死合い
皇王様のお説教から数日が経過した。
僕が提案したうなぎは最初は疑いを持たれていたが、調理方法やタレの作り方を披露して、爆発的な人気が起こり、あっという間に城下全体に響き渡った。
リストさんは今まで見たことない経営成績に大いに喜んでくれた。僕としては中央国に向かう為の課題を一つクリアしたのでそれが一番の報酬であった。
そして現在……。
*
「これより、ギルド代表・キッドと皇国代表・ソラによる死合いを行う!」
皇城の修練場にてソラとそれに相対するキッドが緊張の面持ちで互いを見合っていた。
「なお、今回の勝負。魔法を使う事をありとし、敵に参ったと言わせるか、戦闘続行不可能になること。もしくは私の判断により、勝敗を付けさせていただきます!」
周囲にはそれを見ようとする見物達がたむろしているが、緊張が伝染しているのか、同じく緊張の面持ちでソラ達を見つめていた。
「ソラ」
「うん?」
「どうして死合いを行うすることなったのかはあえて聞くまい。だが、俺に遠慮して手加減なんてするなよ。本気で俺を倒す気で来い!」
「最初からそのつもりだよ。その辺は弁えているつもりだ」
互いの緊張がさらに強まる。キッドは刀をゆっくりと構え、ソラは自前の拳を構える。
一瞬の静寂。
周囲の者達も静かになり、二人を見守る。
「……は!」
じめという言葉が続かれる前に一瞬にして二人の姿が消えた。そして姿を現した時、二人の武器が互いにぶつかり合い、周囲に強い衝撃を巻き起こした。
二人の間には互いが使っている武器を魔力で包み込み、自身の攻撃力を強化していた。
それに気付いている人はごく僅か。二人の様子を見守っているコレット、ユイ、クロエ。そして皇王であるアッシュの四人だけ。他の者達は剣に対して素手で戦っているソラにただ驚いていた。
そんな状況で先に動いたのはソラである。
ソラは剣とぶつかっている手とは反対の手を引き、突き刺すように構える。キッドはそれに気付き、刀を引くのではなく、あえてさらに力を込めた。
怯むソラ。それに追撃を掛けようとするキッドであったが、思考が“逃げろ”という待ったをかけ、後方に飛び退く。
すると先程までキッドがいた位置を突き刺すように地面から二本の氷山が出現した。
その氷山はキッドが回避しなければ、確実致命傷となり、死に至るよな力を持っていた。
遠慮なし。その言葉通り、ソラは一切の手加減無しで自分に相対している。それに燃えない戦闘マニアではない!
ソラは笑みを見せるキッドの力が一瞬にして増大したのがわかった。戦闘中に笑みを見せ、力が増大するタイプについて心当たりがある。皇国の部隊長であるガルドがその例だ。戦闘によって力が強化されるタイプ。
ソラにとってその手のタイプは最も相性が良かった。
キッドは自身の刀をソラに向けると一気に距離を詰めて攻撃してくる。ソラはそれをあえて迎え撃とうと、態勢を整える。
「氷炎双拳」
ソラの拳に冷たい炎と熱い冷気が包まれる。手に現れた炎と冷気に多くの者達は驚きの声を上げるが、キッドは瞬時に頭を切り替える。
(手に炎と冷気という相反する力を発動したのであれば、魔力をかなり消費しているはず。ならば、手に攻撃を重点的に攻撃して、一気に魔力を消費させる!)
持っている刀にさらにあの二つの手に負けないほどの魔力を込めて振り下ろす。
振り下ろされた刀は力を使っている手をとらえていたが、それに対してソラが不敵な笑みを浮かべている事をキッドは見逃さなかった。
その瞬間、保っていた炎と冷気が消えた。
そこでようやく見せた力が囮だという事に気付いた。
ソラは振り下ろされた剣先が自身の体に触れないように体を少しだけ晒し、キッドの顔面目掛けて肘打ちを食らわせようとする。
肘打ちが飛んで来ている…いや、自分から魔力が込められた膝に迫っている事に気付いたキッドは体に強い負荷をかけ、無理矢理体を逸らし、脇の下からすり抜け、滑り込みながらすぐさま距離を取った。
(惜しい! 今の三手ならキッドを取られられると思ったのに!)
