トロイとシロンとぬいぐるみ
急いで公園に辿り着くと、もう既に2人は集まっていた。
「遅ぇぞ。何やってたんだ?」
「ご、ごめん。ちょっと、ゆったりしてた」
洸夜は少し機嫌が悪くなっており、それを優雅が諭し、落ち着かせる。
しばらく謝って洸夜が落ち着いた所で、予定通り遊びに向かう。遊びに向かうのはゲームセンター、もしくはショッピングモールである
空達が集まった時は、3人の家以外の時はいつもその2つに向かう。空の家が山の中にある為出来る限り都会の方に。洸夜が空手で室内に閉じこもっていることが多いので、人が多いところに行くことが3人が出かける時の共通の考えとなっていた為であった。
3人は少し話し合い、近くにあるゲームセンターに向けて歩み始める。
公園の出口に差し掛かった時、遠くに見えるベンチに視線がいった。
そのベンチには帽子を深く被った眼鏡をかけた同い年ぐらいの女の子と優しそうな好青年の2人が少しだけ間をあけて座っていた。
「空〜。何してるの〜。早く行こう!」
「あ、ああ。すぐに行く」
空は視線を洸夜達に戻し、すぐに2人の後を追いかける。ベンチに座っている2人の姿を頭の片隅に残しながら。
*
ゲームセンターにやって来た空達は対戦ゲームやコインゲームなどをして遊んでいた。
「今!」
「え……? あ?!」
ただ空だけは、心ここに在らずという感じでゲームの手元を操作していた。それ故、空が操作していたキャラクターは対戦者であった優雅にあっさりとやられてしまった。
「う〜……。ぼーっとしてた……」
「どうしたの空? さっきから上の空になっていることが多いよ」
「ああ……、ちょっとな……」
空は優雅の問いかけに言葉を濁し、対戦ゲームから席を立った。空がいなくなり、誰もいなくなった席に今度は洸夜が着席しお金を入れる。
それを見た優雅は少し口元を緩ませ、新たなお金を投入する。それを確認した空は、気を利かせて2人から静かに離れて行く。
空には、洸夜も知らない優雅の秘密を知っていた。
優雅の秘密。それは優雅が洸夜の事が好きだという事だ。
相談されたのは、去年の事だ。
ある日、優雅に呼び出された空は優雅の胸の内を聞かされた。誠実で、一生懸命で、努力家の彼のことが男として好きなのだと。愛しているのだと。
それを聞いた空は、やはり男の娘だったかと、やはりモテるんだな〜っと思わず納得してしまった。
優雅が誰を好きになろうと優雅の自由だったが、優雅自身は男な上に、ライバルが多そうだなと考えてしまうが、正直断る理由がなかった。
2人には悪い関係になって欲しくないし、むしろ気の合う2人が付き合えば、より良好な関係になる。そう考えた空は、この1年間優雅に協力していたのだが……。
洸夜は予想以上の鈍感だった。わかりやすく言えば、完全武装した難攻不落の城を単身で攻め落とすようなそんな鈍感さだった。
他にも、重要なところで耳が遠くなったり、以上な勘違い野郎でもあった為、全くと言っていい程恋愛関連での進展がなかった。
心の中では、難聴か! 難聴なのか!? だったら早く耳鼻科行け! と思ったり、ちゃんと考えたらわかるだろうが、この格闘馬鹿! と何度も口に出してしまいそうになった。
現在でも、こういう風に2人きりになれるタイミングを見つけては2人から見えないような場所で2人を見守ることが多くなった。
自動販売機にお金を入れて缶の紅茶カディン買い、それを飲む。2人は未だに同じ対戦ゲームで遊んでいる。それを見て思わず頬が緩んでしまうが、すぐに別の事に頭が切り替わる。
それは先程公園で見かけた少女と青年の2人の事だった。
『やはり、あの人はそういう事でしょうか……』
「……いきなり話しかけないでくれ。びっくりするだろ、トロイ」
突然話しかけられた何者かの声を空は特に驚く事なく注意を呼びかける。すると、空から光の球のような物が生み出され、少しの間ふわふわと、空の正面を浮いていると、その光の球の姿が変化した。
