定であったが、綺麗に地面に着地した。
「……まさか、あの矢の衝撃が空間を飛び越えてくるとはな。流石に予想してなかった」
「ああ……。全くだ」
二人が予想だにしていなかった出来事に驚き、それを乗り切ったことへ安堵の表情を浮かべる二人。
ソラは一瞬だけ、アンノーンがいた方へ視線を向けるが、もう既にアンノーンの姿は無かった。
(あいつの事を知れるいいチャンスだと思ったんだがな……)
少し残念そうに視線を戻し、Ⅳの方に視線を戻す。
ソラから見たⅣは凄まじく、そしてわかりやすく殺る気満々である。
(正直、ここまでくると詰将棋だな……)
ソラは残り二つ以外のあらゆる手を尽くして勝利の方法を考えてみるも、やはり勝利するビジョンが浮かばない。
(しかも、残り二つのカードを使っても、さっきの反応速度だとかわされるのは必至だよな……)
ソラはこの局面で自分では勝つことはできないと悟った。
「少し遅れたが、これで貴様の最後だ!」
Ⅳはソラに向けて力強く大地を蹴り、大きく鎌を引いた。ソラの首を横から跳ね飛ばす為だ。
「……ああ、そうだな」
「!」
「確かに、僕ではお前に勝つ事は出来そうに無い。僕、一人だけならな!」
ソラが顔を上げてそう言い放つと横にある林から大きな足音と共に巨大な影が木々を掻き分け、折り倒し、真っ直ぐに二人の方へ走り抜けた。
「Gishaaaaaa!!!」
林の中から現れた蜥蜴の様な肌に大きな背びれを持った生物。ユイが連れてきたミストが元の体の大きさに戻り、林を掻き分けて現れたのだ。頭の上にはユイがソラ達に向けて指を指している。
「……一応覚えていたみたいだな」
コレットやユイ、クロエにはとある事を一度だけ話したことがあった。それは救難信号である。
*
「「「救難信号?」」」
「そう」
ユイちゃんがコレットの膝の上に座りながら、他の三人で縁を囲む様にして座り、僕の言葉に注目を集める。
「僕はコレットやクロエと比べて弱い方だ。だからと言ってその辺の奴らに負けるとは思っていないけど、もしもピンチの時や助けて欲しい時に僕なりの合図があってもいいと思うんだ」
ソラがそこまで口にすると、膝の上に座っていたユイはとても辛そうな表情で俯き、コレットも少し悲しそうな表情を浮かべていた。
その姿を手慣れた様にポンポンと頭を軽く叩き、顔を上げた二人を安心させる様に、
「大丈夫。これはもしもの時の為のだし。それに、その合図が聞こえたら、二人が一番に助けて来てくれ」
「……うん!」
「わかった!」
二人の強い瞳を見ていると、やっぱり安心する。
そんな感傷に浸っていると、蚊帳の外だったクロエがその合図について尋ねて来た。
「それで、君が考えたその合図とは…何なの?」
「ああ。それは……」
「六発だ」
*
(林の中で四発。魔装で一発。牽制でさらに一発。合計六発を合図に援護に来てくれた頼んだが、本当に一番にやってくるとはな)
ソラは少し感心しながら視線をⅣに戻すと、持っている大鎌の間合いにまで詰め寄られていた。
Ⅳはミストの登場に少なからず驚いたが、油断したソラの首を跳ねるチャンスと考えた。隙だらけのソラに詰め寄り首を跳ね飛ばそうと、一気に接近した。
自分の目論見が甘いと思ったが既に遅く、Ⅳは持っていた大鎌を力強く振り抜いた。
ソラ自身死を覚悟した。振り抜かれた鎌はソラでは反応出来ないほど早く、その速度を目で捉えることがやっとであった。
振り抜かれた鎌に反応出来ず、ただ呆然とその光景を眺めあるしない。そう思っていると、ソラの近くにあった二つの盾がソラの意思に反してⅣに襲いかかった。
Ⅳは速度を落とし、二つの盾を遠くへ弾き飛ばす。
ソラの光景にあっけにとられたいが、すぐに意識を取り戻し、すぐさま足に力を込める。
二つの盾を弾き飛ばし終えたⅣは再度鎌を振り上げ、
「ソラ!」
「?!」
コレットの声が聞こえると、Ⅳの手が一瞬止まり攻撃を中断するが、すぐさまソラの体に大鎌を振り下ろした。
ズバッ!
鎌は右肩から左脇にかけて振り下ろされ、魔装を衣を引き裂き、大量の血が噴き出した。
(?! 浅い!)
切り裂いたⅣが一番最初に思った事はそれであった。
予想してなかった二つの盾子での攻撃ととある女の子の声が聞こえて一瞬だけ手が止まった故にソラにそんな少しだけ逃げる為時間を稼いでしまった。
その結果、確実に殺せる為の一撃を取りこぼしたのだ。
Ⅳは再び切り裂こうとも考えたが、ここらが潮時だと感じ取った。
ミストの大きな手がⅣに叩きつけようとして、Ⅳは大きくジャンプして、それを回避した。
「ソラ!」
ミストに乗っていたコレットはすぐに降りてソラの治療を始めようとし、ミストとユイはソラを守ろうと二人の前に立つ。
だが、Ⅳの実力を知っている為、それが無謀であると判断してそれを止める為、無理矢理体を起こそうとするが、切られた痛みでまともに体を動かす事が出来なかった。
やられる! そう思っていたソラだったが、今まで経っても奴が襲いかかってくる事はなかった。
気になってⅣがいる方を見てみると、まるで戦意がなく、いつのまにか魔装も解かれ、身に付けていた仮面が現れていた。
「実力はわかった。もうここにいる意味はないな」
そう言ってこの場から消えそうなⅣを、瀕死のソラが呼び止める。
「ま、待て……ゴホッゴホッ!」
「ソラ、じっとしてて」
ソラは切られた痛みに耐え、大きく咳き込みながら、必死に呼び止める。コレットはそんなソラが無茶をさせない様に体を抑える。
それ見ていたⅣは、
「……俺に勝ちたいのなら、魔装の名を知ってから出直す事だな」
そう言い残し、Ⅳを中心に巨大な竜巻を引き起こし、それが消えると同時にⅣの姿も消えていた。
Ⅳがいなくなったのをしばらく理解出来なかったが、やっと頭が追いついて来た時、一気に緊張が途切れ、圧倒的強者からの敗北に悔しさを感じながら、ゆっくりと意識を手放すのだった。




