虹の武士と鉄の馬車
小さい頃から、幽霊と妖の違いにはなんとなくだがわかっていた。
それ故なのか、はたまた違う理由なのか……。僕は…自分のことが嫌いだった。それはもう…思わず自分を殺してしまいたくなるほどに……。
しかしそのことを当然知っている者もいる。トロイとシロンは当然の事、義両親である翼さんとエレナさん。そして、レオナさんの3人。
もしかすると、アイリスも気づいているかもしれないが、僕からは語っていない。アイリスならそんな僕を止めそうだし、僕自身もそれであっさり辞めてしまうと思うから。僕にとってそれ程までに家族というのは大切な存在となっている。
話を戻そう。幽霊と妖の違いが分かるということは人間と幽霊の違いもわかってしまう。人間の持つ他人を蹴落とそうとする圧倒的な醜さを。
だからこそ、僕は…人間が嫌いで、その人間である僕自身が何よりも嫌いなのだ。
そんな僕に翼さんはこう言った「お前は死に場所を求めている」と……。
*
音姫の前に立った空は持っていた刀を横に構え、妖の様子を伺う。妖は切り落とされた腕を抑えながら、睨め付けるように空を見ており、明らかに怒りを露わにしていた。
「おい、テメェ。なんでここにいやがる」
「いやがる…とは」
「テメェとそのガキはなんの関係もねぇだろうが! なのにテメェは、どうしてそのガキを助けたのかって!」
「ああ〜、なるほど。無関係な奴が関わってんじゃねぇよって言いたいのか。まあ言わんとせんことはわかるが、もうその辺の問答は終わったんだ」
「何?」
空はゆっくりと刀を持っている方とは逆の手をあげて切り落とされて方の腕を押さえている妖の方を指差して言い放った。
「俺がやるって決めたんだ。それ以上の理由がいるのか」
なんともわかりやすい理由をさも当たり前のように言い放った。それに驚いて固まり、放心状態になる音姫と驚きつつも、何言ってやがると呆れながら睨め付けている妖の男。
しかし空に映る瞳を見て、次第にそれが本気であることを理解し始める妖。
自然と気持ちが引き締まる。このタイプの人間はいずれ厄介な存在になる。それを長年の直感がそう告げていた。
「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
「? ……なにやっt」
「はああああぁぁぁぁあ…はああぁぁぁぁあ!!!」
「「?!」」
妖が突然叫び始め、何事かと思った瞬間、妖の切断されていた腕が突然にして新しい腕が生えた。
文字通り、新たな腕ガキ生えたことに空、そしてその後ろに控える音姫は大いに驚いた。明らかに人間ができるはずのないことをやったことに音姫は驚き、新しく生え変わったというところに空は驚いた。
(あの妖…あんな人間みたいな見た目でトカゲだったのか……。いやでもトカゲは緊急回避の為に自身の尻尾を切り落とした筈。完全に切り落とされた腕を再生できる程の力をトカゲは持っていたか?)
「はあ…はあ……、考え事とは…はあ…余裕だな……」
「余裕という程ではないが、あんたのおかげであんたどういった妖なのか疑問が増えたよ」
「ならその疑問を抱えたまま死んでいけ!!」
妖は生え変わった腕とは逆の方の手を尖らせ、空に向けて突撃してくる。空はその行動に反応し、持っていたか刀を肩の上まで持っていき妖に向けて駆ける。
互いに突撃しあい、己の武器を引きあと寸前でぶつかり合う。その距離まで接近し合っていた。最初に動いたのは刀を持った空だった。空は持っていたか刀を妖めがけて振り抜いた。
妖の目めがけて振り抜いた刀は真っ直ぐに妖に向かっていき突き刺さった。
空の刀は妖の尖った腕に突き刺さり、刀の軌道を横へ晒した。
空は妖の行動に態勢が崩され妖に背後を取られる。しかし、空も対抗して体を回し、刀が突き刺さった鋭く尖った腕を切り落とした。
妖は切り落とされた腕を押さえて悲鳴をあげようとするが、それを堪えて生えた方の腕を伸ばした…音姫の方に。
妖の伸ばした腕は音姫に向けて伸び音姫の体に巻きついて縛り上げた。
「やろう、僕のことは無視かよ!」
立ち上がった空は妖に向けて刀を振り上げた。しかし、手応えがあったものの仕留めたという感覚を感じることはなかった。
胴体が空中から下半身が落下するも、上半身が落下することはなく、空中で停滞していた。
空は一瞬浮くことができるのかと疑ったが、そもそも切られたことへの悲鳴をあげていなかったことから、すでにあいつに意識がないとそう思っていた。
次の瞬間、伸ばした腕ごとギシギシと音を上げながら地面に落下し始めた。
空はすぐに後ろに下がり、落下してくる腕や上半身を回避する。地面にぶつかったことで落下してきた上半身達はバラバラに崩れ、残骸のようになった。
残骸の方に目をやっていると、林の方からガサガサと草木を掻き分けるような音が聞こえ、そちらの方に視線を移すと音姫がいるべき場所に音姫の姿がなかった。
「な! 最初からそのつもりだったのかよ!」
妖の目的に気づきて空は悪態を吐きながらズボンのポケットにしまってあった空のとっておき、馬車の模様が描かれた透明なプレートを取り出してそれを空中に投げた。
*
林の中を駆ける妖とそれに捕らわれている音姫。
妖は空のヤバさにすぐに気づき、少しでも力をつけようと音姫を攫い、あいつのいない場所で食ってやろうと考えていたのだが、妖の男にとって緊急事態が自身の身に起こっていた。その緊急事態とは、
(何故だ?! 何故切り落とされた腕が再生しない?!)
