皇国に向けて下山
奈落へと続く崖付近に降り立ったソラ達は近くにいるであろうクロエ達を探しに始めた。
「コレット。ユニと繋がっている君なら、二人がいる場所わかると思うんだけど」
「近くにはいるみたい。あっちの森の方」
「あっちだな。先頭を歩くから、僕の後に付いて来て」
「うん」
「は〜い!」
「シャー!」
コレットが指し示した方にクロエ達がいる為、ソラは先陣を切って森の中を進もうとした瞬間、ここにいるはずのない聞き覚えのある声に足を止める。
「……シャー?」
「……」
ソラは声が聞こえた後ろの方。ユイがいる方にゆっくりと振り返った。
ソラ達の最後列にいるユイの胸には小型のトカゲが抱き上げられていた。
「……え? 何でその子がいるの?」
「付いて来たいって言ったから連れて来たの!」
「シャー!」
「……まぁ、魔物というより魔族とか人間とかに近いミストなら、体の大きさを自由に変えることができる力を持っているけど……」
「……ダメだった?」
胸に抱かれているミストにうなだれるソラ。それを見たユイは申し訳なさそうにソラの顔を見上げ、不安そうな表情で尋ねる。
少しづつ怯えた表情を浮かべ始めるユイの姿を見てソラは髪をぐしゃぐしゃに撫でまわす。
「ん〜〜〜〜!」
「別に構わないよ。ミストのお世話をちゃんとするんだよ」
「! うん!」
暗かった表情がぱあっと明るくなり、嬉しそうな返事を返しながらミストをギュッと抱きしめた。
「では、二人を探しに行くとしますか」
「「お〜!」」
「シャー!」
*
それからしばらくして二人を発見することは出来たのだが……。
「く、クロエ! 貴方、いい加減に!」
「良いではないか良いではないか」
クロエは何故か服を全て取っ払っており、半脱ぎ状態のユニをさらに脱がそうとしていた。
「そ、ソラ!」
「ああ、大丈夫ですよ。見ませんよ」
コレットは顔を真っ赤にしてソラの視界を隠そうとするがその前にソラはすぐさま後ろを振り返り背後に広がる光景を見ないようにする。
通常の男ならば、クロエとユニのが行なっている光景に視線を奪われるはずなのだが……慣れとは恐ろしいものである。
ユイを連れて二人から離れるとコレットはすぐさまクロエを止めにかかる。
「……ママ…大丈夫かな?」
今朝の話をしてからユイはコレットの事を『お母さん』から『ママ』というか呼び名に変わり、コレットもその事に嬉しそうにしていた。
「そうだな。たまにコレットも巻き込まれるからな……」
以前にも何度も同じ様なこともあり、止めに入ったコレットも巻き込まれる事も多々あった為、それを危惧したいが、
「きゃー!」
危惧していた通りになり、コレットの悲鳴が聞こえたソラは深いため息を漏らした。
少し離れたところで三人を待っていると近くの草むらがガサガサと揺れ始めた。
「な、何?」
「ユイちゃんは僕の後ろに」
突然揺れた草むらに怯えるユイを守る様に前に立った。
そして草むらから黒い影が飛び出した瞬間、魔力を込めた殺気を全力でぶつけた。
影はその殺気に当てられたのか仰向きにして男が地面に横たわる。
少し待って起き上がってこない男に首を傾げるソラ達は、様子を伺うために顔を覗き込むと、泡を吹き、白目を浮かべながら気を失っていた。
*
「いや〜。お恥ずかしい所をお見せしました。
「い、いえ。こちらこそ、いきなり気絶させような事をしてしまって……」
「いえいえ、突然驚かせる様なこちらから悪いので」
気絶させた男を介抱しながらユイに三人を呼んでもらって気絶した男を目を覚ますのを待っているとすぐに目を覚ました。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はリスト。旅の商人をしております」
「俺の名前はソラと言います。こちらの四人は、一緒に旅をしているコレットとその娘であるユイ。それとユニとクロエと言います」
「よろしくお願いします。リストさん」
