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TS病に罹って女の子になってしまった親友の恥ずかしさを紛らわすために女装する話

作者: 来宮悠里

 それはいつものような、ある休みの日の早朝。

 一週間ほど休んでいる親友の身を案じながら、俺は休みの日の朝の二度寝の微睡みを味わっていた。

 時間を確認しながら、二度寝を決め込もうと毛布を頭から被ったところで、俺の携帯に電話が掛かってきた。

 ナンバーディスプレイに映る名前は、身を案じていた親友のもので。


「もしもし」

『もしもし!?』


 見知ったナンバーから聞き慣れぬ声が聞こえた。

 声のトーンや慌て方は聞いたことのある物だけれども。

 甲高い声音が叫び声にも近い金切り声をあげているのが、鬱陶しくて俺は携帯を耳から離した。耳をつんざくようなと言う言葉の意味を今まさに身をもって感じ入った。


『き、聞いてくれよ!!』

「聞いてる聞いてる」

『お、おお、俺、朝起きたら女になってら!!』


 この電話越しの女性は一体何を言っているのだろうか。

 いや、今の世の中、数千人に一人の割合で発症する珍しい病気がある。

 慌てて俺を頼って電話してきた、女になってしまった親友。

 十中八九そうであろう。殆ど直感に近い寝ぼけた頭でそれが繋がった。

 一週間ほど休みを取っている理由が高熱由来の体調不良というのがまさにそれだ。

 そして、親友が学校を休む直前に授業が行われた。


 トランスセクシャリティシンドローム。

 俗に言うTS病やTS症候群と言われるものだ。

 数千人に一人の男子にだけ発症するそれは、十五、六くらいになると女性になるという物だ。


「へー、そうか。それはよかったなあ」

『よくねえよ!!』


 正直親友が女になったことより、早朝からそんな話を聞かされるこっちの身にもなって欲しい。朝早く起きるのは余り得意ではないのだから。

 できればもう少し遅い時間に電話をかけて欲しかった。そうすればぞんざいな扱いをしないで済むのに。


『ど、どど、どうすればいいんだ……学校とか……』

「どうもこうも、そのままだろ。そのまま学校に行く」

『やだよ!』

「んじゃ、サボる」

『それもいやだなあ』

「どーしろと……」

『どーすりゃいいんだよ……』

「知らん」


 全くもって、こっちには関係のない話なのである。

 なると言われていたのだから、覚悟はできていただろう。

 俺はなってもいいように準備はしていた。

 確率的には数千分の一ではあるが、無い話ではない。可能性の一端としてそれが存在するなら、それを加味して行動をするべきだろう。

 それを怠った親友が今、電話口で金切り声を上げながらあわあわしているわけで。


『もういい! お前に頼った俺がバカだった!!』


 電話をガチャ切りされた。



 さすがに悪いと思ってその日の内に見舞いに行くことにした。

 俺と親友との仲に遠慮は無用。その心持ちで見舞いの品は特に持っていかない。


「すみません、急にお邪魔して」

「いいのよ、あの子も目が覚めたばかりで混乱してるみたいだから……」


 おばさんに案内されるがままに、最近は随分と行っていなかった親友の部屋の前に立つ。

 ノックを二度。


「誰だ、お袋か?」

「残念だが俺だ」

「は、はあ!? ちょ、ちょっとまて!!」


