妖の本質と虹色と羽織
あの人が言っていた。
人に取り入ろうとする幽霊ほど、
厄介なものはない…と……。
*
大きな月に照らされた夜に林をかけるヒールの音が聞こえてくる。その足音はまるで何かから逃げ回っているようなそんな足音だった。
*
最近、お兄さんと会っている公園の周辺から変死体から発見されることが多くなった。
その変死体からは人の肉や骨が発見されず、ただ服だけが残されていた。誰かの置き忘れだろうと考えられていたそれにはべっとりと、人間の血液が染み付いた。服を着ていた人達の血液を取り、持ち主のところまで赴いた所、数日前から行方不明となっており、神隠しとして、事件は難航していた。
その場所が、いつも行く公園の周辺だと気付いた音姫はすぐさまその公園に向かうのだった。
*
空がそのニュースを見たのは、多くの人が寝静まった深夜帯の時間だった。
音姫との出会いから早3日。後数日で年が開けるというそんな日に舞い込んだこのニュース。場所は、空達が住んでいる場所からかなり近い。それ以前に、終業式の日に洸夜達と集まった場所のすぐ近くだった。
「……」
それを見た空は、何故か何処かに出かけるような身支度を整え、荷物は持たず、手には刀身はないが、何かを差し込めるような場所がある刀の柄が握られていた。
アイリスやエレナ達は既に眠っている時間帯だ。空は静かに玄関にある方を履き、置いてあった柄を手にとって、玄関の扉に手をかけた。
すると、空の後ろからカンッ! カンッ!っと何かを叩くような音が聞こえた。空は驚いて後ろを振り返ると、そこには火打ち石を持ったレオナの姿があった。
「レオナ…さん……」
「いってらっしゃいませ、空様」
レオナが居たことに驚きつつも、言った言葉にその意味を理解する。レオナは自分が出かけることがわかっていた。だからこそ、身支度を整え、出かけるまで起きて待っていたのだ。その為の厄除けの火打ち石。
「……いってきます」
「はい……。早くおかえりくださいませ」
挨拶を済ませ、覚悟を決めた空は手に持っていた柄を強く握りしめ、静かに玄関の扉をくぐった。
「……必ず…帰ってきてね、ソラくん」
玄関の扉が閉められ、1人になったレオナ。そんな彼女の声を聞こえた人は…誰1人としていなかった……。
*
公園にたどり着いた私は声を発して彼の事を呼びかける。
「お兄さん〜!!」
誰の返事も帰ってこない。そもそも居るかどうかすらもわからないのに、返事を期待してる方がへんな話だ。
私は公園内を駆け回り、必死になってお兄さんのことを探す。
そして考える。ああ……。私は、お兄さんの名前すら知らなかったんだ……。
もしも……、もしも見つけることができたのなら、まずはちゃんと名前を呼ぼう。名前を呼んで、私のことをちゃんと話そう。
幽霊だけど…人間じゃないけど、私は、お兄さんと…お友達になりたいから。
公園内を駆け回り、そう決意した私は、息を切らしながらお兄さんのことを考える。好きな事、好きなもの、色々なことを……。
すると、公園にある林の奥から何かの物音が聞こえてきた。
もしかして!っと考えて、私は音が聞こえた林の中を走り出す。
しばらく林のの中を駆け抜けると、1人の人の姿が見えてくる。その姿は見たことのある男性の姿で、よく私と話をするお兄さんの姿だった。
「お兄さん!」
私がお兄さんのことを呼ぶと、お兄さんはビクッ!っと反応して、硬直する。
お兄さんの近くまで駆け寄ると、妙な異臭に思わず鼻をつまんでしまう。
「お兄さん。ここはへんなにおいがするから早く何処かに行こう」
「……」
「……お兄さん?」
お兄さんに呼びかけるが、お兄さんはこちらを振り向くことなくただ地面を見つめていた。
「……ねえ、お兄さん」
