宣言と闇
「お待ちどうさま」
マスターはバーカウンターに戻ってきて、コレット達に料理を出す。ギルド前にの酒場にしては珍しい、女性向けのヘルシーメニューだ。
二人は持って来た料理を「いただきます!」と食べ始め、ユイは「おいしい!」とどんどんフォークが進んでいる。
「確か、皇国の体制と戦争への対策だったな」
「え? ああうん、そうだ。マスターは何か知っているのか?」
ユイとコレットの嬉しそうな笑顔にソラはマスターに話しかけられるまで暖かい微笑みを浮かべ、マスターは呆れながらソラに話しかけた。ソラは慌てて意識を戻し、マスターの方に視線を戻す。
「現在の皇国の体制は領地全体から腕自慢の者達を集め、魔族と戦う兵士を集めている事とギルドに協力要請を出している事だな」
「ギルドに対して? でも、ギルドってのは個人組合で、ギルドに戦争参加の要請を出しているという事は、三国はギルド連合である『レギオン』に書状を送っているって事?」
「ほう。よく勉強しているな。『レギオン』とは、各地に設置されるギルドは必ず加盟しなければならない誓約を持ち、その誓約のおかげで皇国や王都にギルドを配備する事が出来ているんだ」
「でも、ギルドの人達は個人経営が多く、協力や参加意識がかなり乏しいと聞いた事がある」
「そう。だからギルドに加入している多くの人達は三国の要請を断り続けれているんだ」
「なるほど……」
マスターの話を聞き、少しばかりの現状を理解できて来た。三国は自身の領地から兵を集めると同時に、更なる兵力増大の為に、レギオンへ要請を出しているが、それを断り続けられているという感じなのだろう。
「次に中央国の方だが……」
「? どうしたんですか?」
「いや…こっちはなs……」
マスターの表情が急に悪くなった為、疑問に思ったソラはどうしたのか?と尋ねると、マスターは視線を逸らしながら話を続けようとした時、入り口にあったウエスタンドアがギシギシと開かれ、何者かが中に入ってきた。
入り口の方を見てみるとこの皇国軍人。それも、かなり豪勢に着飾っている事からおそらく貴族士官達なのだろう。
「……コレット、ユイちゃん。ちょっとこっちにきて」
「う、うん」
ソラは入ってきた人物を見て、隣に座るコレットとユイを自身の側に近づける。
軍事訓練に明け暮れていた彼等はその解放感からか、陽気に騒ぎながら入ってくると席に着いて辺りを眺めると、ギルドの女性陣を品定めでもするか様に文句を口にしていく。
それにギルドの人達を含め、マスターやソラの隣に座るコレットの表情がどんどんと悪くなっていく。ユイに至っては彼等を気持ち悪い存在としか認識していないのか、コレットの方に身を寄せていた。
「……それで、中央国の方がどうしたんですか?」
そんな中、唯一彼等の言葉に気にも留めないソラは、中央国の情報を優先してマスターに尋ねる。ソラにとって、貴族はあんな者だと理解しているからそこ、気にも留めないのだ。
しばらく士官達はギルドの女性陣に悪態を吐きまくった後、とある一点に目を止める。視線の先には肩まで伸びた綺麗な髪の女の子。コレットである。
士官の一人が「自分達に釣り合うのはそこにいる金色の麗しい女性だ」と言葉にした瞬間、今まで無関係を貫いていたソラの雰囲気に影が指す。
「我々はガルド隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴女を我等の食卓へとご案内s……」
「お断りします」
士官の中でも、かなりの成金風の男が口髭を弄りながら優雅に一礼し、自分達の食卓に誘おうとしたが、それを言い終わる前に、コレットは強い拒否を見せ、隣に座るユイを抱き上げながら、ソラの側に寄り添う。
士官は振り向きもせず拒否を見せ、あまつさえ、逃げ隠れる様にソラの一つ分の影に隠れた為、羞恥心故か、顔を真っ赤に染めていた。
その後も、意地なのか、自身のメンツの為なのか、尚も熱心に誘う士官にコレット達は怯え、ソラはどんどんと怒りを募らせていく。
ソラが手を出そうとしないのは、マスターへの敬意を払っている為であった。この様な場での喧嘩ごとはご法度。それを理解しているソラはぐっと堪え、敢えて手を出していない。しかし、自分が好きな人がこの様に迫られていたら、大変面白くない。
ソラは隣にいるコレット達と士官の間に割り込む様に手を差し込んで、二人を強く抱き寄せる。士官は突然割り込んだに驚き、抱き寄せられたコレットはとても嬉しそうに綻んだ笑みを浮かべた。