 がたがたと物音がした。

 正直エロ本の隠し場所や、親友の性的嗜好までしっているのだから、今更部屋の一つや二つが散らかっていようが関係無いのだが。

 気心は知れている。だからこそ遠慮は無用だったのだが……。

 このような扉越しの慌て方をされると流石に少しへこむ。


「いいぞ」


 ぶすっとした声音に誘われるがままに、俺は部屋の扉を開ける。

 もう昼だというのにカーテンは閉め切られ、電気も消されている。

 カーテンの隙間から差し込むごく少量の光量を頼りに辺りを見回すと、ベッドの上にでかい蓑虫が一匹いた。


「何してんだよ……」

「いいだろ……」

「いいから顔見せろよ」

「おう……」


 拗ねたような返事をして、もぞもぞと目の前の蓑虫が動いて顔を出す。

 そこにいたのは、紛う事なき美少女であった。

 艶やかな黒髪、ぱっちり二重の大きな瞳、そして厚みのある柔らかそうな唇。頬はぶすくれているせいか余計ふっくらしており健康的そのものである。

 その美少女が、どうしても元の親友の姿と被らなくて、俺は、


「ぶっ……ハハハ!! ギャハハハハ!! 本当に女になってる、クハハハハ!!」

「お前!! 人が目茶苦茶不安になってるのに笑うなよ!!」

「いーひひひ……すまん、わるい……でも無理だ。あんな体育会系の権化だったお前がそんな美少女顔になるとか誰が想像するかよ! おもしれえ!」


 そう、俺の親友はゴリラと言われてもおかしくないくらいに目茶苦茶ガタイのいい男だ。身長は百八十を優に超え、制服を着たらなんのコスプレなの? と警察に職質されるほどの老け顔の筋肉マッチョなナイスガイだ。

 それが、とても愛らしい美少女に変化しているのだ、笑うしかない。

 どうしてもそれがおかしくて笑わざるを得ない。今目の前に居る美少女の顔付きは親友が昔から言っていた理想の女性像そのものであるのだから。この調子なら、体型等もそれ相応のものになっているだろう。

 学説的には容姿の変化は、本人の精神性に左右されると言うし。


「おまえ、もう帰れよ! ホント何しに来たんだよ!」

「お前が朝っぱらから電話かけてくるから、一大事だと思ってな。てか、まず医者に行け、おそらくTS病だろうけど、診断下るまではなんとも言えんぞ」

「分かってるよ……」

「まあ、大声張り上げられるくらいなら、大丈夫か」

「ほんと何しに来たんだよ」

「友人を心配して飛んできたんだよ」

「そうか……取り乱して迷惑かけた」

「気にするな」


 それから俺はこの一週間学校で会ったことを手短に親友に話して聞かせた。

 最初はぶすっとしていたが、途中から表情もほぐれてそうかと微笑みながら聞いてくれた、不覚にもその姿がとても愛らしくドキッとした自分がいた。

 まあ、見た目だけは美少女なのだから、やはりどうしてもそう言う反応をしてしまう。

 俺だって健全な男子高校生なんだから。



 そしてそれから暫く、奴は引き籠もった。

 恥ずかしいからと、こんなの俺じゃねえとかなんとか言って。

 俺の説得にも聞く耳持たずだ。


 不憫であるとは思う。数千分の一の貧乏くじを引いたという事実は宝くじよりも的中率は高いが、それでも当たってしまった当人には計りしれない物があるのだろう。もしかしたら、この病を望んだ人が罹れば当たりくじなのだろうが、残念ながら、目の前で蓑虫になっている親友にとっては貧乏くじそのものである。


