涙と新たな一歩を
長めです
ゴーン!
「……人数多いし帰ろうぜ」
「ダメだよ。そんなことしたら私が里お姉ちゃんに叱られるんだから」
響き渡る金の音に多くの参拝客がやってくる神社の鳥居の前で、空とアイリスは一緒に参拝することとなっている里美、洸夜、優雅の3人を待っていた。
あれから数日が経ち、今日は大晦日の午後11時半。深夜の時間の事をあって、体が冷えきり少し震えてしまう。
空は持っていたバックから熱々のお茶が入ったホットのペットボトルを取り出してそれをアイリスに渡す。アイリスもそれを受け取り口へ運ぶ。少し口に含むとすぐに口から離し余程熱かったのか舌を出す。
「アツッ」
「そういえば猫舌だったな。飲めるか?」
「うん。一応は大丈夫」
そう言ってアイリスはゆっくりとお茶を飲み始めた。そして体があったまったのか、ある程度飲むとお茶を空に返した。空もお茶を受け取りお茶を口にする。寒かった体が少しずつあっまり、震えていた体止まったので残ったお茶をバックの中に仕舞った。
アイリスもあったまったかなと思い、視線をそちらに向けると、顔を真っ赤にして空を見ながら固まっているアイリスの姿があった。耳まで真っ赤なアイリスを見て正直暑そうだなと空は思った。
そんな事をしていると、空達の元に里美達がやってきた。
「悪い。待たせたかな?」
「いや、俺達もさっき来たところ」
実際の所、空達が3人を待っていた時間は約10分程度だ。
「それはそうと空。私のこのかっこを見て何か言うことはないのかしら?」
何故か威張っているなんとも可愛らしい着物を着ている里美の姿があった。その姿は確かに似合っていて可愛らしくもあり、思わず見惚れてしまうかもしれない。しかし、
「その言葉、少なからずアイリスに勝てるようになってから言ってくれ。見ろ。どう見ても外人のように見えるのにお前より圧倒的に似合ってるだろうが」
「た、確かに……」
「…………」
隣にいるアイリスの背中を軽く押し注目させる。綺麗な真っ白な髪故に、一瞬だけ外人と思ってしまうが、それ以上に着物の着こなし方やその美しい姿に周囲の男どもは小学生に対してにも関わらず注目の的となっている。
そんな長年付き合いの長い2人の会話に、アイリスは頬を赤らめ、空や里美から視線を逸らし俯いて、その光景を見ていた洸夜と優雅は、そんな2人にすっかり呆れていた。
「はいはい、いつもの妹談義はいいから、さっさと行くぞ」
洸夜の号令の元、空達は行列ができている参拝客の列に合流し、参拝を行うのであった。
*
二礼
ひょい。
コトン。
コトコトコトン。チャリン。
からんからんからん。
パンパン!
(アイリスが合格出来ますように)
(お兄ちゃんが受験を合格出来ますように)
一礼。
「何、あの義兄妹のシンクロ率」
「二礼するタイミングから全く同じだったよ。兄妹でもあそこまでのシンクロってできるの?」
「さあ〜……」
参拝の列がようやく終わり、3人の後ろにいた空とアイリスは二礼からお金を入れるタイミング、鐘を鳴らす時から最後の一礼までまったく同タイミングで参拝を終えた。
側から見た参拝客。特に空達のすぐ後ろに控えていた大人達はそのシンクロ率に思わず拍手を送っていた。
送られてきた拍手の意味が分からず、空達は疑問に思いつつ参列から抜けて洸夜達と合流する。
「……お前らのそのシンクロ率は一体なんなんだ?」「「え? 何が?」」
「……もういい」
合流した洸夜が尋ねてみるも、2人はその意味が分からず聞き返す。洸夜は呆れ尋ねるのを諦めた。2人は余計に疑問が深まり、頭の上に?を浮かべるのであった。
*
「おみくじください」
「は〜い! あ! 里美ちゃん! 来てくれたの?」
「うん、来たよ。ついでに他の人も連れて来たよ」
「お久しぶりです。曜さん」
「アイリスちゃんも久しぶり」
御守りやら色々なものがところやって来て、2人は一目散におみくじところに向かった。そこには巫女服を着ていた里美の親友曜の姿があり、おみくじを売っていた。
空達が参拝していたこの神社の名前は“桜井神社”。神主は曜のお父さんで曜は生粋の巫女さんなのだ。
楽しそうに話している3人の側に近寄ると、曜が空達の存在に気付き突如顔を真っ赤にして姿を隠そうとするが、それを耐えてガチガチの状態になる。
「……モテる奴は大変だな」
「……空よ。いきなり何故そんな事を言ったのだ?」
「いえ別に、何もありませんよ」
そんな事を言って空はお金を出しておみくじを買う。たどたどしい曜からおみくじを買い紙を渡される時、空の手を重ねて手渡した。
「……いつもそうやって手渡してるか?」
「え? えっと……」
「偶に勘違い野郎が出てくるからそんなおみくじの渡し方はするなよ」
「う、うん…そうだね……」
「……まあ、もしもの時は助けてやるよ。なあ、洸夜」
「ああ、任せろ!」
「……うん。ありがとう」
空に問い詰められて悲しそうな表情を見せる曜に空は敢えて洸夜と一緒に同意させて宣言させる。そのことが嬉しかったのか、曜は空達を見ながら笑顔でお礼を言った。空はちょっぴりそんな曜に見惚れていたのは内緒だ。
空は内心を誤魔化すようにくじを開く。中身は“小吉”。“凶”じゃないだけまだマシと思った空。取り敢えず、金運と学業……後は適当に恋愛運とか見ておこうと考えた空はおみくじの内容に視線を移す。
金運:貯めればたまります。
学業:普通〜。
待人:頑張れ。
グシャ!