(危なかった! 突撃のフェイクも、手を狙っている事を読まれていたなんて……。それに、すぐさま距離を取らなかったら危なかった!)
互いに心の中で、自身に悪態を吐いている時、周囲の者達は今の駆け引きを理解出来ていなかった。そんな者達の中には中央国の学生であるエリーゼ達の姿もあった。
「な、何が起こっていたの?」
「手に炎や冷気が溜まったと思えば、それが消えて二人はすごい距離とっているし……」
「駆け引きだな。今の互いに二回ずつ、計四回の駆け引きが今の一瞬に行われたんだ」
「駆け引き…ですか?」
何が起こったのかわからなかったライトやエリーゼ達は説明口調で語るアッシュに耳を傾ける。
「あれほどの速さで突撃してくる者を迎え撃つためにはそれほどの強力な力が必要となる。ソラ君はその突撃をあの炎と冷気で迎え撃とうとしたが、ほんの数秒立ち止まり、振り下ろした。それほどの腕の持ち主であるが故の技だろう。振り下ろされた剣に多くの者は反応する事すら出来ない。だが、それすらもソラは読んでいた。体を逸らし、顔面に向けて肘打ちを狙った。これ程の戦いをまさかこんな身近で見る事が出来るとは……」
「お父様。それだけではありませんよ」
高度な戦闘を行う二人の戦いに感動するアッシュ。年に一度行われる闘技場での決勝戦の様な激しい死合いに感慨深い者があった。
そんなアッシュに声をかけたのは娘であるコレットであった。
「どうしたのだ、コレットよ」
「ソラ達が行った駆け引きは四回ではありません」
「何?!」
「ソラはキッドさんが離れる直前、攻撃を仕掛けようとしました。ですが、キッドさんはそれを読んで回避していました。あの距離が彼の力で確実に致命傷を回避できる間合いだと思います」
「攻撃…それは本当なのか?」
「はい。先程見せた様に、ソラは触れている地面からも魔力を通し、氷を出現させる事ができます。先程の肘打ちの時、実はソラはその場から動いていませんでした。自分の勢いで膝に迫っているキッドさんは自分で無理矢理体を逸らした後、地面から現れた氷のことを思い出したんだと思います。だから、急いで距離を取った。それが五回目の駆け引きです」
五回の駆け引き……。あの一瞬にそれだけの駆け引きが行ったのにも驚きたが、それ以上にライト達を驚かせたのはその他の誰でもないソラであるということ。
学校でも不真面目だった、あの落ちこぼれの少年が!
今の駆け引きで行った事で彼らは理解した。いや、させられてしまった。自分達の実力と、彼の力の差は天と地程の差が生まれているということを……。
「……遠慮するなとは言ったが、まさかここまで拮抗してるとはな」
「……拮抗…ね」
キッドが言った言葉を聞いて思わず笑みをこぼすソラ。その姿にキッドは少し不機嫌になる。
「……何がおかしい?」
「いや……。ただ、ようやく温まってきた来たのに、拮抗なんて言葉で片付けないでほしいと思ってね」
笑みを浮かべているソラの姿を見たキッドは、黒かった瞳が青く変色しているのをすぐに発見した。キッドは変色した青い瞳を見てさらに警戒を強め、力を込めて態勢を整える。
「さあ、第二ラウンドと行こうか!」
人にはそれぞれタイプがある。キッドが敵によって力を強めていくタイプだとするなら、ソラは戦闘が長引けば長引く程さらに力を強めていく。『スロースターター』であった。