「あ〜あ、どうしてこんな所に来ちまうかな。せっかくここまで順調だったのよ〜」
「お、お兄さん?」
いつもと違うお兄さんの口調に、私は何故か恐怖を感じてしまう。まるで、お兄さんじゃないみたいな、そんな……。
「ここのまま順調に進んでいけば……いい具合の絶望した人間が食えると思ってたんだがな!」
お兄さんが私の方に振り返り、私はその姿に恐怖した。
口元にはべったりと赤い液体が付いており、いつもの優しそうな表情から一変して恐ろしい顔をしていた。
「少し待ってろ。今は食事中だ」
そう言ってお兄さんは地面に屈み、何かを貪り始める。まるでお肉を食べているような音を出しながらムシャムシャと何かを食べるお兄さん。
私はお兄さんが食べていてるものを少しずつ視界に入れていき、それがなんなのか気付がついた。そして、お兄さんの食べているものがぼとりと落ちて、その姿が露わとなる。
それは人の生首で、顎がなくなった口元から上が転がっていた。
私は恐怖のあまり大きな悲鳴をあげる。そして完全に腰を抜かし、地面に座り込み、体全体がガタガタと震え始めた。
お兄さんはその転がった頭を拾うと、顎の方から頭蓋骨諸共その肉を、脳を、目玉を、全てを食い尽くした。
私は、強い吐き気が体を襲い、堪らず近くの茂みに顔を隠し、全てを吐き出した。
お兄さんは真っ赤な口角を上げて少しずつ近づいてくる。
「まさか、こんな早くお前を食うことになるなんてな」
「お…お兄…さん……」
「わざわざあんな面倒なことまでしてやった、全部意味がなくなっちまったじゃねーか」
「……面倒な、事?」
「ああそうだ。だって、興味のねぇクソガキの昔話なんて興味のかけらのねぇのは当然だろう。それをわざわざ我慢してやったんだ。絶好のカモがやってきたってな!!」
ギャハハっと大きな声で笑うお兄さんを目の前に、私は涙を流す。
悔しさや悲しさ。色々なものが混ざり合ったその涙は、一体なんの思いが込められている涙なのか、私には分からなかった。
「だか…もういいや」
「!」
「そんなことをしなくても、実に美味しそうな絶望の味を味わえそうだ」
「……」
「死ねよ、クソガキ」
お兄さんの手が尖った細長いものに形を変化させると、私に向けて手を構え、私に向けて腕を突き刺す。抵抗する手段も気力をなくなった私は下唇を強く噛み、お兄さんをじっと見つめることしか出来なかった。
死を覚悟した私は目を瞑って少し、前にあった男の子ことを思い出す。
そういえば…あの男の子は知っていたのだろうか……。でも…今更そんなことを考えたって…仕方ないよね……。
私は全てを諦めて、お兄さんに殺されるのを待っていると、
「ぎゃああぁぁぁぁあ!!!」
お兄さんの突然の悲鳴に顔を上げてお兄さんを見る。
お兄さんが私を突き刺そうとしていた腕はなくなっており、その腕は地面の上に転がっていた。その腕から大量の血が噴き出し、その痛みにお兄さんは悶えている。
「すまんな、やっぱり言っておくべきだった」
背後から突然声が聞こえてくる。
その声は、ごく最近聞いた覚えのあるとある男の子の声とそっくりであった。
私は声が聞こえた後ろの方を見てみる。月に照らされているといえど、暗闇の森の影からゆっくりとその少年は現れた。
「名前を名乗らない妖のほとんどは、人間を食べる妖だ。名前ってのは、そいつの証明みたいもので、名前を呼ばれるとその妖を使役できるからこそ、妖は絶対に名前を名乗らないんだ」
影から現れたその少年の手には少し変わった刀が握られておりその虹色の刀身に私は目を奪われる。
「青花、そこにいろ。さっきの話は聞こえてた。お前の気持ちを踏みにじったこのクソ野郎は、僕が叩き潰す!」
綺麗な羽織を羽織った虹色の刀を持った大空 空から私の前に立ち、そう言い放った。