空は思わず持っていたおみくじを握り潰し引き攣った笑みを浮かべる。それに驚いて、買ったおみくじから視線を外し、空に注目する洸夜達。
しかし空は内心をそれどころではない。最早“凶”じゃないのかと疑いたくなるほどの内容に怒りぶつけてたかったが、紙に当たっても仕方ないので、気分転換に御守りを買おうと洸夜達から少し離れ、売店向かった。
売店には色々な御守りが売ってあり、色々と目移りするが取り敢えずは“学業御守”を買おうと手を伸ばした。すると、同じ御守りに誰かと手が重なり、すぐに手を引っ込める。
「す、すみません」
「こっちこそごめんなさい。全く気づかなかったもので……」
「……」
「「ああああ!!!」」
空はここで予想だにしていなかった人物青花 音姫とまさかの再開を果たした。
*
「はい、コーヒーでよかったか?」
「う、うん。ありがとう大空君」
音姫は空から買ってきたコーヒーを受け取り、それを握りしめる。
「……大空君はコーヒーじゃないの?」
「悪かったなコーヒーが飲めなくて。……それよりも…もういいのか?」
「……うん。もう大丈夫だよ。割り切ってはないけど、受け入れて前に進むって決めたから。お母さんのことも、お兄さんのことも」
「……そうか……」
空達が最後に会ったあの日のことを思い出していた。
*
「何故…俺が大樹だと……」
「僕がさっき突き刺したのちに切り落とした君腕。あの時、君の腕は肉付いた感触よりどちらかというと枯れ木を切り落とした感覚の方が強かった。あれがなかったらわからなかった」
そう言って空が馬車から降りると、馬車は光に包まれてどんどん小さくなっていく。そして小さくなった光が消えると小さなプレートの形に姿を変えた。
空中をくるくると回りながら少しずつ下に下がっていくプレートを空中でキャッチして、ポケットにしまう。
「この周辺のことはある程度調べた。最初はこの地域に住んでいないはぐれ妖かと思ったんだが、あんたのあの腕と再生能力を考えてあんたが木の妖だったことはすぐにわかった。でも、木の妖がそう簡単にいるわけがない。若い木なら尚更だ。でも、あんたのような樹齢数百年も生きている木なら話は変わってくるがな」
空が死にかけている木に優しく触れながらゆっくりと撫でていく。
「この木……もう長くないな」
「……わかるのか?」
「こういった自然に異様に詳しい母様がいたものでね」
空が大樹の妖の問いかけに応えながら多くの植物を庭で育てている義母エレナの姿を空は思い出していた。
「(下手をすれば、一種の植物園だよな……)……まあ、少しばかり植物には詳しいってだけだ。永らえさせることはできないから、期待はするな」
「は。最初から期待なんぞしていない。聞いてみただけだ」
ボロボロになっている大樹の妖に視線を戻しながら空はしっかりと妖の姿を確認する。
妖の体はかなりバラバラの状態にもかかわらず、切り取られた腕からも、馬車によって裂かれた胴体からも、全く出血していなかった。
死にかけている大樹の状況を鑑みても、もうこの妖は手遅れなのだろうと空はわかった。
そこへ余程走ってきたのか、息が切らし、大粒の汗をかきながら空の馬車の後を辿って音姫が現れた。音姫の体には少しばかり妖が伸ばした枝が巻きつかれていた。
「あなた!」
「やめとけ」
「でも!」
「ほっとけば勝手に死ぬ」
「え?」
「それよりも、うっすらと聞こえてはいたが……お前、音姫の母親を殺したらしいな」
「……だからどうした」
「どうしてそんな嘘を?」
「……嘘?」
怒りを剥き出しにしていた音姫を落ち着かせるついでに空はうっすらと消えかかっている大樹の妖に音姫の母親について尋ねた。
「……なんの話した……」
「惚けるなよ。命が後少ししかない妖が、自分のテリトリーから出ていくわけないだろ。ましてや、こいつの母親が死んだ場所は都市の中心部だ。お前がそこまで行けるわけないだろう」
「……」
「……本当なんですか……」
空の言葉に妖は応えることはなく、代わりに震えながら妖に尋ねる音姫の姿があった。大樹の妖はしばらく夜空を仰ぎながら、
