確かな存在
数日前
「エリーゼ。僕達と一緒にクエストに行かないか?」
事始まりは、ライトが私にクエストへ同行の話を持ちかけられた事が始まりだ。
「……私以外の別の方をお誘いすればよろしいのではありませんか?」
「僕や僕以外は君と行きたいんだ。ここ二年、君は何だが…変わってしまったから……」
「……」
別に、私自身が変わったわけではない。二年前ほど、周りの目が気にならなくなっただけ……。
勉強は昔から好きだし、努力をするも嫌いじゃない。いっぱい頑張った後、褒められる事はすごく嬉しい。……でも、努力をし過ぎるといつも、止める人物がいた。まるで、無茶をしているのがわかっているみたいにいつも絶妙なタイミングで止める人物がいつも側にいてくれた。
そんな彼がいなくなってからは、そんな努力をする気も起きず、お師匠様とのお勉強会や特訓以外では虚しい毎日を過ごしていた。
中央国にやって来てもそれは変わらず、むしろ煩わしい人物が増えてしまい、かえって過ごしづらくなってしまっている。
「私には、そんな事をしている時間は無いのですが……」
「気分転換だよ。気分転換。いつも勉強ばかりだと、体が鈍ってしまうからね」
私としては、常にお師匠様から(回復魔法をかけてもらっているとはいえ)かなり辛い特訓を受けているため、鈍るどころかむしろ体を故障してしまいそうになっている事は黙っておいた方がいいかな。
その後、何度も断ろうとする試みるが、それでも積極的に誘い続ける為、致し方なく同伴することとなった。
出立前、師匠であるカンナさんから「もしかすると、出会いがあるかもね」と言い、一瞬彼の事が頭をよぎったが、ありえないと頭を横に振ってそれ以上考えるのをやめた。
*
「エ、エリーゼさん! ちょっと、離れて!」
「もう少しだけ……もう少しだけだから……」
ソラは抱きついているエリーゼを離そうとするが、体に手を回し、久しぶりの再開を体全体を密着させ、ソラの存在を肌でで感じる。
だがソラとって、嬉しい反面、周りの目が悪く居心地が悪い。
エリーゼの体は二年前とは別人な程、綺麗になっており、さらにある一点がとても膨よかになっており、それを強く体に押し付けており、ポヨンとその膨よかな感触が伝わってくる。
しかし、周りの目がかなり痛い。
エリーゼの同行者である男達三人は目の前の光景に固まっており、女性の方は顔を赤らめ、口元を抑えながら潤んだ瞳でソラ達を見た後、視線を逸らした。
そして何より問題なのが、コレットである。
「………」ニコニコ
「…………………」
コレットは不自然な程美しい笑みを浮かべており、ソラは大量の汗をダラダラと流し始める。
ゆっくりと開かれたコレットの瞳は綺麗な青い瞳であるにもかかわらず、瞳の奥に光は無く、深い影が差していた。
「エ、エリーゼさん、いや、エリーゼ様! さ、そろそろ離れていただきたいのですが……」
「もう少しだけ……ダメ?」
「うぐっ……」
正直にダメだと言い辛いソラ。コレットとは違う柔らかな感触が脳髄に直撃し、それが離れる事が名残惜しいと感じている。
コレットの影がより強まった。
ソラは慌ててエリーゼを引き離すと、エリーゼは少し驚いた顔を浮かべたが、引き離したソラの手を優しく包み込み、赤く染めた自身の頬に触れさせた。
ソラ達は再び驚いた表情を浮かべたが、コレットは影だけでは無く、怒りにも似た黒い魔力が漏れ始めた。
そして、コレットはゆっくりとソラに近づいて行き、エリーゼが包んでいる手の指を自身の指と絡め、絡めている腕に体を纏わりつかせ、ソラの体を引っ張る。
