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空っぽの武装魔道士δ  作者: 火琉羅
蛇の少女と未来街の幽霊魔導師
112/246

忘却の記憶・刻まれし思い

 気が付いた時には、もう既に手遅れだった。


 もう何が手遅れで、何が手遅れじゃないのか、それすらも()()()()()()()()()()


 ただ、何の理由もなく暗闇を走る。その理由が何だったのか、よく覚えていない。とにかく、追いかけられているあのどうぶつ?とか言われるものから逃げる。……逃げると言う言葉はこの言い方で合っていた筈だ。


『おらおら、どうした! その程度か!?』

「……」


 話し掛けられている。何か言わないと……。


 でも何を?


 何と言葉を返せば的確なのだろう……。

 舌打ち? 畜生? まだまだ? その言葉全ての意味はわからないから、どれを返しても彼の反感を買ってしまうだろう。


 それに…………?


 自分?は………










 ()()()()()()()()()()()()()()()()()










『ふん!』

「?!」


 何かに気付いた為、一瞬脚を緩める。その一瞬を狙って、彼は背中から強く押し潰され、身動きが取れなくなる。


『……何だかこれにも飽きてきたし…お得意の氷結もするつもりが無いのなら…そろそろ殺っちまうか』

「……」

『……?』


 語りかけてくる彼に何とか言葉を返そうとすると、口を開くも、言葉が出ない。そもそも()()()()()()()()()()()? というか、そもそも自分は()()()()()()()()()()()


『……そうか。貴様はもう()()()()()()のか』


 呑まれて…いた?


『魔装が解け、自分の思いを形に出来なっている時点で気付くべきだったな。虚無に対する抵抗力が無い以上、なんらかの影響はあった筈だ。お前の場合、それは記憶だったみたいだが……俺にとっては()()()の事も覚えていないこの状況は、むしろ好都合だがな」


 あの女と彼が言って何か引っかかる事もあるが、結局誰も思い出す事が出来ず、その誰かを思い出そうとしていた事もすぐに忘れてしてしまう。


『あの女の事をいつまでも覚えられていると、テメェは今の俺をも上回る力を発揮しやがるからな。本当に好都合だ』


 そう言いながら彼は、押さえつけている前足とは逆の方をあげて爪を立てる。


『じゃあな。俺を楽しませた礼だ。一撃で終わらせやるよ』


 彼が大きく手を振り下ろすと、そのまま自分の心臓を貫いた。


 貫かれ、体、そして口から大量の血が流れ出し、そのまま意識が途切れた。














 *














 何処からか照らされる暖かな光に照らされて、目を覚ます。


 そこには見たの事ない天井、見た事ない景色、見た事ないもの……。見た事ないものだらけの部屋で、ふかふかのベッドで目を覚ました。


 見た事ない全てのものに怯えながら、起き上がり、ゆっくりとあたりを見渡す。しかし、それを見たところで、それがなんなのかわからなかった。


 ひとまず、部屋を出ようとこの部屋唯一の扉に手を掛ける。その時、誰かに呼ばれたような気がしたが、部屋には誰もおらず、何かが動いている気配すら無かった。


 疑問に思いいつも、静かな部屋を出て目に入ってきた階段を下っていく。下の階に近づいていくにつれ、トントンと誰か料理をしている音が聞こえてくる。


 下の会に到着し、音が聞こえてくる部屋の中を見てみると、長い茶色い髪の女性が料理をしていた。


 女性は切っていた食材から手を離し、ブクブクと沸騰している鍋の火を止めて、手を掛けられていた布で拭いながら、体を横にずらす。そしてこちらの存在に気付き、声を掛けた。


「……! あら、起きたの、()。おはよう」

「え、あ……!」


 話し掛けられた事で気が付いたが、声が出ていた。彼に襲われた時、声をどうやって出すのかわからなかったが……。


(そうか…声はこうやって出すのか……)


 喉に手を触れて、声の発し方を理解していると、目の前の女性はすぐに何かに気付いた。


「あら? ……ごめんなさい。てっきり息子だと思ったのだけれど……()()()ね。私は大空 エレナ。あなたによく似た大空 空という男の子の母親です」


 エレナと名乗った人は息子ではないという事にすぐに気付き、逆に僕の方が驚きの表情が浮かび上がる。


「……あなたのお名前は?」

「ぼ、僕の名前は……えっと……」


 名前を尋ねられ応えようと試みるも、一向に名前が浮かび上がることはなかった。


「………」

「……座って」

「へ?」

「今、お茶を入れるわ」


 そう言って、エレナさんはお湯を沸かし始めた。


 僕は言われた通りにテーブルの席に着き、部屋の中を見渡すが、結局何もわからず、視線をエレナさんに戻していくと、ふと、小さな縦に長い四角い絵が目に付いた。


 その四角い絵には二人の男女が寄り添うように写っている姿が写し出されていた。一人は、今目の前で調理をしているエレナさん。もう一人は真っ黒な髪の男の人。


 写っている絵の二人は笑顔で互いを見つめ合い、とても嬉しそうだった。


「私ね、あなたと同じ状況になった事があるの」

「! ……同じ…ですか?」


 絵に目を奪われていた僕だったが、エレナさんに話しかけられ、エレナさんの方に目をやる。


「そう。あなたは自分の事を何も覚えていない。私も昔、記憶喪失って言うのになった事があってね。見えるもの全てが本当に怖くて、真っ暗な場所にいた私はその暗闇から外に出ようとは思わなかった」