地面に腰掛けながら互いに自己紹介を済ませ、ソラの隣にあった石に座るコレットが頭を下げる。そんなコレットの膝の上に座るユイは暇そうに髪をいじっていた。
抱き上げられていたミストはリストが驚かない様に荷物の中に隠した。理由がわかっているのか、ミストは荷物の中でおとなしくしている。
「商人がこんな山の中で何をしているんですか?」
「こんなご時世ですからね。こんな山の中でも、何かあるのでは無いのかと思いましてね」
「何かあったのですか?」
「おや? ご存知ありませんか?」
「え?」
ソラが理由を尋ねると、リストは知らないのかと尋ね返され、コレットが首を傾げる。
「いや〜、実は旅をしていると言ってもまだまだ新顔。山奥のサンミスから山伝いに旅をしておりまして、あまり情報を得ていないのです」
「おお、サンミスから! あんな山奥から遠路はるばる大変でしたな」
「ええ……」
サンミスとは皇国の領地北部にある山の中ある村であり、現在いる場所からかなり離れた所にあった場所であった。
「ところで、このご時世とはどういう意味なのでしょうか?」
「実は一年前、皇国と王国、そして帝国が連合を組んで魔族との全面戦争を行うということが大々的に広められたんだ」
「全面戦争を?!」
ソラ達は“魔族との全面戦争”と聞いて、驚きを隠せずにいた。
「全面戦争って、どういう意味ですか?」
「二年前、皇国の城を占領したのは覚えているかい?」
「ええ。確か、占領された事に気付いた王都のウィザードとその同伴した学生が魔族を倒したとか」
ソラはあの時の事を思い出し、思わず手に力が篭る。
「その事もあって一年前に行われた議会で三国が重い腰を上げて、討伐に乗り出したんだ」
「そうだったんですか……。では、リストさんがここにいるのは、新たな物資の補給の為に?」
「そう。今まで溜めていた備蓄が一気に中央国に流れて、商売上がったりで、こんな山にでも何かあるんじゃないかと思ってね」
「中央国って?」
「三国が協力して設立した共同国で、三国の学生さんや貴族、その他にも様々な方々が暮らしている国です」
「私はその国に新たな物資を運ぶ為にこの山を彷徨っていたのです」
「新たな物資?」
「三国でも予想だにしていない新たな発見のある食料を探したいんだ」
リストの話を聞き終えたソラは、少し悩んでいた。
ソラの目的は、最大の目標を達成することでも、姉と思える存在の散策することでも無く、コレットを無事皇国に送り届ける事を考えていた。
その為には誰に知られることなく、皇国内に入る必要性があった。
ソラは少し考えて、
「リストさん」
「うん? なんだい?」
「俺達は今から下山して、皇国に向かおうと思っています」
「ええ」
「この山はすごく危険で、あまり長居させておきたくない子もいるんです」
「長居……ああ、なるほど」
ソラ言葉を聞いて少し考えた後、リストの視線はコレットの膝の上にいるユイに向けられる。
「ですが、貴方とここで出会ったのも何かの縁。俺達に護衛させて貰えませんか?」
「え?」
「別にお金を取るわけでありません。危険な場所から皇国へ向かう為に道案内をお願いしたいんです」
「道案内…ですか……」
「もちろん、ただというわけではありません。案内をしてもらったお金はお支払いします。未来ある若者の為にお願いします」
「お願いします」
「します!」
ソラはリスト二頼むように頭を下げると、コレットとユイ、それにユニとクロエも頭を下げた。その姿を見たリストは、少し考えた後、
「……わかりました」
「! 本当ですか!」
「ただし、お金はしっかりいただきますからね」
「あ、ありがとうございます!」
リストが了承すると、ソラとコレットは立ち上がり、深く頭を下げた。
「では、早速向かうとしましょう。下手をすると、日が暮れるかもしれませんから」
「はい!」
リストが立ち上がると、山の麓に向けて歩き出し、ソラ達も荷物を持他、急いでリストの後を追いかけるのだった。