霊感アイドル
公園に戻ってきた空はすぐにあたりを見渡し、あの2人が未だにいるのかを確認する。
……いた。
同じベンチで座っている。しかし、その側には青年の姿は見えない。
空は女の子の方に近づいていく。女の子は空の存在に気付きもせず、今にも立ち上がろうとしていた。
空はその女の子が立ち上がる前に話しかけた。
「こんな所に1人でどうしたのかな?」
*
立ち上がろうとしていた私に話しかけられ、驚いて顔をあげる。目の前には同い年ぐらいの男の子が笑顔で立っていた。
最初はファンか何かだと疑ったりもしたが、その男の子はまるで私に気付いている様子はなかった。
「……別に…何処の誰が1人でいようと、あなたには関係ないよ」
「う〜ん、確かにその通りだね。すまんすまん」
「……もういい? 私、急いでるから」
私はベンチから立ち上がり、早足で男の子の横を通り過ぎていく。
男の子は何もせず、私が横切るのを何もせずに見守る。
「……あの青年とのお話は楽しかったかい?」
私が横切った男の子がそのたった一言だけ言うと、思わず足が止まってしまう。
振り向くと、男の子は私の方に振り返らず、腰に手を当ててふぅ〜っと息を吐いていた。
「あなた…あの人が見えているの?」
私は何故か怯えながら男の子にそう尋ねる。
ドキドキとなる心臓の音を聞きながら、彼の返事を待つ。
「……ああ、見えてるよ。あの青年の幽霊さんはね」
*
公園で話すような内容ではない為、空はこのような話をする時にぴったりの場所に連れて行く。
空の家の近くにある商店街。その中心の場所から少し脇の人通りの少ない小さなカフェ。カフェの周辺では機械を弄るような音やよくわからないような音が響いている。
女の子は、オロオロと首をあっちこっちに降っており、その様子に空はクスッと笑ってしまう。
カフェの扉を開けると、かなり遅い時間故か、そもそもそんなに知っている人がいない為か、店内には数人の客しかいなかった。
「お!そーちゃんじゃねぇか!」
突然お店の人が空に話かけ、その後ろついてきていた女の子は驚いてビクッとなる。
「お久しぶりです雪村さん」
「おいおい、そんな堅っ苦しくのは無しだぜ。俺とお前は、こんな小せぇガキの頃からの…おい、後ろの嬢ちゃんは誰だ?」
「え?ああ、ちょっとな。禁煙の奥の方、空いてる?」
「あ、ああ、空いてはいるが……やはり、血は争えないってことかな……」
「は?何意味のわからないことを」
「いや、別に気にしなくていい。奥の席だったな。付いて来な」
この店の亭主雪村は店の奥の方にある席に空達を連れていくと、そそくさと厨房に戻っていった。空は女の子とどっちに座るかを決めてその対面に空は座った。
「それじゃあまずは自己紹介。俺は大空 空。大きな空に空っぽの空と書いて大空 空だ」
「……それ、空が2つって言った方がいいと思うけど……」
「いいんだよ。俺はこの言い方が気に入ってるんだ。それよりも……」
「ああ、私ね。私は、青花 音姫。青い花に音の姫と書いて青花 音姫と言います」
「……マジ?」
空は目の前にいるのが、あの青花 音姫だということを知って、
「失敗した」
「え?それどういう意味?」
「だって、絶対面倒な事になるから」
「め、面倒って……。本人を目の前にして言うこと?」
「俺は言う。人間だもの」
「詩人みたいなこと言わないでください」
音姫は少し項垂れながら、文句を口にする。空はそんな音姫を見ながら少しだけ本当に後悔していた。
「あ〜、青花さん。俺の事は別に呼び捨てでも構わないよ。確か12歳だろ? 俺も12だから敬語とかもいい」
「あ、そうだったの? それじゃあ、そうさせてもらうね。私の事も呼び捨てでいいから……所で、君はどうして……」
音姫が確信触れようすると、誰かがテーブルを強く叩いた。正確には、叩いたと言うよりも、何かをゴトンっと強く置かれたという方が正しいのだろう。
「……お水をお持ちいたしました」
「おい幼馴染様よ。俺達はこれでも客だぞ。この接客は問題なんじゃないのか?」
「……おまたせ致しました。こちらお冷になります」
「は、はい、ありがとうございます」
「おい。俺の話は無視か」
「ダメダメ幼馴染に接客云々は語って欲しくないね」
「客のアドバイスは聞いといた方いいと思うけどな」
空は、水を運んできたこの店の娘で空の幼馴染の里美とキィ!っと睨み合う。それを目の前にしてオロオロとし始める音姫。しかし、音姫を除く現在店内にいる人達は2人の様子を見慣れているのか、温かい目で見守っている。
「お〜い、里美。次の注文……。なんだまたやってるのか?」
「まあ、よくある事なんだから仕方ないだろ」
「それはわかるけどな……。そろそろ他の料理も運んでもらわないと困るんだよな!」
「ッ! ……さっさと出ていきなさいよ!」
「は! がゆっくりの間違えじゃねぇのか!」
2人は再び睨み合った。
「ああもう! お前らいい加減にしろ!」
亭主雪村の一喝により2人は渋々と言った感じに離れ、里美は厨房に向かい、空は席に着いた。