「……」

「けど、そんな私を見つけてくれた人がいた。初対面で、名前もわからない男の子。その男の子も、私を見て「はじめまして」って言ってたけどね」


 嬉しそうに話すエレナさんの姿を見て、絵に写っている男の人に一瞬、視線が向けられるが、すぐにエレナさんの方を見る。エレナさんはお茶の準備を終えて僕に味のあるヘンテコなカップを僕の目の前に置いた。カップ中には緑色の液体が注がれていた。


「粗茶ですが。……なんてね」

「い、いただきます」


 出されたお茶を飲んでみると、口の中に渋みが広がり、苦いような味わい深いような、そんな感覚を思わせる。


 けど……。


「おいしい……」


 嫌な味はしなかった。


「フフ。よかった」


 僕がおいしいと言葉にし、エレナさんは嬉しそうに喜んだ。それが何だか、嬉しくて、まるであの子といるような………


()()()?」


 どうして僕は、あの子なんて言ったんだろう……。


 何か、大切な事を忘れているような……。


 つん。


 考え事に夢中になっていた僕は額を軽く突かれるまで、エレナさんがすぐそばにまで来ていることに気づかなかった。


「……虚無はね、心に宿った人を思い浮かべることと、自分の気持ちにちゃんと気付く事が大切だよ」

「へ?」

「いないの? 例えば、自分の命に代えても守りたいお姫様とか」

「お姫…様……」


 ズキッ!


 エレナさんのお姫様という言葉を聞いて、心臓がざわめき出す。何かを思い出そうとして頭が割れるような頭痛が襲ってくる。まるで大切な事を思い出そうとしているのを邪魔されているような……。


「だ、大丈夫、()()()()?!」

「……………ないと……」

「ヘ?」

「思い出さないと……。あの子の事を、思い出さないと!」


 記憶になく思い出す事ができないあの子の姿がここにずっと浮かび上がる。顔もどんな人だったのかも思い出すことは出来ないけど、あの子の笑顔が、心から離れたことはなかった。


 あの子を思い出す。そう決めた僕をエレナさんは頭を胸に押し当てて、優しく抱きしめた。


「なら、行きなさい。あなたの大切な思いを取り戻すために……」


 エレナさんに抱きしめられ、暖かさが伝わってくる。その暖かは今まで感じたことが無く、無意識のうちに、


「……母…さん……」


 そう呟いて、意識が闇の中に落ちていった。














 *














 ソラを貫いたソルガは、抑えていた前足を退け、その場から離れていく。その表情には、虚しいような、そんな顔をしていた。


 そんな虚しさを全開にしていたソルガの足が突然にした止まる。


 振り返ると、血は垂れ、ボロボロに汚れているが、体にあった傷や、貫いた穴は完全に塞がっていたソラの姿がそこにはあった。


『……は! そうこないと面白くないわな!』

「……ソルガ…だったか?」

『あん? 』

「悪いが…あまり、時間をかけるわけにはいかないんだ!」


 ソラが強く言葉を発すると、周囲に魔装の盾が突如現れる。その数は、二つだけでは無く、さらに二つ追加され、四つの盾がソラを中心にくるくると回っていた。


 ソラがそのうちの一つの盾を掴むと、それを高々と掲げる。


「僕には合わなきゃいけない人がいるんだ! だから、こんなところで、倒れるわけにはいかないんだぁ!!!」


 ソラが手に取った盾に強力な魔力を込めると、周囲に浮いていた三つの盾が、その盾に合わさるように一つになり、この闇を照らす強烈な輝きを放ち始める。


 その光輝く盾を引き、皇国で放ったあの技を放つ構えを取った。


『?! 不味い!』


 ソルガはすぐにその場から離れようとするも、すでに遅かった。


「照らせ! 《ジャッチメント・ブレイザー》!!!」


 放たれた光は、この世界の全てを照らす程、強く、穢れのない白き輝きを放っていた。




 *




 アイリスが目を覚まし、リビングにやってくると、母であるエレナが涙を流していた。


「お母さん?! どうしたの?!」

「うん。ちょっと…本当に嬉しい事があったんだ」


 エレナはとても嬉しそうにそう呟いたが、アイリスにはその理由がわからなかった。

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