 それから俺は暫く考えた。

 学校で悪態を吐く相手がいないというのは存外暇な物で、張り合いがない。

 だから、どうやって親友を学校に連れ出すべきか一計を案じた。

 おばさんも喜んで協力してくれたことも有り、必要な物はすぐに揃った。

 だぼだぼの男物の服を着た奴の背格好も把握したし、写真も見せて貰った。だからきっと大丈夫だろう。


 TS病についても調べた。

 それは一度罹ったら治る見込みのない不治の病である事、体は女性と同じ物となるということ。ざっくりとした事は調べた。

 戻る見込みがない。これは本人には辛いことではあるが、受け入れなければいけない事実だろう。

 親友が引き籠もって、もう何度と無く見舞いに行った。

 その日合ったことを面白可笑しく報告して聞いて貰う。相変わらず蓑虫状態で顔だけを出している親友ではあるが。

 それでもつんけんした態度を取ることは大分減った。相変わらず美少女の微笑みいう物の破壊力はヤバイ。語彙力が消失する。


 そして、今日は勝負の日。

 準備した物が揃った日でもある。

 俺は大荷物を抱えて親友の元へと向かう。

 呼び鈴を鳴らせばおばさんが顔パスで中に迎え入れてくれて、


「とうとうやるのね」

「ええ」

「あの子のためにあなたがそこまでやる必要は無いのよ?」

「いえ……不安になってるアイツの姿を笑った戒めも含めて、やりますよ」


 それ以上は言葉を交わさず、親友の部屋の前へと案内された。

 扉を二度叩く。


「開いてる」


 その言葉聞いて、俺は親友の部屋へと入った。

 日に日に綺麗になっていく部屋。

 男だったときの面影がドンドン消えていく親友の部屋。

 まるで今まさに生まれ変わり始めているかのようだ。


「今日はなんだ」


 相変わらずの蓑虫、今日は顔すら出していないあたり、大分機嫌が悪そうだ。


「まあ、ちょっとな。てか、医者にはいったのか?」

「行った。もう元に戻らんと言われた」


 やはり、俺が調べたとおりの結果になったか。

 多分今日は、その結果を聞いたからこその不機嫌なのだろう。

 俺も、この日を狙ってやってきたのだから。


「俺なりに対策を考えてきた。そろそろお前が学校に来ないのが色々面倒な事になっている。ありがたく拝聴しろ」

「は?」


 素っ頓狂な声に、俺はくすりと小さく笑みを零す。少しでも食いついてくれたら俺の勝ちだ。

 もぞりと動いた蓑虫がもっと興味を持ってくれるように、今日のお土産を見せびらかす事にする。出資者は親友の親ではあるが。

 そう何日も引き込まれると困るらしい。喜んで資金は提供してくれた。


「とりあえず、顔を見せろ」

「やだね」

「布団はぐぞ」

「ふざけんな! こちとら全裸じゃ!」

「……おう」


 まさかの予想外の返しに言葉に詰まってしまった。

 ちょっと想像して鼻血が出そうになった。残念なことに女性経験が全くもってないのである、仕方が無い。コイツ、見た目だけは美少女だからなあ……。

 それに、おばさんに貰っただぼだぼの男物の服を着たコイツの姿は、だぼだぼの上からでも分かる位に女性らしくなっていたのだから。


「いいから顔だけ出せ」

「はあ?」


 亀が顔出すかのように、頭だけ出した奴。うむ、やっぱり美少女である。目の下とかに隈とかできてるけど。

 あらためて、背中に隠し持っていた包みを見せる。

 包みを破いて出てくるのは俺達が通っている学校の女子制服だ。


「ばっ、おま、おまえ! 俺になんて物見せるんだ!!」

「女子制服。諦めて学校こい。アイドル間違い無しだぞ」

「アイドルになる気はねえよ!!」


 その返しは予想済みだ。

 それに対する反撃の切り札もある。


「ほう、これをみてもか」

 勿体つけるように、見せるのは同じ女子制服。

 サイズは勿論違う。


「は……?」

「お前が恥ずかしいと言うのならば、こちらも恥ずかしい思いをしてやろう」

「は……え? はあ!?」

「俺なりの最善のつもりだったんだが、お前が女子として通うのに抵抗があるなら、俺も女装して通えば、恥ずかしさは軽減されるのではないか?」

「……お前実はバカだろ」

「酷い言い草だ。親友のために夜もよく寝ながら考えたと言うのに」


 最善だと思うのだが、どうもお気に召さないらしい。

 同じ穴の狢が二匹いれば大丈夫だと思ったのだが。

 正直なところ、俺はいろんな人から言われるが、女顔で線の細い体格をしている。口調はなるべく男らしく振る舞ってぶっきらぼうを演じているが、それでも道行く人に声を掛けられると、大体がお嬢さん、もしくはお姉さんである。

