新たな門出
朝食を準備したソラは、料理を全て並び終えた。
ユイがルンルンで朝食を待っていると、クロエとユニが目を覚ましてきた。
二人はソラ達に挨拶を済ませると、自分の席に座り、ユイを含めて楽しく話していた。
「そういえば、コレットちゃんはまだ起きてきていないのね。珍しい……」
「そういえばそうですね。僕、起こしてきます」
「お願いね〜」
朝食を並び終えたソラは、着ていたエプロンを脱ぎ、ユイが起きてきた部屋の扉を開けて中に入る。
ソラ達が住んでいる小屋は三つの部屋があり、その内二つは寝室、一つは玄関を経由したダイニングになっていた。
寝室の二つはコレットとユイ、クロエとユニが使用し、ソラはダイニングを使用していた。
中に入ると、部屋に一つだけある大きなベットの上でスヤスヤと寝顔を浮かべているコレットの姿があった。
それを見て色々な感情が湧き上がっていくソラ。しかし、それをグッと堪えてコレットを起こす。肩を揺らしながら目を覚ますのを待っていると、甘い吐息が漏れる。その吐息にソラは過敏に反応し、肩から手を離し、固まってしまう。
心の中で様々な思いが湧き上がってくる。可愛らしいものからちょっと意地悪なもの。さらにはちょっとエッチなものまでも浮かび上がってくる。
次々と浮かび上がる考えに固まるソラをよそに、コレットはゆっくりと目を覚ます。体を起こし、しばしばとする目をこすり、不安定な意識の中、目の前にいるソラと顔を見合わせる。
今にもまた眠ってしまいそうなコレットを見て、ソラは申し訳なさと罪悪感と共に少しいじめたくなる気分になっていく。
「……おはようコレット」
「……………うん。おはよう…ソラ……」
まだ起きれていない頭で返事を返すコレット。ソラは心はさらに意地悪をしたくなる衝動に駆られる。
「もうみんな起きてるよ」
「うん…もう起きるね……」
「……かなり眠たそうだね」
「うん……。ユイちゃんが今日が楽しみで中々眠ってくれなくてね……」
「僕らの勉強会が終わるまで起きてたのか……。初めての外の世界だから、よっぽど楽しみだったんだと思うよ」
ユイが勉強会が終わるまで起きていた事実を知り、ソラは驚くものの、かなり呆れたような表情を浮かべた。
ソラの言葉にかなり意識が覚醒していったコレットは頷いて返事を返す。
「……まだ眠い?」
「……うん。でも…すぐに、起きるから……」
「そう……。なら……」
ちゅっ……。
「…目が覚めたなら、起きてきてね」
「……」
いたずらここがピークに達したソラは、未だしっかりと意識が覚醒していないコレットの額に軽いキスをして部屋を後にする。
ソラが部屋から出て行き、一人取り残されたコレットは次第に意識が戻り始め、やがて自分が何をされたのかを理解すると、
「???!!!」
耳まで真っ赤となった顔で、キスをされた額を押さえながら、声ならない悲鳴をあげた。
顔を真っ赤にしたままベットの上にある枕に頭を突っ込み、足をバタバタさせ、今度は枕をギュッと抱きしめ、ベットの上をゴロゴロと転がった。
しばらくそれが繰り返されると、枕に顔を蹲り、うつ伏せのまま停止した。
そして体を起こし、へたりと座り込んで再びキスをされた額を押さえる。
(えへへへ。おでこにちゅうされちゃった……)
(……ちゅうはキザな上にやり過ぎたか……)
ベットの上でキスをされたことに嬉しそうに笑みをこぼすコレットとは対照的に、コレットがある部屋の扉に寄りかかっているソラはキスをしたことへの恥ずかしさで片手で口元を押さえるが、その下では少しばかり笑みが浮かんでいた。
*
その後、コレットを含めた全員で朝食を食べるが、視線が重なっただけで頬を染め、顔を晒したり、ご飯で口元を汚したユイを拭こうとフキンに手を伸ばすと、二人の手が重なり、そこで再び顔を赤く染めるソラとコレットを温かく見守る大人二人と、なんだか納得のいかない娘はほっぺたを膨らませる。
そしてユイがソラに対して噛み付くような態度を示した後、何事もなく進んで行き旅に出る最終チェックを済ませ、奈落魔物達に別れの挨拶をしていた。
「みんなありがとう。みんなのおかげで強くなれたよ」
『『クゥ……』』
「ミストも…今までありがとう」
「ギィシャ……」
「ソラくん。そろそろ行きますよ」
「うん。わかった。それじゃあね」
魔物達と挨拶を済ませ、コレット達が荷物を持って集まっている場所に向かう。
「……髪…伸びたね……」
「うん……。君を探しにいった時から二年も経っちゃっだからね……」
