もう1つの特技
時間的には、あと数時間でお昼の時間になるであろう時間。
昨日のおやっさんに言われ、仕事は夕方から。それまでの時間は休みだ。
俺は街の中を制服ばかりであまり着る機会がない私服を着て歩く。ある目的の為に。
今日は、理事長は学校の会議で家にいない。エリーゼさんは今日は友達の家に行くと言っていた為、家にいるのは俺を除けばカメ助だけである。
誰もいないということは、今日家でやることは誰にもバレないということ。
ソラは家の人には誰にも話してない秘密のことがある。それを知っているのはこの世界で恐らくカメ助だけであろう。
基本的には誰もいないタイミングで行なっている為、たとえどんなことをしていようと、家の人にはバレることはないのだ。
悪そうな笑顔を浮かべながら、ただ一点の場所に向けて歩き続ける。街の人はそんなソラの顔に恐怖して距離を取るが、ソラはそのことに気づきもしない。
そして目的の場所にやってくると、目的としているものを探す。
あった。
ソラはゆっくりとそれに手を伸ばし、掴もうとする。目的のそれは少しばかり抵抗を見せようとするが、ソラはそれを許さない。それが逃げ出す前にがっちりと掴み、しっかりと持ち上げる。
「おっちゃん!このうなぎをください!」
夏ようなとても強い日差しを浴びながら、魚屋のおっちゃんに突きつけたソラの手の中には、うねうねと動くうなぎが1匹、掴まれていた。
*
俺がうなぎを食べる買うようになったのは、今から2年前。
ある家にあった1冊のノート。
そのノートに『今日夕飯に出てきたのは、僕の大好物、うなぎの蒲焼だった』と書かれている1文を発見した。発見当初はあの雑魚が?と正直疑っていた。
王都及び帝国、それ以外の村々もうなぎはあまり好まれて食べられる食材ではなく、ぶつ切りしたうなぎ丸々1匹を漬ける保存食の様なものだった。
その為、魚屋のおっちゃんもうなぎを買おうとする俺にサーモンやタラなどを進めてきた。
魚屋のおっちゃんも買うのを避けるほど、うなぎの人気は低く、大量に売れ残るほどだった。
おやっさんが進めてくるサーモンやタラも美味しそうだったが、今回の目的はうなぎ。売れ残るほど人気がないうなぎはとにかく安い。他の魚を1匹買うのに対してうなぎは3匹買うことができる。
食べるのが俺と雑食のカメ助だけなので3匹は流石に多い。その為しっかりと1匹だけ買ってそれを落とさない様にしっかりと持ち帰った。
*
帰り着いた俺は早速調理を始める。
まず、うなぎの頭を氷を刺し削る為に使われている針の様なもので止める。
これはうなぎを何度も調理して中で、ぬめぬめとするうなぎをどう捌くかと考えて見つけた方法である。
そしてここから問題だ。
このうなぎをどういう風に捌くのかである。
実のところこれが1番難しい。今までの中で1番捌きやすかったのは、背中と腹の2つである。だが2つとも綺麗に捌けたのかと聞かれればそうではない。両者ともに最後の部分がうまく開かれておらず、とても歪な形になった。
「・・・今回は背からやってみるか……」
そして背中に刃物を入れて、スーーーっと刃を通していく。通常、豪快に刃を通していくのか、それとも丁寧にゆっくりと通していくのかはわからないが、ソラはゆっくりとそして丁寧に刃を通していく。
そして、背中を見事尾の方まで珍しく綺麗に捌くことができた。
俺は小さくガッツポーズをとり、感動に浸る。
すると頭に強烈な痛みが襲いかかってくる。
だが、その痛みは何度も感じたことがあり、その痛み起こしている張本人を捕まえようとする。
「いたいいたいいたいいたい!ちょ!待って!ちゃんと作るから!ちゃんと作るから離して、カメ助!」
そう言うと、頭に感じた痛みがなくなり、頭に乗っているものを持ち上げる。
手には手に収まるほどの小さなカメがおとなしく座っていた。
座っているカメ・カメ助をテーブルの上に座らせ、手を洗いうなぎの骨を取り除いていく。
取り除き、切り分け、そしてその切り分けたうなぎをザルの上に並べ、沸騰させた鍋の中上に置き、蓋をする。
ここからしばらくは待ち時間だ。テーブルの椅子に座り目の前にいるカメ助にパンのカケラを見せるとカメ助は首を伸ばし食べようとするが、俺が少し高い所に持っていき食べますまいとする。
カメ助は少し悔しそうにしており、ゆっくりと立ち上がりパンのかけらに食らいつく。さすがに立ってまで食べようとするカメ助にそれ以上の悪いことは出なかった。
実のところ、カメ助は実は魔物だ。
ここに住まわせてもらって1年目に出会い、それ以来共に暮らしている。
・・・よく噛みつかれたりするが、それでも仲良く暮らしている。
カメ助がパンを食べ終え、うなぎの方を見てみると、いい具合に蒸しあがっていた。
あとは部屋から持ってきたちょっと重たい石の焼き場を持ってきて火の上に置いて焼き易い状態にする。
蒸しあがったうなぎを見て食べようとするカメ助の甲羅を持ってうなぎから引き離し、待ったをかける。その後、うなぎに草を通し、長い時間をかけて完成した秘蔵のタレにつけ、一気に焼き上げる。焦げない様に細心の注意を払いながら扇でパタパタとはたいた。
*
完成したうなぎ2人前?を皿に盛り付ける。甘辛くも香ばしい香りがを感じなら、それをテーブルに運ぶ。
カメ助も今にも食べ出してしまいそうなほど、うなぎを見つめていた。
「それじゃあ、『うなぎのなんちゃって蒲焼き』いただきます!」
「カメ!」
珍しく鳴き声まで出して食べ始めるカメ助と俺。
一切れ口の中に運ぶと、少し不安ただが、濃厚だが嫌みのない甘辛いタレの旨味と、舌で押しただけで崩れそうなふんわりとした食感が口全体に広がっていく。
泥臭いや骨が多く、不味いと有名なうなぎがここまで変化するとは作り始めた当初は思いもしなかった。その上美味いとなれば間違いなく、うなぎの上昇するだろう。まさにうなぎ登りだ。
だが、当分はこれを公表する気は無い。もうしばらくは、この感動をカメ助と2人で味わうつもりである。
俺の記憶では、誰かに料理が出来ると言った記憶はない。故に、こんなことができるとは知らないはずだ。
次の誰も居ない機会にもう一度、うなぎを食べようと思うソラであった。
*
夕方
「ソラ!ちょっとすまんが味見してくれ!」
「は、はい!了解です!」
料理ができるとは誰にも言っていないソラ。
「やっぱり、ソラが働いている時間の飯は美味いな!」
実の所、料理ができるであろうことは意外とバレバレである。