馬車の上での説明会
「のどかだな……」
「そうだね……」
「こういうのもいいわね……」
中央国に向かう為、移動を始めたソラ達。アッシュの考えで「馬を引く経験もしておいたほうがいいだろう」との事で現在馬車の手綱を引いている。
最初は何をしていいのか分からず戸惑っていたが、コレットとエリーゼの説明と口添えにより、あっさりと馬車を動かせるようになった。
(魔術様々だな)
そんな事を考えながら、手綱を引いていると、中央国に向かうのどかな雰囲気に心を奪われていた。
「全力疾走したら夕方ぐらいには中央国に着きそうだけど…こういうゆったりなのもいいな」
「そうだね」
「……え? 私達でも皇国に着くのにも数日掛かったのに、二人は一日も掛からないの?」
「いや、別に。やろうと思えば半日あればいけるかな」
「は、半日……」
ソラが言う「やろうと思えば」とは“魔装”ということであり、魔装を使えば、半日足らずで中央国に到着できるという確信があった。
しかし、その事を知らないエリーゼはソラの発言に驚きを隠せなかった。
「……は、話を変えましょう。この間のキッドさんとの死合い。私の目には不思議な事がたくさん起こった。素手なのに、剣と戦っても傷つかなかった両手のことやあなたの目の前に現れたあの盾のこと。剣が突然大きくなったこと。ソラ達はその理由を知っているの?」
「……」
エリーゼの疑問は当然と言えば当然なのだが、その疑問に答えたくない気持ちと答えてもいいものかと悩んでいる自分がいる事に気付いていた。
あの盾はソラが使える奥の手であり、今現在、自身の最強の力であるからである。
別段、特徴や性能、その上弱点が露見する事は特に気にしてはいない。一番わかりやすい弱点を補う為に、拳や脚を使った戦闘方法はもちろん、剣・槍・斧などの武器での戦い方も身につけている。
しかし、ソラが最も恐れていることは話すことでそれを身につける目的となった敵の存在と内に潜むアイツのことが露見してしまうことは避けたかった。
それと同じような理由でキッドの野太刀についても話すわけにはいかなかった。
盾の事を話せば、魔装のことを話さなければならない。魔装のことを話せば、魔導について話さなければならない。魔導について話せば、自身の象徴であるアイツを話すことは避けられない。その魔導を身につけた理由は? ……エリーゼさんを十二星宮の標的にされる可能性がある。答えられない。
キッドの方も同じ理由でもあるのだが……。
(あの刀の独特の雰囲気は、魔剣の放つそれと同じだった。魔剣を魔導錬金で形を変化させるには、剣そのものに認められる必要がある)
事実、ソラが成功したレインの魔喰龍の魔剣は錬金か出来るクロエやユニが挑戦してみても形を変形させる事は出来なかった。
(つまりキッドは魔剣に認められた上で、わざと隠して……いや、あれはあえて力を抑えているみたいだった。もしかすると、何が理由が……)
ソラが急に静かになり、何かを考え始めた為、尋ねた本人は不思議に思って顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「?! い、いや……というか、近い!」
「突然静かになったのはソラの方でしょ! ……それで、あの死合いはどういう事なの?」
「えっと……。さ、最初の質問には答えるけど、後の二つは答えられない…かな」
「どうしてよ」
「ぼ、僕は、あれのことを魔法を一通り全部習った後に教えてもらったんだ。詳しく答えきれる自信は無いし、それに、最初の質問がわからないのに、その真髄のようなもの習っても、無駄なだけでしょ?」
「……わかったわよ」
その返事を聞いてホッと胸を撫で下ろした。
ソラは後半の二つを触れさせないようにあえてこのような言い方をした。家族であるエリーゼとの長い付き合いでソラはこの言い方をすれば深くは追求されないことがあるわかっていた為であった。
しかし、それでも罪悪感が残るソラはそれを少しでも弱めようとわざと逃げ道を残していた。
「(……そんな事を考えている罪悪感に押しつぶされそうだな)僕…ううん。僕達があの死合いで怪我なかったのは単純な魔力操作だよ」
「魔力操作って…あの力が、魔力操作だけだって言うの?!」
「うん。そもそも魔法を発動する為に必要な工程って何? 単純な言い方でいいから」
「工程って……。まず、魔力の有無。これが絶対条件。後必要なものは情報とイメージ力かな」
「ほう。情報とは……続けて」
「イメージ力はそのままの意味だけど、情報はイメージ力をより鮮明にする為の構築情報。例えば、火の魔法を使う為に火の起こし方や発火方法。それを理解して魔法を作り出す時、魔力を集めて理解した火をイメージの中で作り出し!」
そこまで言って、掌の上で小さな火種の様な炎を作り出した。
「っと。こんな感じで、 魔法を発動するかな」
「なるほどね…いい師に恵まれたね」
「うぐっ。わ、わかるんだ……」
「君の言葉は、世間では常識となっている魔法行使力を取っ払った本人の情報とイメージ力を前提にして話している。良くも悪くも教科書通りの二年前とは違ってよく考えられている。君の師は余程いい課題を出したみたいだね。このままなら、あっという間に追いつかれそうだ」
「……。ふん♪」
「くぅ〜〜〜!!!」
ソラがエリーゼに師がいる事を見抜き、その上で正直な感想を述べると、すごく嬉しそうに胸を張り、コレットは逆に悔しそうに拳を握りしめた。ソラ二人の態度の理由が分からず首を傾げるが、深く尋ねる事はしなかった。
「エリーゼさんは魔法をほとんど理解しているみたいだし、僕の説明も補足説明みたいなものだから簡単に説明するよ。僕の手が怪我をしなかったのは、魔法を発動する為にどうしても必要な基礎の基礎。“魔力を一つに集める”というものの延長線。“体全体に魔力を纏わせる”だ」
「魔力を…纏わせる?」
「そう。エリーゼさんにわかりやすく言うなら…強化魔法かな。強化魔法は術式を組んで体に付与する事で力を増強させていると思われているけど、本来は少し違う。あれば力を増強させる術式に含まれている魔力が体を覆うことでパワーアップしている。あまり知られていないことだが、魔力そのものには魔力量によっては、かなり強力なものはもちろん、より硬度な鎧を身に付けることが出来るんだ」
ソラの説明にエリーゼはすごく親身に話を聞いている。それに答える様にさらに深く説明を続ける。
「あの時もそれと同じ様なものだよ。まず、自分の魔力で体全体を覆い尽くし、剣が触れそうになった時、触れそうになった部分にさらに魔力で包みんでダメージを防いだ。それだけだよ」
「そ、それだけって……」
とても短く端的に説明されたエリーゼは少しうなだれながら俯いた。それを見たソラは、
「え、えっと…そんな難しいことは言ってないんだけど……。分からないなら、今度特訓に付き合おうか?」
「ほ、本当!」
「う、うん」
ソラとさらっと特訓の約束をしたエリーゼはとても嬉しそうに両手の指先で口元を覆っていた。
対して、ソラはエリーゼと特訓の約束をした事で、瞳の色に光が消え、深い影が差した。
その後、コレットからキーーーーーーーっツイを受けたのは言うまでもない。