コレットの姿はこの二年でかなり変化した。
未だに子供っぽさが残っているとはいえ、今では大人と言っても遜色ない程成長した。
白を基調とした体のラインを出し、その膨よかな姿をしっかりと確認できる服に水色のミニスカート。赤いリボンがワンポイント白色のブーツの下から黒いハイソックスが履かれてあった。
そんな彼女の綺麗な金色の髪は肩にまで掛かり、以前の様な長い髪に戻りつつあった。
「二年…か……。二年って、短い様で長い年月だったな」
「うん。そうだね」
「そういえば、ここに来る前、君は城を抜け出したことになっていたっけ」
「ああ、そういえば! 懐かしいなぁ……」
二人は懐かしそうに二年前のことを語り始める。
だが、その話もすぐに終わり、二人は奈落の空を見上る。
「それも、今日で終わり」
「……結構楽しかったんだけどな〜」
「話は済んだのかしら?」
二人は会話を済ませると、それを待っていた様にクロエが姿を現した。
「なんだ。一緒に話したかったら混ざれば良かったのに」
「そんな勇気、私には無かったわよ。それよりも、四人共、準備は出来たの?」
「僕達の準備は出来てるけど……クロエは?」
「私? 私は行かないわ」
「え?」
今知った衝撃的な事実にコレット達は目を丸くした。
「私は、貴方達を強くすれば私の役目はお終い。だから、貴方達とはここで……」
「? 一緒に行かないの?」
お別れと言おうとした時、ユイが口を挟んだ。
「ほんとに、付いてきてくれないの?」
「そ、それは…その……」
ユイの声に言葉を詰まらせクロエ。ソラとユニはユイの放った言葉に笑みを浮かべる。
二人は知っていた。クロエはユイやコレットの様な純粋な瞳で見つめられることが苦手であるということを。
「そうだよ〜。僕達、せっかくクロエの分まで準備したんだけどなぁ」
「そうね〜。みんなで旅をするの、楽しみだったのにね〜」
「? 私も楽しみだよ!」
「うぅ……」
三人(一人はよくわかっていない)追い討ちに、追い詰められていくクロエ。そして、
「……行こ?」
「……ああ、もう!わかったよ! わかりましたよ!付いていけばいいんでしょ!」
ユイのトドメの一言でクロエは折れ、一緒に付いて行くこととなった。
「それじゃあ、先に行っているわよ」
『上の方で待っているから』
クロエがドラゴンの姿になると、五人分の荷物を背中に乗せ、奈落の空に向けて翼を広げる。
ユニはそんなクロエの背中に乗り、三人に挨拶を済ませると、翼を大きく羽ばたかせ空に向かって飛んで行った。
「さて、総仕上げだ。……二人とも捕まって」
クロエ達を見送った後、魔装のコートを身に纏い、コレット達に振り返った。
黒よりの青いコートをなびかせて、右腕の袖が破れて無くなっており、コートの下に着ていた紫に色の服の袖が見えていた。
ソラはコレットを抱き上げると、ユイがソラの背中にがっしりと抱きついた。
「そっちで良かったの?」
「うん……!」
背中からギュッと抱きしめているユイに今までの経験で身につけた魔力操作でユイ周辺に強力な魔力バリアを張る。これでちょっとそっとでは傷つく事はなくなった。コレットの方もそれを欠かさない。
「それじゃあ、行くよ!」
ソラは地面を強く蹴り、空高く飛び跳ねた。
凄まじい勢いで空中を移動していたが、その勢いが無くなっていっても、まだ奈落の出口は見えない。
少しづつ落下を始めると突然ソラの足元に地面にが現れ、再び高く飛び跳ねる。
ソラの周囲には魔装の盾が浮かんでおり、その内一つだけ後方から盾が付いてくる。そして勢いが無くなるとその盾に乗り、再び高く飛び跳ねる。
それを何度も繰り返し、そして……。
*
久しぶりに見る太陽の光が僕達に差し込み、最後にもう一度、力一杯ジャンプすると、奈落の崖から飛び出して、空高く舞い上がった。
「出れた!」
僕がそう叫ぶと、伏せていた二人が顔を上げる。
山から飛び出した僕達はその瞳に映る景色に声を喜びと感動の声をもらす。
二年前、僕達がいたであろう皇国の城。無数に広がる野原。遥か遠く見える山々。
そんな景色に思わず感動を浮かべる僕とコレット。だが、それ以上に嬉しそうに、楽しそうに声をもらすユイちゃんの姿があった。
「これが……外の世界……!」
「フフ…楽しみ?」
「うん……!」
「……そろそろ降りるよ」
僕の胸に抱かれるコレットは嬉しそう笑うユイを見ながら自分も思わず笑みを浮かべる。
嬉しそうに微笑む二人を驚かせない様に、盾の上に乗って、慎重に地面に降り立つのだった。