「……お見苦しいものお見せしました」
「う、ううん。そ、そんな事ないよ……」
音姫は誤魔化すように手を振っている。空はそれを見て、いつもの口調で里美と話していた事を申し訳なく思い、口元には笑みを浮かべているが、とても引き攣った笑みである。
「そ、それで、どうしてあなたは彼が見えてるの?」
「えっと…俺は、物心つく前から見えていたから、あいつらのことが見えていたから、これと言った理由があるわけではないけど……。もし、考えられる理由があるとすればあれかな……」
「あれ?」
「小さい頃からよく見ていた夢。今も見ることがあるんだけど、多分あの人を夢に見るようになってから…なのかな」
「あの人って…もしかして、女の人?」
「よくわかったな」
「女の子は意外と鋭いんだよ。例えば…大空君はその女の人のことが好きとか!」
「……鋭いというか、もはや超能力の域だな……」
空の心をズバリと当てた音姫は、何故か楽しそうにしており、対照的に空の顔は真っ赤になっていた。
空は大きな咳をして話を晒す。途中、厨房の方から大き音が聞こえたが、音姫は未だに笑みを浮かべながら空を見つめていた。
「……君の方は、いつから見えるようになったの?」
「……私は…お母さんが死んじゃった時から……」
「?! ……ごめん…そんなつもりはなかった……」
「へ? いや〜、気にしなくていいよ。もう終わったことなんだから」
音姫は笑いながらメニュー表を手に取って目を通していく。空はそんな音姫を見つめつつも、音姫の言葉について何かを口にする事はなかった。
「……本題に入る前に何か食べるとしますか」
「うん、そうだね……。あ! このパンケーキおいしそう!」
「デザート食べる前にちゃんとご飯を注文しなよ」
「わかってるよ……」
音姫はメニューを見ながら、う〜ん…、う〜ん……っと悩みながらメニュー表とにらめっこをしていた。
*
料理を注文を終えて軽く話をすると、すぐに注文が届く。それ楽しそうに食べ終え、2人は再び話に戻る。
「お母さんが亡くなったのはいつなんだ?」
「……去年の夏……。幽霊が見え始めたのも、その時期から……。最初はお母さんのお葬式の時から、微かに声が聞こえる程度だったんだけど、日に日に増していって、1ヶ月がぐらいだったかな。幽霊が見えるようになってた」
「……そうか」
音姫の話を聞き、空は水を口に含める。音姫の話を聞いても空にはどうして見えるようになったのか、全く見当もつかなかった。
ただ、見えているという事実に変わりはない。
「君は、あの青年と随分と親しいようだけど…付き合いは長いの?」
「そんな事ないけど……。半年ぐらいの付き合いかな」
半年……。空はその言葉に驚きつつも、すこし素っ気ない返事を返す。
「お母さんが亡くなって、塞ぎ込んでいる時に、あの公園で出会ったの」
「……」
「彼は塞ぎ込んでいる私に声をかけて、優しく慰めてくれた。涙を流す私に胸を貸して甘えさせてくれた。周りの人には見えていないみたいだったけど、それでも私にとっては、彼は良い人で、優しい人だったから……」
「……そうか」
音姫は少しずつ顔を赤くしながら、男について語り始めた。空はそれを静かに聞き入っていた。
「……なんか、ごめんね。私ばっかり話しちゃって」
「気にすることない。俺も興味本位で聞いたんだから。……それよりも、ここまで連れてきてなんなんだけど、そろそろ帰った方がいいんじゃないのか?」
「え? そんなに遅い時間かな?」
「トランザーとかにいっぱい連絡とか来てるんじゃないのか?」
音姫は急いで、自分の携帯用端末『トランザー』を取り出して、通知をチェックする。
すると、音姫の顔は真っ青になり、口が縦ひし形になってトランザーを除いていた。
「2時間で120……メールは300件も着てる」
「それってストーカーの域じゃないのか?」
「そ、そんなことないと思うよ。マネージャーなんだし……」
「なるほど、小学生の生活を完全管理して自分無しでは生きられないようにする系のやつか」
「空、お願い。それ以上は言わないで。それ以外に考えられなくなるから」
本当にありえそうなことを言って、動揺やら恐怖やらが現れ始める音姫。
「と、とにかく! 私、そろそろ行くね。……あ! お金……」
「俺が立て替えておくよ」
「で、でも……」
「急いでだろ? ここはいいから、早く行きな」
「……わかった、ありがとう! 今度、必ずお礼するから!」
そう言うと、音姫は急いで店を飛び出していった。
空は座っている椅子にもたれかかるようにして溜め込んでいた息を吐き出す。その顔にはとても悲しそうな表情を浮かべている。
『……嫌な役回りですね』
「仕方ないさ。そういう奴だってたまにはいる。そこを頑張るのが、俺とトロイ達の役回りだ」
『……どんなことがあっても、私達はあなたの味方ですから』
『チュウ!』
自分の中から聞こえてくる2人の声に、暗かった自分の心が晴れやかになる。重かった自分の気持ちが軽くなり、覚悟を決めた空は勘定を払い、お店を後にした。