ソラは驚いて倒れかけるが、どうにか耐え、倒れる事はなかった。さらにいえば、突然引っ張った事でエリーゼが包んでいた手が抜けて、「あっ」とエリーゼは寂しそうな声を漏らした。
が、それ以上の爆弾発言がソラ達を凍りつかせた。
「行きましょうあなた。お仕事も終わりましたし、何より、娘が待っておりますわ」
「「「「「……娘〜!!!???」」」」」
ユイを知らない五人はコレットの「(コレットの)娘」発言に驚きの声が森中に響き渡った。
*
トリュシュの森を抜ける為、何故か僕を先頭に歩いているのだが……。
「……」
「はあ……」
コレットが僕の腕に絡みついて一向に話そうとしない。それどころか、さらに強く身を寄せてくる。
嬉しい事この上ないのだが……正直、歩き辛い。
「「「「じぃー……」」」」
「……」
後五人の視線が痛い。
敵対意識の視線なら慣れているんだが、この手の興味本位での視線には慣れていないのだ。
そんな視線を受けながら僕達は一言も話す事なく、森を抜け出す事ができた。
「ママ!」
森を出ると、聞き慣れた声が耳に届きそちらを見てみると、こちらに向けて走ってくるユイの姿があった。
ユイは真っ直ぐコレットの元へ向かい飛び付く。コレットも飛びかかるユイをしっかりと受け止めて抱き上げる。いつもの光景だ。
その光景を見て無意識に笑みがこぼれていると、後ろからエリーゼさんが話しかけてきた。
「ソラ、さっきお姫様が言った娘って……」
「流石に君は姫様って気付くか。そう、娘っていうのは『彼女の娘』って言う意味だよ」
彼女の耳元でそう囁くと、納得したように頷き僕に笑顔を向けてくる。二年前と比べ、やけに機嫌の良い彼女の姿に思わず目が丸くなる。
エリーゼさんって…こんな人だったかな?
くいっ。
そんな事を思っていると、服の袖を引っ張られ振り返ると、抱き上げられているユイちゃんの小さな手が僕の袖をくいっくいっと引っ張っていた。
「ソラ。その人、だあれ?」
「彼女? 彼女はエリーゼ。僕の…僕の……」
僕の…なんだ?
ユイちゃんに疑問の眼差しを向けられ、言葉に詰まる。
エリーゼさんとは長い間一緒に暮らしていたが、血が繋がっているという訳ではない。苦手意識を感じる事は無いがコレットのように好きかと聞かれれば、別にそこまでという程でもない。好きか嫌いかで聞かれれば、好きと答える程度の間柄だ。
「?」
「えっと……僕の…お姉さん…かな……」
それは、僕が悩んだ末に出した答えだった。
そういうと、ユイちゃんは抱き上げられているコレットから降りて、トコトコとエリーゼさんの元まで駆け寄って、
「ユイです! うんとうんと…たぶん、四歳!」
可愛く挨拶をした。
「そっか、四歳なんだ(たぶん?)。私はエリーゼ。ソラとは長い間一緒に暮らした家族だよ。私の方がソラより誕生日が早いから、お姉さんになるのかな」
エリーゼがユイちゃんの目線まで体を下げ、膝を汚しながらユイちゃんの挨拶に答える。
エリーゼさんの言葉に少し悩んだユイちゃんは顔を上げて、
「リーゼお姉様!」
と言い放った。
しばらくエリーゼさんに沈黙が続く。コレットやユイはその理由が分からずに首を傾げるが、僕にはその理由がはっきりとわかる為、ちょっと身構えている。
「ソラ……」
「ダメ」
名前を呼ばれた瞬間、即座に言葉を返し、再び沈黙が流れる。
「……お願い。ちょっとだけだから!」
「ダメ」
「ちょっと、お持ち帰りするだけだから!」
「ダメ」
その後しばらく同じような会話が続き、エリーゼさんが折れるまでそれが続くのであった。