 だから、俺には親友の気持ちが少しはわかるつもりでいる。

 女性になると、女性に間違われる、違いはあれども一緒だろう。


 そんな女性に間違われることを嫌悪している俺が、女装すると言う。

 暫くの考え込むような親友の無言タイム。俺の両の手にはサイズ違いの女子制服がある。

 親友の大きな溜息が聞こえた。


「わかった……観念する」


 その言葉を聞いて嬉しくなった。


「よかった。張り合いがなくて困っていたんだよ」

「その為だけにここまでするか、普通」

「してしまった後だしなあ」

「言ったからにはやれよ」

「任せろ。お前を綺麗に出来る位には色々勉強してきた」

「いや、そうじゃねえよ!?」


 美少女をより引き立たせるために、必要な様々なことを調べるのは大事な事だろう。デビュー当初から没落した美少女とか見たくない。

 ならば、世話をしてやるのが必然であろう。その為に色々と準備と練習をして来たのだから。


「お前が女装して俺の恥ずかしさを軽減するというのなら、その条件で登校してやる」


 諦めた様に溜息をつきながら半眼で俺をみながら、そんなことを言った親友。


「ホントか!!」


 もう、恥も外聞も無く身を乗り出してしまった。


「なんで、元気なんだよ、気持ち悪いなあ……」

「友人に向かって気持ち悪いとか、酷いな」

「はあ……まあいいや」


 亀になっていた美少女が、布団から這い出す。

 全くもって全裸であった。身長に似つかわしくない巨乳と括れた腰と。つまるところトランジスタグラマーという奴だ。

 一瞬だけ視界にそれを収め、記憶に焼き付け、何食わぬ顔をして顔を逸らす。


「なんでおまえ、そっち向いてんだよ」

「気にするな」

「……? まあいいや……。制服貸せ」


 よそ見をしたまま、親友が着る分の女子制服を手渡す。

 ごそごそと背中で音を聞き、流石に居たたまれなくなってきた。

 時折、これどうやって着るんだとか言う困惑した声があがるが、無心だ。

 何も見ていない聞いていない。あのおっぱい揺れたら絶対凄いんだろうなあ……。気になる……。


「てか、おい、お前も着ろよ」

「はあ……?」

「俺の恥ずかしさを紛らわすために、女装してくれんだろ?」

「まあな」

「じゃあ、今、ここで着て見せろよ」


 きっと、それはケジメだ。

 俺が女になった親友を一目見て大爆笑した様に、俺も親友に笑われなければならない。

 本来なら完璧に装った姿を見て、笑って貰いたかったがしょうが無い、もっと滑稽な姿で笑って貰うとしよう。


「オーケー分かった」

 諦めて着替える。

 一度袖を通したから着方は問題無い。


「くっ……くくく……絶望的に似合ってねえなあ!!」


 久しぶりに全身でみた親友の満面の笑顔は、笑顔の形こそ変わっているが、肩の振るわせ方、手の動きそんなのが性別が変わっていようと親友の笑い方そのもので、少し安心した。


「そりゃあなあ。なんの用意もしてなければ似合う物も似合わぬ。安心しろ、明日迎えに来るときには完璧にしておいてやる」

「言ったな! 明日楽しみにしてるからな!」

「そんなみっともない着方しか出来ないお前よりもマシな物を見せてやる」


 折角の美少女が台無しの格好である。

 ボタンは掛け違えているし、スカートの丈は見た目に似合っていない。


「お、俺だって明日までにはなんとかするし。お袋とかに頼って……」

「そうか。では、明日だな」

「ああ、明日だ」


 これが始まりだ。



 そして、今はなぜか……


「な、ん、で!! お前の方が人気が出てるんだよ!!」

「我ながら思わぬ才能だったようだ……」


女装した自分の方が人気が出てしまっていた。

 親友はマスコットとして可愛がられているのだが、本人は気付いていない。

 まあ、当初の目的の親友の恥ずかしさを軽減するという役目は果たしてるから良しとしよう。


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[一言] 面白かったです
[良い点] 最高でございました。 ただのラブコメにはないTSでしかできないシチュエーション、同姓だったからこそのやり取り。素晴らしかったです。 [一言] 短編だからこそ完成された素晴らしい作品と感じま…
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