大空家
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「疲れた〜〜」
朝礼も終わり、休み時間となると、空は机にもたれかかるように突っ伏した。
「だらしないわね。それでも男?」
「朝から恨まれながら全力疾走した幼馴染に言うセリフか?」
「言うわよ。幼馴染ですもの」
隣の席に座る里美は、突っ伏している空にむけて言った言葉に、少し拗ねながら言葉をを返す。それを冷たくあしらって机の整理を始めた。
「ところで、明日から冬休みだけど、置いている荷物はちゃんと持って帰ってるの?」
「そこは大丈夫。一週間前から荷物は持って帰ってるから」
「そう…それは残念ね」
相変わらず冷たい幼馴染に呆れつつも、体を起こし、全校集会がある体育館に向かう。
「お〜い、空。全校集会行こうぜ」
「ああ、いいよ坂本。俺も丁度向かおうと思ってたところだから」
立ち上がった空に話しかけたのは坂本 洸夜。その隣には、優雅もいる。
空を含めたこの3人が、いつも一緒にいるメンバーであった。
3人は楽しく話しながら体育館に向かう。しょうもない話から、ふざけたような話、楽しそうに話している3人に、ある1人の先生が視界に映った。
金剛先生だ。
「あ!金剛先生だ」
「……空。ひょっとして……」
「ああ、いるよ。あの子猫」
洸夜が尋ねたのは、金剛先生に乗っている幽霊の黒猫のことであった。
2人は、空が幽霊が見えていることを知っている数少ない人達だ。空が幽霊を見あることを話しているのは、洸夜と優雅を除けば、空の義母親と義父親、そしてレオナだけであった。
*
物心つく前から、空には彼らが見えていた。
小さい頃からの記憶がなく、施設に預けられていた身寄りのない空の近くには、面白半分で彼らが側にいた。
話しかけ、いじめ、追いかけ回されていた空。やがて、人気のない路地裏に追い込まれてた時、のちに、義理の父親となる大空 翼が空を助けた。
翼曰く、自分も似たようなものによく弄ばれていたらしく、いじめられている空を見かねて助けに入ったそうだ。
それから数ヶ月間、週に一度だけ翼は空が生活している施設にやって来た。
やってきた翼は、いつも楽しい話してくれていた。
大きな時計塔、飛び立ついっぱいの鳥達、空に輝く虹色のベール。そして、黄金に輝く麦畑の側で寄り添う大きな獅子と人魚姫。
全てが夢のような話に空は時間を忘れてしまうほどその話にのめり込んでいった。
そんな日々が数ヶ月も続いたある日、
「家族になってみる気はないかな?」
その日、空という少年は、大空 空という少年になった。
*
全校集会も終わり、今年最後の終礼を終えた空は、洸夜達と遊ぶ為に、一度帰宅していた。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
家の中に入ると、いつもは家と隣接しているお店の方にいるはずの義母の大空 エレナが家のリビングに座っていた。
「あれ? 義母さん。お店の方はいいの?」
「少し休憩しているだけだよ。今日は2人とも早く帰ってくるって言ってたのに、友達と遊ぶ約束をしていたからね。少しでも顔を見ようと思ってたの」
エレナは空がリビングに顔を出すと、冷蔵庫の中にあるオレンジジュースを取り出して、コップにジュースを注ぎ始める。
それに気付き、一目散に自分の部屋がある2階に向かい、出かける準備を整えると、義母のいるリビングに向かった。
リビングに着くと、テーブルの上にはジュースが注がれたコップとドーナツが置かれてあった。
因みに、空はドーナツが1番好きな食べ物だったりする。
空はテーブルの椅子に座り、ドーナツに手を伸ばそうとした時、自分が手を洗っていないことに気付いた。エレナは基本優しい性格をしているが、行儀の事などはかなりうるさく叱っている。それを知っている空は、椅子から腰を上げて洗面台に向かって手を洗う。
手を洗い再び席に座った空は「いただきます」という言葉ともに、紙を1枚取り、ドーナツをその紙で包んで食べ始めた。
リスのように頬を膨らませてドーナツを食べる空を見て正面に座るエレナは嬉しそうに微笑んでいた。