「……ああ」
短く、そう応えた。
「どうして……どうしてあんな嘘を!!!」
「……」
音姫の問いに妖は応えなかったが、その理由を知っていた空は妖の代わりにその問いに応えた。
「それはな音姫……こいつは、君に殺されたかったからなんだ」
「!……」
「なに…それ……。どうして、そんな事を……」
「たまにいるんだ。自分から死を望む妖が。そんな妖達は必ずと言っていいほど
「自分が救われた人に殺されたがる。心当たりがあるんじゃないのか?」
空の言葉に音姫は息を呑む。思い当たる節がない音姫には何故妖がどうしてそれを望んでいたのかわからなかった。
「ご、ごめんなさい……。私にはわからないわ。私はただ」
「こんなところに一人でいた奴に友人ができた。それだけでも、充分救われるんだよ」
「こんな…ところ?」
音姫は首を傾げながら辺り全体を見渡す。そして少しずつ、暗い表情になっていった。
「ここを見て、どう思った?」
「すごく…寂しそうな場所……」
「そんなところにいた奴に友人ができた。当たり前のこと、当然のこと、そんなことは考えもしなかった筈だ」
「でも、孤独な奴はそれだけでも救われる奴だっているんだ。僕やこいつみたいにね」
空の言葉に何かを感じ取った音姫は、手を胸の前で軽く握りゆっくりと妖の側に近づいていき、頭の側で膝をつき、妖な頭を自分の膝の上に乗せた。
「……どうして…こんなことを……」
「……そこのガキの言う通りだ。俺の命はあと僅かだ。ならこの命を…俺を救ってくれた友人に消してもらいたかった。孤独な俺を救ってくれた君に……」
頭を膝に乗せ思いを語り始めた大樹の妖。その瞳にはもう生気がほとんど感じられなくなり、雲がかかっていた。
「ならなんで、人を食べたり!」
「ああ…あの死体の事か……。あの死体は最初からあそこに放置されていた…。それを食っている光景を見せれば、俺を殺してくれると思ったんだ」
「そんな……」
「だが、それを見せてたところで、お前の優しさは変わらなかった……。だから俺は使いたくない最後の手段で、君を怒らせた。そうすれば、君は俺を殺してくれるだろうと、そう考えたからだ」
「お兄さん……」
「あの時、君は母親の事で怒り、そこにあるナイフで俺を殺させる予定だったのに……」
「ナイフ? そんなものがこんなところに……?! あった」
妖の言葉に空はすぐに大樹の根を確認すると、確かに幹にナイフが刺さっており、それを抜いて音姫達に見せた。
「俺の計画も、お前がいなければ完璧だったのにな……」
「へへ。そりゃ悪かった。悪かったついでに、面白いものを見せてやる」
「面白いもの?」
「……こいつだよ」
面白いものに少しばかりの興味を示した妖は空の声が聞こえた方に首を動かし視線を向ける。空は持っていた携帯を取り出し、ぽちぽちと操作する。そして操作が終わり、2人に見せたのは空や音姫とそう年は変わらないイケメンの男の子と、男の服を着ている可愛らしい女の子が楽しそうにピースをしており、その真ん中にはロープをぐるぐる巻きにされ、ボロボロになって気絶?をしている髪がモジャモジャな男の姿が映っている写真だった。
「……これが一体……」
「この写真はな、さっき撮ったものだ。情報通の奴が集めた情報と腕っ節の強いと一緒になって捕まえた今回の殺人事件の犯人だよ」
「「?!」」
空の言葉に音姫どころか倒れている妖も一緒になって驚いていた。
「あんたの無実を証明しようと思って捕まえたんだ。僕の友達は強いから。ほぼ一撃でこの犯人をのしていたよ。捕まえた後、ここに立ち寄ってあんたがこれ以上何かしでかさないように言おうと思ったのに、君が音姫を悲しませたから思わすな……悪かったよ」
「だったら、ここまでする必要はなかった!」
「後数時間の命でもか?」
「す、数時間……」
後数時間という絶望的なタイムリミットに音姫はとても悔しそうな表情を浮かべる。
「俺は、妖と過ごしていた時間も長いし、それにこうやって命のやり取りもしている。だからなんとなくわかるんだ。ああ、もう長くないなって」