妖はどれだけ試そうとしても、空に切り落とされた腕が再生することはなかった。
その事に焦りを隠せない妖の姿に先程がから何もできなかった音姫ですら妖のその表情を読み取ることができた。
「……お兄さん」
「黙れ!!!」
音姫がお兄さんと言葉を発すると妖は捕らえている音姫を強く木に叩きつける。
「餌風情が、この俺に話からじゃねぇ!」
「…今までのお兄さんは…全部偽物だったの? 私は、すごく…楽しかt」
「偽物に決まってるだろ」
「?!」
「お前を確実に絶望の淵に追いやる為にわざわざお前の母親を殺してやったのに、無駄なことをさせやがって」
妖の言った言葉に頭の中が真っ白になる。
「……どういう…こと……」
「簡単な事だ。生まれつき強い霊感を持っているお前を絶望に染め上げて俺の力を強くする為に、お前の母親は邪魔だったんだよ!」
裏切られた事への絶望。それだけには飽き足らず、目の前にいる妖が言い放った突然の母の死の真相。母親を殺したものが目の前にいながら、それを呑気に一緒に過ごしてそれを楽しかったと思っていた自分に腹立たしくて涙を流しながら下唇を噛む。
余程悔しかったのか、噛んでいる唇から真っ赤な血が流れ始める。
「目の前にテメェの母親を殺した奴が目の前にいるのに、呑気に笑っていやがるテメェの姿を見てて、笑いをこらえるのは大変だったぜ!」
「……!」
「へ! そんなにベソをかく程悔しいか〜? 安心しなよ。死んでも寂しくねぇように、テメェを母親のところに送ってやるよ!」
妖は涙を流している音姫を捕らえている腕をさらに飛ばして先端を針のように尖らせる。
音姫は涙を流し、唇から血を流し、妖を強く睨め付ける。
「死ね」
ドカーン!!!
妖が音姫の体を貫こうとした瞬間、妖達が走ってきた背後からかなりの猛スピードで木々達を引き倒し、妖達めがけて突撃してくる馬の形をした鉄の塊が後方から馬の速度を速める為のブースターが勢いよく吹き出し、さらにスピードを高めている馬車が突如現れた。
馬車の上には、空が手綱を引きながら妖がめがけて突撃していた。
妖はすぐに音姫を人質にしようとするが、空は先程同様に剣を強く振り下ろし、距離があるにも関わらず、妖の腕を切り落とした。
妖は切り落とされた悲鳴の叫びを上げようとするが、悲鳴をあげるよりも前に馬車が妖を巻き込んだ。
空は妖を巻き込みながらも林の中を真っ直ぐに駆け抜ける。両腕な切り落とされ、馬車に轢かれている妖は、なすすべなく林中を轢かれ続ける。
「バ、バカめ……。俺には再生の力がある。この程度で、俺がやられるとでも」
「残念だった。この馬車にはそんな力効かない」
「え?」
「この馬車は立ち塞がるものを全て轢き殺す。たとえ、どんな力だろうと、どんな能力だろうと、その全てを巻き込んで、轢き殺す。全ての力を破壊しながらな!」
妖は再生を図ろうとするも、その再生する力をしようとすると、その力が自身の中から砕け散り、再生することが不可能になった。
やがて轢かれている妖の体が耐え切れなくなり、バラバラに崩れ始める。それでも尚も止まる事のない空。そして、おそらく林の最深部に到達すると、車体を横に晒し妖を吹き飛ばす。
妖の体はもう既に体の4分の1が崩れ落ち、もう生きているのがやっとの状態でなんとか呼吸をしていた。
「はあ……はあ……はあ……」
「……なあ。もっと…別の方法があったんじゃねぇのか、大樹の精霊よ」
空が倒れている妖から視線を外し、空が見たのはもう既にボロボロに朽ちてそこにあることすら奇跡と思わせるような死にかけの大樹であった。