*
大空家は少し…いや、かなり変わった場所に住み、変わった家族構成となっている。
空達が住んでいる大きな敷地。山の一部を所有する程の2人なのに、貴族が建てるような豪邸ではなく、家の一部を飲食店として解放している3階建ての一軒家だ。
普通なら山の斜面に建てている家を街の人たちは不思議に思うはずなのだが、山の外にある学校から家の方を見ても、家の影すら見ることが出来ない。
どういうわけか、森の成長が異常に激しく、3階建ての家をすっぽりと覆い隠しているらしい。今では、近くにいる地域の人と、知っている人しか知らない隠れた家となっている。
そんな家で暮らす大空家は5人家族。
空を養子として育てている義理親・翼とエレナ。義妹のアイリス。そして、メイドのレオナさんの5人で暮らしている。
エレナさんについては、空達には多くを語っていない。ただ家の事を手伝ってくれている空達の姉のような人。そう空達には教えられている。
しかし、アイリスだけは空達とは話が少し変わってくる。
アイリスは、エレナが保護した虐待を受けていた女の子であった。
『アルビノ』
そう呼ばれる遺伝子疾患により、母親から忌み嫌われ、父親から暴力を受け、アザだらけとなり、道端に倒れていた当時のアイリスを当時7歳の空が家に連れて帰った。
怪我を治療し、目を覚ました少女に名前を尋ねるも、首を横に振り何も話そうとしない。
そして、翼が何かに気付いたように尋ねたのが「名前があのか?」という問いかけだった。
その子は何も言わず、うなづく事はせず、俯いたままだった。
それを肯定と読み取った翼はすぐさま警察に親を捕まえるように連絡した。
親はあっさりと捕まえることが出来た。真っ赤な瞳の少女の住んでいた地域の人達も、異様な鳴き声に疑問を持ち、警察に連絡することが多かった為であった。
その後、名前のない少女の名前が、〈愛衣〉という名前がある事を知った空達は、すぐに愛衣の名前を呼ぶと、耳を塞いで異常な怯え方をみせた。
彼女にとって、〈愛衣〉という名前は親への恐怖を呼び起こす原因にしかならなかった。
それに気付いたエレナは、少女の側に座り、
「……〈アイマス〉なんてどうかしら?』」
「「……へ?」」
エレナは愛衣に新しい名前を名付けようと名前の候補を上げ始めた。その殆どが変わった変な名前で何度もそれを辞めさせた。
その事に怒り始めると、
「なら、翼くん達は何かいい名前があるの?」
「え? えっと…あ、アイリス……とか?」
指を指された空は、少し悩んで無難そうな名前を口にした。
そして驚いた事に、その名前が愛衣が最も気に入った名前であった。
それ以降、愛衣からアイリスとして少女を養子に迎え、一緒に暮らしている。後になって聞いた話なのだが、アイリスを養子にする時、捕まった親の祖父母に預けてはどうだろうという話も出たらしい。
しかし、エレナはそれを断り、娘として育て上げる決意が揺らぐことがなかったと翼は話していた。
*
そんなこんなで今日まで至っている大空家。だが少し困った事にアイリスは何故か妖や幽霊に好かれ易く、よくアイリスに纏わり憑いている事をよく見かける為、それをあしらう為に、幽霊を見る方ができる事を伝える機会がなくなっていき、アイリスだけが知らない空達の秘密のようなものとなってしまった。
ちなみに、アイリスには取り憑いている幽霊達を見る方が出来ない。
しかも、空を助けた翼も、現在は海外でお仕事をしている為、家に帰ってくる事はあまりない。エレナも同様に忙しく、レオナさんも、エレナを手伝っている為、空以外伝える人がいない。
その事に悩みつつ、手元を見ていると、食べているはずのドーナツがなくなり、オレンジジュースも同時になくなっていた。
いつのまにか食べ上げたのだろうと首を傾げながら、時間を観てみると、なかなかの時間が過ぎていた。
やばいと思った空は急いでドーナツの食べかすのついた口元をティッシュで拭い、席を立つ。
「いってきます!」
「いってらっしゃい」
エレナに挨拶をすませると、玄関の扉をくぐり、集合場所である公園に急ぎ足で向かうのであった。