世間と自分の実力差
太陽の明かりに照らされて目を覚まし、閉じていた瞼を開く。
あの後、あのまま始めちゃったから、太陽の光が差し込んだのか……。時間的に見て八時から十時くらいだろうか。
目を覚ました僕は体を起こそうとすると、ガサッと何が動いた。そちらの方に視線を動かすと僕の体に身を寄せる様にしてコレットがすやすやと眠っていた。
凄まじく目を引く容姿に可愛らしい吐息。いつまでもみていたと思うが、露わになっている肩と一緒にいる毛布の下は何も身に纏っていない。
風邪を引いてしまうと考えた僕はそろそろ目を開ける時間だと思い、毛布の中からお腹をくすぐる様に体をなぞった後触れた手を体の後ろに回した。
「ヒャウ!」
お腹をなぞっていると、驚いた様なそんな声が漏れる。やがて顔を赤くしながら閉じていた目を開けて、不安そうに覗き込んでくる。
「……おはよう、コレット」
「むぅ……。もう少しあのままでもよかったのに……!」
「そんな事をしたら風邪を引いちゃうだろう。さあ、起きた起きた」
僕はベットから降り、脱ぎ捨てられていた服を身に付けていく。が、コレットは頭から毛布を被り、体を包み込んでいる。
「……コレット?」
「んっ」
毛布から出て来ないコレットに不思議に思っていると、目を閉じ顔を少しだけあげてこちらに向けてきた。
その意図を汲み取った僕は顔を少しだけ熱くなるが、そっとコレットの肩に手を触れると、そっと唇を重ね合わせた。
数秒の静寂ののち、ゆっくりの唇を離し、とろ〜んとした瞳で互いに見つめあった。
「おはよう……。未来の旦那様」
「うっ! が、頑張ります……」
互いに見つめ合っていた僕は、コレットの一言に恥ずかしくなって、少し俯きながら視線を逸らした。
きっと…僕の顔は真っ赤になっていることだろう……。
*
「俺と勝負しろ!」
朝食の時間とになり、ソラ達はアッシュやマリー、エリーゼ達と共に朝食を食べているとライトが突然俺の真横に立ち、そう言ってきた。
「今、朝食中なのだけれど……」
「そんな事どうでもいい! やるのか、やらないのか。どっちなんだ!」
「なら、やらない。特訓にもならない勝負した所で、なんの利点も無い」
「な! そんな事、やってみないと分からないだろう!」
ソラは戦わないと宣言するも、なおも食い下がってくるライト。その光景にエリーゼ達はハラハラとしているが、アッシュやマリー、コレット達は全く気にした様子が無く、朝食を食べ続けている。
「ソラ〜。パンちょうだい」
ユイがソラの目の前にあるパンに手を伸ばすが届かず、取ってもらう様に頼む。ソラはパンを一つ手にとって、それをユイに差し出す。受け取ったユイはそれを嬉しそうに食べ始めた。
「俺は自慢じゃないが、中央国の学校でもかなり強い方だ! だから、君なんかよりは!」
「お前さあ、魔法についてどれだけ知ってる?」
「魔法?」
ソラはライトが何か、自分の神経を逆なでする様な言葉を言い出す前に、魔法についての常識を訪ねる。
「学校で教えられるものは…全部……」
「だったら、魔法行使力は?」
「は? それはもちろん、Sランクに決まっているだろう」
尋ねてきた事にしっかりとした回答が帰ってきた為、呆れた様に、どっとため息を漏らした。
「話にならんな。一から魔法を勉強してから出直して来い」
「なんだと!」
ソラはライトのあまりの知識の無さに呆れ返り、もはや興味すら無くなった。そんな態度に我慢の限界を迎えたライトはソラに向けて手をあげようとしたが、その前にソラはエリーゼにある事を尋ねた。
「魔法学校では、未だに涙ぐましい嘘っぱちを続けているわけ?」
「?! 」
「な、なんのことかな……」
「誤魔化すなよ。君程の実力者だ。本当は知ってたんだろ? 貴族達が決めた、あの嘘の説明を」
「……嘘?」
「なんだ? 知らなかった……んだよな。えっと……」
ソラはこれを簡単に語っていいものかと考え、一国の王であるアッシュに視線を移し、無言で見つめ、語りかける。アッシュもその視線の意味に気付き、掌を開いた。
「……魔法行使力ってのは本来、多重魔法発動状態の事を指す言葉で、お前らが言う魔法行使力のランクが低ければ低い程、別の魔法を発動しているということなんだ」
「な!」
「さらに補足すれば、魔法ってのは二つの別々の魔法を打とうとすれば、殆どの確率で失敗するけど、同じ能力比率がそれと並ぶだけの量の下級魔法を使えば、複数の魔法を同時に発動できるだ。知らなかっただろう」
「ッ!」
ソラが魔法の本来の常識を語ると、ライトは悔しそうに顔を歪ませた。
「(でもそれは、心の使い方を覚える為の基礎修行で、本来は心をさらに多種多様な力を与える“思い”を使える様になる事前準備みたいなものだけどな……)これでわかったか? そんな事を知らない奴が、俺に戦いを申し込むな。ただ単に力の差を自慢するのは嫌いなんだ」
「! 知識だけで俺と君との力の差なんてわかるはずないだろう。それに、もしかすると君に勝つことが出来るかもしれないじゃないか!」
「はあ……」
ソラはため息を吐きながら朝食を食べ終わったので、座っていた先から立ち上がり、ライトに対して向き合った。
ライトはソラの視線が自身に向けられると少しばかり後退し、二人の間に四、五人程の距離を取った。
「ふっ。ようやく戦う気になったな! やはり、たかが知識だけで力の差なんてわかるはずがないんだ。人は戦ってこそ真の意味で成長する。だけど安心していい。いくら君が弱かろうと、それは仕方のない事だ。俺は中央国でもかなりの上位に入る程の実力者! そんな俺との戦いで君が勝つ確率は、万に一つも……」
「さっきからその説明うるさいから、そろそろ黙っててくれるとありがたいな」
長々と何かを語り出したライトに、そろそろ鬱陶しく感じたソラは四、五人程開いていたライトとの間を一瞬の間に詰め寄り、人差し指でライトの喉仏に触れている。
ソラに人差し指をが触れられるまで、接近していたことにすら気付かなかったライト。それはエリーゼ達も全く気付かず、まるで瞬間移動でもしたのではないかと驚きの視線をソラに向けていた。
「俺が君にこうやって触れられるまで近づいていることに気付かなかっただろう。君と同じ様に軽いスキップで近づいた事も、触れられるまでの予備動作も、それが俺と君との今の差だよ」
そう言って触れていた人差し指を離すと硬直していたライトの体がよろめき、躓いて尻餅をつく。
「えっと、なんだっけ? 『戦ってこそ真の意味で成長する』だったけ? それについては間違っているとは言わないけど、それは互いの力が拮抗している時だけだ」
「……っ」
「これだけ力の差がある場合、一方的な蹂躙だ」
ソラは尻餅をついているライトを見下ろしながら、少しばかりがっかりとしていた。
この程度なのかと……。
「正直、蹂躙は好きじゃないから戦うなら全力で相手をするけど……。この程度が魔法学校で上位の力を持つものだったら、中央国も高が知れているな」
「はっきり言うぞ。今の魔法学校の実力じゃ魔族やその先の敵に勝つどころか、傷一つ付けることは出来ないだろうさ」
ソラが言った言葉は自身の目標で必ず立ち塞がる絶対の障害のことを示唆していた。