士官はギロッ!とソラを見た後、姿やなり振る舞いから平民だと理解し、気味悪い笑みを浮かべた。
「おい、貴様。私が誰わかっているのか?」
「俺は田舎の出で、“妙ちきりんな成金野郎”や“女に振られた未練たらしい哀れな男”の事なんて、記憶の片隅にも残っていないだ。悪いな」
ソラ嫌味たらしく士官に言葉を返すと、店中に笑いが巻き起こり、士官は怒りで顔を真っ赤に染める。士官は冷静を装いながら、ソラに向けて命令口調で強く言い放つ。
「……おい小僧、これは命令だ。そちらの女性を差し出せ」
「嫌だね……」
ソラは命令を拒否し、より強く抱き寄せる。
「こいつは俺の女だ。髪も、視線も、声も、心すらも、全て俺のものだ。誰にも渡すつもりはない」
まるで宣言をするように言い放った言葉に、店中から(主に女性陣から)黄色い声援が飛び交う。その中心にいるコレットは一切拒否せず、顔とを真っ赤にしてさらに向けで顔を埋める。黄色い声援がさらに増した。
「っく! 貴様の様な男が、そちらの女性を幸せにする事なぞできない! 彼女は私の妃となり、永遠に私に寄り添うことの方が幸せなのだ!」
自身のメンツを潰され、さらには恥かしめる様な事をされ、自身のプライドをズタズタにされた士官は、自身が納刀してある剣を抜き、ソラに向けて振り下ろされる。本気で殺す気で振り下ろされた剣はソラの頭上をしっかりと捉えていた。
だが知らない。怒りで我を忘れた士官はソラに向けて決して言ってはならない言葉を口にしていた事を……。
「あ゛あ゛……?」
*
ユニとクロエは情報収集を終え、コレットがいるであろう酒場に向かっていた。
「やはり、向かうべき場所は中央国ですね」
「優秀生徒による戦力上昇。そう考えると、中央国での情報収集が一番効率がいいでしょうしね」
酒場に向かいながら自分達で情報をまとめ、結論を出した二人は自分達と同じ方向に向かって続々と人達が集まっていることに気付いた。
そして、二人の視線の先にある酒場に大勢の人だかりが出来ていた。
嫌な予感がした……。
ユニ達は人混みを掻き分けて店の中入ると、その中心で立っている知り合いの男と、顔面を鷲掴みされて、その下からポタポタと血を流している貴族士官の男。周囲にはその部下、もしくは同僚である同じく士官の男達が仰向けで転がったテーブルに干され、カウンターの側面の壁に顔が突き刺さり、床をぶち抜いて地面に上半身が埋まっていた。おそらく中に居たであろう客達は店の隅に逃げていた。
そんな中、カウンターの位置から守っているコレットの姿もあった。
知り合いであるソラは無傷で男を鷲掴みしていたが、その表情は真っ黒に染まり、中を見ていた皇国の民達を恐怖させる。
「オイ、お前……。誰ガ誰ノ妃ダッテ?」
「アガ?! 」
「ソウ言エバ、永遠ニ寄リ添ウトカ言ッテナ……」
「アガガ???!!!」
ソラはどんどんと力を強めていき、巨大な状態のミストを軽々と投げ飛ばす腕力が士官の頭蓋骨を砕こうとしていた。
「二度トソンナ事ヲ言エナイ様ニ、コノ頭、砕イテシマオウカ……」
下手をすれば本当にやり兼ねない言葉を口にして、二人は慌てて止めに入ろうしたその時、
「ダメだよ。そんな事したら」
この中で最も冷静であろう子が、なんとも軽い言葉を口にして、ソラを止めた。
「それに……そんな事したら私も悲しいし、ユイちゃんが泣いちゃうよ?」
「…………じゃあ、やめた」
自分がと小さい子が泣くという言葉を口にすると、ソラはすぐにいつもの調子に戻り、鷲掴みにしていた士官の顔をあっさりと離した。
転がり落ちる士官髪を強く引っ張り、意識を無理矢理覚醒させるソラ。
「おい、お前」
「は、はひ」
「十秒やる。持っている金を全部を置いて、眠っている三人を連れてさっさと失せろ。二度と俺の前に現れるな」
「は、はい!!」
士官は懐から金がたんまりと入った袋を取り出すと、気絶している三人を連れて慌てて店を後にした。
「……マスター。お代はここに置いておくから、修理代はここから出して置いて。行こう、コレット」
「うん♪」
ソラは自身が持っている全財産と、士官が置いていったお金の袋を置いて酒場を後にする。
いつもの調子に戻ったソラに同じ速度で歩み始めるコレット。抱き上げられていたユイは、コレットから降りて、立ち尽くしていたユニとクロエを連れてお店を後にするのだった。
「コレット……?! まさかあの子は?!」
ソラが名前を呼び、後にした酒場で、女性の正体に気付いたマスターがいたとかいなかったとか……。