僕の名前は
……ごめんな。
(……あったかい)
本当は、家族と一緒に平和に暮らしてやりたかっただけどな……。
(声が聞こえる……)
こんな辛い思いをさせるぐらいなら、ずっと……。
(……だれ?)
*
パキッン!
とても暖かくて、優しい夢を見ていた僕は何かが折れる大きな音で目を覚ました。
「あら。もう起きはったん?」
「……ここは? 僕、さっきまで家の中に……」
「ここは王都近くの森や。ちょっとした調べもんの為に、うちはここにおるんや」
「そうですか……」
「それと覚えとらんか? 君はさっきまでうちと戦うてたんよ」
「戦って……?!」
僕はそこで、思い出したように起き上がろうとして体の痛みでまともに動く事ができなかった。
「魔装でそこまでダメージを受け取ったら、当然と言えば、当然やな」
「……まそう?」
「……いや、こっちの話や。気にせんでええさかい。それより……」
変な話し方の女性は焚き火をしていた場所から立ち上がり、僕の方に歩み寄ってくる。僕は慌てて逃げようとするが、体の自由が効かず、まともに動くことが出来なかった。
女性は僕の前で屈み込むと何故が笑みを浮かべる。
僕はそんな笑みを浮かべる女性の姿に恐怖し、怯え始まる。そんなことも気にも止めず、女性はゆっくりと手を伸ばし、僕は目をギュッと閉じて、覚悟決める。
伸ばされた手はしばらく僕の胸に手を当てて、心臓の鼓動をしばらく感じ取ると、ゆっくりと離れていった。
「……うん。虚無の感じも無くはったし、器にもしっかりと思いが満たされとります。これで問題ありまへん」
「……きょむ?」
「なんやお前さん。そんなことも知らんと戦おったんか」
女性は驚きながら、話を続けた。
「虚無ちゅうもんは、ようは世界の消滅システムみたいなもんや。魔法の絶対元素である土水火風と傷を癒したり、力を増大させる魔法や相手に毒を盛ったり、呪いをかける魔法。その全てがてれこ…逆の働きをする魔法が虚無の魔法や」
「逆の働き?」
「逆の働き言うのは本来とは全く逆の働きを起こすこと言います。例えば、大地を盛り上げる力の場合、大地を割り、地盤を沈下させることやったり、風を起こす力やったら、真空状態を作り出したり、そんな全ての働きをする魔法を同時に使う魔法が虚無の魔法いいはる」
「……」
「さらに虚無は、嫌らしい事に魔力を消費するという事すらも、逆の働きをさりはります。故に、あない助け方をしてもうて、ほんと、かんにんな」
女性は申し訳なさそうに深々と頭を下げられて、僕はあたふたと手を動かした後、「い、いいですよ……」と言葉を返した。
「おおきに! 嬉しいわぁ! ……ところで君、どちらさん?」
「僕? 僕は……」
僕は……誰?
いくら考えても自分の事を思い出す事が出来なかった。どんどんと嫌な汗が流れ出していく。
「あ……えっと……」
「もしかして、名前をが分からへんとか……」
「……」
「そうなんやな」
どんどんと口数が減っていく僕に気づき、その理由を言い当てる。僕は何も答える事が出来ず、俯いて女性から目を背けた。
「……せやったら、うちが名前を付けたる!」
「え?」
突然女性が言い放った言葉に顔を上げ、目を見開いて女性の方を見る。女性は考えながら、夜空の星々を見上げる。そして閃いたように、
「星空! ……は、苗字やし、安直やな……。なら星を取って『空』をカタカナ読みにして『ソラ』ちゃうのはどうやろか?」
「ちょ、ちょっと待って! 何がどうしてそうなったの?!」
「名前が無いと困るやろ」
「それはそうだけど……」
「……それに、名前が無いと君のお父さんに悪いしな」
「へ? 今なんって言ったの?」
「ううん。なんでもあらへんよ」
女性が僕に聞こえない声で、何かを言ってそのことを聞き返すがそれを答えることはなかった。
「まあともかくや。君の名前はうちがつけたる」
「いや、でも……わ、悪いですし……」
「子供が遠慮なんかせえへんでええ。では、発表します」
女性が発表すると言った瞬間、妙な緊張感が走り、体が縮こまる。
「君の名前は……『大空 ソラ』!!! いや、この辺やったら『ソラ・オオゾラ』が正しいか」
「ソラ……オオゾラ」
「せや。オオゾラはうちの名前、“大空 恵”ちゅう名前から取らせていただきました」
「大空…恵……」
「せや。なんなら、“お姉ちゃん”呼んでもかまへんで」
「だ、誰がそんなこと呼ぶか!」
僕は顔を背けながら、口元が上がっていく。
“大空 ソラ”
何故がその名前が胸に残り、嬉しいという思いが膨れ上がっていった。
「ほな、ここから移動しよっか。立てる?」
「も、もう大丈夫。多分立てr……」
「見つけたぞ! あそこだ!」
恵がこちらに手を伸ばしてきて、僕は手を引かれ立ち上がろうとしたと時、森の中から武装をした兵隊達が僕達に指差し詰め寄ってきた。
「逃げるで!」
「へ? どうして?」
「さっきの魔法の所為で兵隊達がうちらを捕まえにきたんや!」
「それってあんたの所為のだけじゃ」
「いいから行くで!」
「ま、待っt…ぎゃあぁぁぁぁあ?!」
恵は中途半端に立ち上がっている僕の体を持ち上げて、森の中を逃げ回った。その後、兵隊達との鬼ごっこは夜明けまで続けられて、結局捕まって、クタクタな僕諸共、兵隊達から一日中説教を食らうだった。
*
「これが僕と恵との出会いだった」
「……なんていうか、すごいけど…よくわからない人だね」
「ユイちゃんもそう思う。実は僕もなんだ」
ソラはユイに恵との出会った時の事を話し終えると、呆れながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ならどうして、一緒にいなかったの?」
「う〜ん。実はその日から一緒にいる事が多かったんだ。多かった筈なのに、その日々のことをよく覚えていないんだ」
「なんで?」
「わからん。断片的に覚えている事がいっぱいあるのに、いつまで一緒にいたのか、いついなくなったのか、どうやって別れたのか、その辺の記憶が曖昧で、記憶に残っていないんだ」
出会った時の事を除き、断片的な思い出しか残っていた恵との日々、それが悲しくもあり、悔しくもあった。
「だから、奈落の外に出たらやってみるつもりなんだ」
「何を?」
「恵を探す旅を」
「?!」
ソラは決意をしたような目でテーブルの上にある両手をグッと握りしめる。
「コレットから言われたんだ。『大切なお姉さんなら、ちゃんと挨拶をしないとね』って。それってきっと、行方不明の恵に会うって事なんだ。行方不明の人を見つけるには、その人を見つけ出すしかない。だから、奈落から出たら、ある事と一緒に恵を見つけてやろうと思うんだ」
「見つけてどうするの?」
「とりあえずぶん殴る」
「え?!」
「迷惑をかけたんだ。一発ぐらい殴られるぐらい別に構わないだろう」
「えぇ……」
「その後……まあ、“姉さん”とでも呼んでやるか」
「……うん!」
ユイはソラが姉という言葉を使うと何故か自分の事のように頷くのであった。