ソラは男の子
多くのものが予想だにしていなかった死合いから二日が経過し、その力と町の活性化を見事にこなしたソラはアッシュとの契約通り、中央国に向かう支度を整えて正門の前に集合していた。
「でもまさか、エリーゼさん達や皇王様達まで同行する事になるとはな……」
「ホプキング達の方は、学校の方から帰還の命が降っていたり、皇王の方も三国会議が行われる為、集合地点である中央国にお呼ばれがかかっていたらしいわ」
「すれ違いにならなくて良かったな……」
「まったくね」
あまり人前を嫌うクロエと久し振りに再開(?)し、軽く言葉を交わすソラ。全体を見渡すと、皇国の兵士達が忙しなく働いていたり、エリーゼ達が自身達の旅路の準備をしていたりした。
だがこの場は、いつも隣にいたコレットとユイの姿がなかった。
「はあ……」
「やっぱり、人前は苦手か?」
「そういうあなたは、彼女がいるいなくて不機嫌なのかしら?」
「……まあ」
「「……はあ」」
ソラはコレットとユイがいない事から、クロエはこの場の居心地の悪さから思わずため息が漏れた。
「私、どういうわけか、周りから視線を感じるのよね……」
「……そうだな」
天然で何を言っているんだとソラは思った。
クロエの格好は、周りからの視線、主に男性からの視線をもろに受けるような服装である。元の素材が良く、スタイルも抜群。手にも収まりきれないような豊満な胸を強調する様な露出の激しいぴっちりとした真っ黒なドレス姿。
それだけの目を引くような材料が揃っていれば、いやでも男どもの目につく。軽くため息を吐くだけでたゆんと揺れるバストに「お〜」と小さく声を上げる男達。その突き刺さる視線に再びため息。同じ事が何度も繰り返され、クロエは精神的に参っていた。
それはソラも同じだが、向けられる視線の意味やレベルが違う。
ソラに視線を向けているのはクロエと同じく男達だ。見ているだけで自身の欲を加速させる女性が目の前にいる。そんな女性と親しげに話す自分よりも年下で、自身の国の姫君と義理の夫婦のような関係を持つコンバットの血を強く引き継ぐ平民。そんなソラに嫉妬するなというのは無理な話であった。
しかし、彼女が彼の側から離れることは無い。
彼女程の容姿ならば、当然アタックを試みる者もいた。中でも一番は以前コレットを口説きにかかった者と似ている貴族士官。
アタックを試みるも丁重にお断りしているクロエの元に貴族士官はやって来て、「やあ」と気軽に話しかける。しかしクロエは士官の「や」という言葉を聞いた瞬間、強い寒気が走り、すぐさまソラの体を盾にするようにして脅えながら、身を隠した。
そんなあからさまな態度に怒りを含んだ視線をクロエに浴びせると、クロエが盾にしているソラがギロッ!と睨み付けられそれに怯んだ士官や兵士達は数日前の戦闘を思い出し、蜘蛛の子を散らすようにしてその場から離れていった。
その為、士官や兵士達は近寄りたいのに近寄れす、ただ嫉妬の視線をソラに浴びせ続けることしかできなかった。
だがソラは、そんな視線よりも強い視線が自身を突き刺して、額から嫌な汗が流れ出ていた。
チラッと視線を感じる方に目を向けると、
「ふふ……」
ソラの方に体を向けて美しいとも思える満面の笑みを浮かべてながらじっと見つめているエリーゼの姿がそこにはあった。
ライトやトム、学生や学生に近い年の士官や兵士達はその笑みに一瞬心を奪われ、作業していた手を止めて惚けている。
しかし、その笑顔を向けられている本人はいや汗が流れっぱなしだ。
(あれ、絶対怒っているって! 何もしていないのに、エリーゼさんを怒らせるようなことした?)
真剣にそんな事を考えていると、エリーゼがソラに話しかけていた。
「随分と楽しそうね、ソラ」
「?! イ、イヤ……。ソンナコトアリマセンヨ」
真隣までやってきたエリーゼに焦りながら裏返った声で返事を返す。すると、エリーゼの笑みにさらに凄みが増した。
「あら〜、そうなの〜。でも……、鼻の下、伸びているわよ」
「え?! 嘘?!」
「やっぱり……、ソウナノネ」
ソラは思った。今、エリーゼさんの方を向いたら確実に殺される!
ソラだって男だ。それも今年で十四になる。そうように考えることは当然でもあり、その上、コレットとは事実その関係だ。女性の特徴をもろにさらけ出している人に信頼され、助けを求められ、さらにはその肉体を押してられれば、いやでも体が反応する。
(男として仕方ないことに対してエリーゼから明らかな怒りをぶつけられても困る! 僕だって男なんだから、反応する事の何が悪い!)
七割言い訳、三割を逆ギレ混じりで心の中で悪態を吐く。
そんな事を思っていると、身支度を整えた皇王家族が姿を現した。
現れた皇王家族の最後尾にいる手を繋ぎながら楽しそうにしているコレットとユイに姿がソラの瞳に飛び込んでくる。
コレットはとても美しい薄桃色のドレスを着こなし、髪はいつものように下ろしているが、顔には薄っすらと化粧をしてすごく魅力的だった。
ユイも同じように子供用のドレスを着ているが、ソラの瞳にはいつもとは違う魅力を醸し出すコレットの姿に釘付けになっていた。
視線を外すことが出来ない。今呼吸をしているのかもわからない。まるで時間が止まったかのような感覚と魅力的な姿に心を奪われていた。
そんなソラの姿をエリーゼが視界に捉え、笑顔の表情から明らかな不機嫌な顔となり、頬を膨らませる。
「……イテテテテッ! な、何するんだよ!」
「ふん!」
不機嫌になったエリーゼはソラなほっぺたをつねり、ビョーンっと引っ張る。引っ張られた痛みに意識が戻り、なぜ引っ張ったのかを少し怒りながら尋ねると、エリーゼは顔を逸らし決して答えようとはしなかった。
そんな二人に気付いたコレットはゆっくりとソラ達に近づいていった。
「あんたがさっきから鼻の下を伸ばしているのが悪いのよ」
「そ、そんなつもりはないんだけどなぁ……」
「ソラ個人がそう思っているだけで、はたから見たらそう見えちゃうのよ。皇王の姫君であるコレットの護衛をするんだから気を引き締めなさいよこの変態!」
「このタイミングで言うセリフじゃないだろ!」
二人の会話が近づいてくるコレットの耳にまで届き、ユイの手を引いている為、歩幅は変わらず、握っている手の力を強めていないが、にこやかな雰囲気に怒気が含まれていく。
「だいたい……」
「ソラ」
「うん? ああ、コレット。おはよ…う……」
「コ、コレット?」
話しかけられた二人はコレットの雰囲気に気付き、嫌な汗を流し始める。微笑みを浮かべているコレットだが、目は全く笑っておらず、瞳の奥は深い影が差していた。
「楽しそうですね。私も是非混ぜてください」
「え、いや、コレット…さん?」
「イイデスヨネ?」
「はい……」
コレットの凄みに気圧され、二人の会話に混ざるコレット。それを見ていた多くの者達は、(ああ、あいつ。将来、嫁さんの尻に敷かれるんだろうな……)と思っていた。
その後、出発の準備を終えた兵士達は中央国に向けて馬車の手綱を引き、出発を開始するのであった。
その際、ソラの両隣はコレットとエリーゼがきっちりとガードし、何も分からないユイはソラの膝の上でニコニコと楽しそうに微笑んでいた。