その姿はまるで真っ白な毛並みで草原を走る白馬のような姿をしていた。その頭には目にゴミが入らないようにする為か、ゴーグルが装着されていた。
突如現れた真っ白な馬に誰一人気付いた様子はない。まるで見えていないような、そんな感じだった。
『いいではありませんか。私はシロンの様に、単体で現実化をする事が出来ないのですから』
「それはそうだが……」
そんな事を話していると、ゲームセンター内を走る小さな子供の姿が、視界に入ってくる。そしてその子供は真っ直ぐに走り、正面にいるトロイにぶつかりそうになる。子供にはトロイの姿が見えていない。
空は子供を止めようと手をかけようとするが、それよりも先に子供がトロイにぶつかった。
だが、子供は真っ直ぐにトロイを通り抜け、何事もなかったかの様に走り続ける。
『言ったでしょ? 私達はあなたの魔力なのですから、普通の人には触れられないのは当然でしょう?』
「……それもそうだったな」
空は自販機の隣にあったベンチに腰掛けて、紅茶を飲む。
『……少しは珈琲も飲めるようになってくださいね』
「チュウ」
「はい……、以後気を付けます……。ってかシロン、いつのまにか表に出てきたんだ?」
トロイとは対照的に空の肩にちょこんと現れたのは、大きい耳に浴衣と袴を着て腰には剣のような針を避けている汚れのない白ネズミが肩の上で座っていた。
和服の白ネズミことシロンとゴーグルをつけた白馬のトロイ。この2匹はどういうわけか空の中で暮らしている。空には魔力や魔核について説明しているはずなのだが、その事にイマイチピンっときていない空に説明する事を諦めたトロイであった。因みに、シロンはチュウやフガーとかしか話す事が出来ない為、トロイも空に説明する事は最初から期待していなかった。
『それよりも、先程見たあれをどうするおつもりですか?』
「どうするって…どうしようか?」
気になってはいるものの、別段何かをしようと考えているわけでは無い。ただ、なんとなく気になっているだけだ。
『本当にそう思っているのですか?』
「……」
トロイの問いかけに空は返事を返す事なく、誤魔化すように紅茶を口に入れる。
トロイから視線を外し、クレーンゲームの方に視線を移すと、よく見たことのある真っ白な髪が空の瞳に映る。
空は飲んでいた紅茶を飲みあげて、それをゴミ箱に入れて、白髪の人を追いかける。
その髪の人は案外すぐに発見できた。
その女の子はとあるぬいぐるみが置いてあるクレーンゲームの前に立ち、それを見つめていた。
「どうしたんだ、こんな所で」
「?!……なんだ、おに…空か……。どうしたの、こんな所で?」
「こんな所って……。むしろお前の方がゲーセンに来ることの方が珍しいだろうが」
「お、お前って言うな! あかねちゃん達と遊びに来たの!」
「へいへい、左様でございますか。で? そんなお友達とやって来たアイリス様はこんな所で何をしてるのかな?」
「……様とかつけるな、バカ兄ィ。別に。ただ、このぬいぐるみが可愛いな〜って思っただけだよ〜」
アイリスは口を尖らせて、そっぽを向く。空は呆れながら隣にあるクレーンゲームに視線を移す。ケース内には緑色の亀が座っているようなぬいぐるみが置かれてあった。
空はこんなのが可愛いのか?っと疑いながら、一回200円の台にお金を入れてクレーン操作し始める。
アイリスはその行動に興味を示し、空の左腕を摘みながらケース内を覗き込む。ケース内のアームはぴったりとぬいぐるみを掴み持ち上げる。ぬいぐるみはアームから滑り落ちそうになるが、ギリギリアームに引っかかって落ちなかった。
そしてゆっくりとアームが動き始めると、左腕を摘んでいたアイリスの手が強く握られる。というか、締め付けている。その力はかなり強く、強く握られる痛みに耐えながらケース内を見守る。
ぬいぐるみを運んでいるアームは徐々に力がなくなっていき、今にもぬいぐるみを落としてしまいそうになっている。そして、ぬいぐるみが穴の上にあと少しで辿り着くという所で、ぬいぐるみがアームから滑り落ちた。
あ〜!!!っとアイリスが大きな声をあげて少し涙目になる。