「だから……わかったのか……」
「だから最後くらい、互いに望む形で終わらせてやりたいって、そう思ったんだ」
空は音姫まで近づいて手に持っていたナイフを差し出す。音姫はナイフを見て、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて空の顔を見る。
「こいつは君に殺されることを望んでいる。このまま寿命で死んでしまっら、この大樹は一生後悔したまま死ぬことになる。だから、この大樹を…お兄さんを救う為に、君が、お兄さんを……」
音姫は空の話を聞いて、空の手の上にあるナイフを見つめる。そして震えながらゆっくりと手に取ると、ナイフを強く握りしめた。その表情はかなり強張っており、やがてどんどんと鼓動が早まっていき、呼吸が荒くなっていった。
空はナイフを強く握りしめている音姫の手を覆うように背後から自分の手を回した。
「怖いのもわかる。悔しいのもわかる。自分の力の無さに悔しいと感じているのもわかってる。でも、今回はこの妖を救う為に、この妖を殺すんだ」
「すく……う……」
「……妖や人間には“輪廻転成”という言葉がある。輪廻転成ってのは、いつか近い未来で新たな命として蘇ることを言うんだ」
「輪廻……転成……」
「その中でも、幽霊である妖には必ずと言っていいほど転成する。以前妖だったが死んで、人間として死んだ妖と全く同じ力を持って生まれた変わったっていう話もある」
「そんなことが……」
「でも、それはあくまで殺された時の話だ。だから、この妖を救う為に、笑顔で見送ってやろう君自身の優しい思いで」
「優しい……思い……」
音姫はしばらく手に持ったナイフを見つめると、
「お兄さん。お兄さんには名前がありますか?」
それは妖を見つけるまでに決めたことだった。
「俺の名前か……。ああ…名前なんて名乗るなんて…久しぶりだな」
妖の瞳にはもう完全に空や音姫の見えていないはずなのに、しっかりと音姫のことを見つめていた。
「……俺の名前は樹。大きくて、多くの人を包み込めるような意味を込めて、樹って言うんだ」
「……ありがとう。いつきお兄さん。お兄さんとの日々は本当に楽しかったよ」
「ああ俺も、本当に楽しかったよ。音姫……」
「……今まで、本当に楽しかった。大好きだよ、お兄さん……」
「ああ、俺も……本当に楽しかったよ、音姫……。俺も、大好きだったよ……」
「!!! ……またね……」
「……またな……」
お互いに笑顔で別れを済ませると、音姫は優しく、さて離さないように抱きしめるように妖の心臓を貫いた。
心臓を貫かれた妖は、パリンッ!っという音を立てながら月明かりに照らされる夜空に光となって消えていった。
音姫は光になった樹見ながら声を上げなから涙を流す。悲しくて、悔しくて、それでもなお悲しくていっぱいの涙を流す。
空はそんな強く抱きしめ服が濡れることを構うことなく、音姫が泣き終わるまで音姫から決して離れず、慰め続けるのだった。
*
「あれから色々考えたの。何も知らないまま嫌だから。後悔はしたくないから、前に進むって」
「……そうか。応援するよ」
「ありがとう」
音姫の覚悟に空はつい嬉しくなる。あの時泣いていた彼女が笑えるようになったこと。前に進むと決めたこと。色々な思いについつい嬉しくなる。
「ところで…大空君は妖さんに詳しいんだよね?」
「え?ああまあ、人並み以上には……」
「なら妖について色々教えてね」
「はあ?! どうしてそうなった!」
「私の知り合いに妖さんに詳しい人いないし、それに応援してくれるんでしょ?」
「うぐっ!」
言い返せず空は固まる。それに追い打ちをかけるように音姫は頭を下げた。
「よろしくお願いします」
それを見た空は、音姫のあの姿を見た故か、
「……わかったよ。ただし、僕が知っている範囲までだからな」
渋々了承した。
音姫は顔を上げて笑顔でお礼を言った。
その後洸夜達と着物に着替えてきた曜と合流してきて、空と共にいるのが音姫だとわかると色々と問いただされたのは言うまでもない。