落ちたぬいぐるみは穴の側に落ちると吸い込まれるように穴の中に落ちていった。それに少し目を丸くしてケース内を見つめるアイリス。ケース内では穴の上で何もないアームが開き、その場から動かなくなった。
「……やった〜!!!」
アイリスは喜びながら隣いる空を強く抱きしめる。その2人の姿はさながらませた恋人のようであった。
空は落ちたぬいぐるみを回収すると、アイリス両手の上に置いた。アイリスはぬいぐるみと空を見合わせて、嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめた。
その姿を見ながら、1発で取れてよかった……っと内心ヒヤヒヤしながらアイリスを見守るのであった。
*
空とアイリスはいつまで経ってもやってこない連れを待ちながら、ベンチに座っている。アイリスの手には先程空が取った亀のぬいぐるみを抱きしめながら空が買ったカフェオレを飲んでいる。
「……何かあったの、お兄ちゃん?」
アイリスは空の何かを感じとり、問いかける。だが空は……いや、だからこそ空は、その理由を語ろとはしなかった。
空にとってアイリスは義理の妹ではなく、大切な妹だ。そんな妹を自分の事情に巻き込みたくはない。そう考えてしまう。
これは洸夜や優雅、幼馴染の里美や曜にも同様に言える言葉であった。
だからこそ……
「何もなかったよ」
そう答えるのであった。
「……ふ〜ん。そう、わかった」
アイリスは空気の読める女の子だ。その事は多くの人が知っている。それは当然空もしている事だ。だからこそ、空達がアイリスに秘密にしている事があることがあるのはアイリスも空達も理解している。
だがそれでも話さないのは、その事が危険であると空達が理解し、アイリスが感づいているからに他ならない。
故に、空はアイリスには秘密にし、アイリスも深くは尋ねようとしないのだ。
「でも…らしくないな〜」
「……何が?」
「いつものお兄ちゃんなら、『悩むのなんか面倒だから、最初に浮かんだことをやってやるよ!』っていつも言ってるでしょ?」
アイリスはなんだからしくないなモノマネをして、空は思わず笑ってしまう。笑い出した空を見て急に恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして空から視線を逸らし、視線を地面に伏せた。
「……そうだよな。僕は、そういう人間だよな」
「!……お兄ちゃん……」
アイリスは知っている。空が『僕』という時は、いつも何かを決めた時。それも、まるで何かを…もしかすると、命をかけているような、そんな時にいつも空は決まって『僕』っと一人称が変化する事を、アイリスは知っていた。
「お、やっと見つけた。お〜い、空〜」
「あ!アリスちゃん見つけたよ〜……って、坂本くんと神田くん?!」
洸夜達が空を見つけると同時に、アイリスの友達の秋空 あかねと先導 紅葉がアイリスを発見すると同時に、洸夜達にも視線が向く。
あかね達はすぐにアイリスから洸夜達にも目的をずらし、アイリスは思わず頭を抱えてしまう。空も、それを見て本日に何度目かの呆れ笑が溢れしまう。
しかし、すぐに真面目な顔に切り替わり、あかね達に擦り寄られている洸夜達の元に向かう。
「坂本。神田」
「あ、ああ、空。すまんが、助けて」
「悪りぃ。ちょっと用事ができちまった。今日は帰るよ」
「え?いや、空?」
「それじゃあ、また今度な」
空は挨拶をすませると、走ってゲームセンターを出た。
『やはり、あなたにはそれが1番合っていますよ』
「そうかい。そりゃどうも」
空の中に響くトロイの声に軽口で言葉を返し、急いで目的地であった集合場所であった公園に向かうのだった。
一方、突然帰った空に洸夜と優雅は慌ててしまうが、アイリスだけは走っていった空の背中を暖かく見守り、持っていたぬいぐるみを強く抱きしめた
「……頑張って…お兄ちゃん」
そんな呟きのようなアイリスの声はゲームセンターに響き渡る大きな音にかき消されるように誰の耳にも届く事はなかった。