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 教室を出て下駄箱でスニーカーに履き替え、グラウンドを抜けて校門へと向かう。

 会話も無く花梨と肩を並べて歩きながら、鬼神祭について思い返してみた。

 

 お面を被ることによって使用可能となる力を利用し、闘い合うお祭りが鬼神祭だ。

 勝利数によって村での地位が向上し、それに付随して村での優遇制度が広がるおまけ付き。

 

 その祭りの目的は、表向きは豊穣を願った祭事であり、内実は強者を選び抜く選抜戦である。

 花梨から聞かされた話を要約するとこんな感じだが……なんだかなぁ。

 

 俺を本気で誂いたいのか、それとも単なる暇つぶしで嘘を並べ立てたのか判断に苦しむ。

 

 この村の事について何も知らない俺を捕まえて、

 

『神州村には殺し合いのようなお祭りがあるのよ』


 と、大真面目に語っていたところを見ると、本気で俺を誂いにきたんだろうけど、


『お面に宿る力を利用して闘い合うの』


 と、これだと一気に空想世界へトリップだ。


 殺し合いの様なお祭りは無いとは言い切れないが、お面に宿る力は無いと断言できる。

 きっと、話している途中で熱くなりすぎて、我を忘れたんだろうな。


「あたしを見ているようだけど、なに?」


 俺の視線に気がついたらしく、花梨が鋭く突っ込んできた。隙のない女だな。

 

「いや、別に……」


 慌てて前方に目を転じた。

 

 まぁ本気で誂うにせよ、暇つぶしだろうと、俺を冷やかしている事に変わりはない。

 

 別に冷やかすことは構わないが、するならするでハッキリとして欲しい。

 あいまいに魔法というワードを出すから、話が広がって熱くなってしまうんだ。

 一貫性のある話をしてくれないと、信じられんよ。

 

 ほとほと呆れながら校門を出て右へ進路を取ると、花梨も俺の向かう先に歩んできた。

 田舎であるせいか、道は限られているものの、帰る方角は一緒らしい。

 

 同じ地区に住んでんのかな……と思っていると、一灯点滅式信号機のある十字路に差し掛かった。

 その手前で歩む速度を落とす。

 

「俺はこの道をまっすぐに進むんだが、お前はどっちだ?」

「あなたと一緒よ」

「そっか」


 そんな短いやり取りを終えて十字路を突っ切ろうとしたところ、十字路の右方から俺たちと同じ高校の制服を着た短髪の男性と鉢合わせた。

 制服を着ている所を見ると、この人も俺と同様に学校が休みである事を知らずに登校したようだ。

 

 そんな慌てん坊な彼に、勝手に親近感を沸かせていたのだが、どうにも男性の様子がおかしいことに気づかされた。

 

「あ……」


 男は俺達の存在に気がつくや、足を止め、カッと目をむいた。

 次第に顔の血色を失い、間の抜けた様に口を開ける。

 

 出会い頭に人と出くわして驚いている、という様子ではなく、明らかに俺たちを見て……いや、花梨を見て恐怖している面相だ。

 

 何をそんなに怯える必要があるんだ、と訝しむよりも先に、男は自身の頭頂部に向かって手を伸ばした。

 その手の先にある物を掴むだけ掴んで、硬直する男。

 

 男が手にしているものは――それは、真紅なお面であった。

 

「おいおい。またお面かよ……」


 誰に聞かせるわけでもなく、呆れたように呟いた。

 

 この村ではお面を被ることが流行ってるのか? 

 田舎には変わった風習があるとは聞くが、もしかしてその類なのか?

 もしかして、あの「鬼神祭」ってやつが関係しているのか?

 

「いい加減にしてくれよ……」


 またひとつ呟きを零したところ、花梨が男に向かって一歩、近づく。

 すると男は踵を返し絶叫と共にその場を走り去ろうとする。

 が、花梨は彼に向かい穏やかな口調で声をかけた。

 

「そのお面はカグツチね?」


 その問いを受けて、男の足がピタリと止まり、恐る恐る振り返る。

 

「貴方、祭り人でしょう?」


 花梨から放たれたその言葉に、俺は思わず眉をひそめてしまった。

 

 まさかこの男性にも、あのファンタジーな話を言って聞かせるつもりなのだろうか? 

 

 二人が顔見知であるなら構わないが、無関係だと話は違ってくる。

 この男が、花梨が話す『鬼神祭話し』を面白おかしく吹聴して周り、結果として花梨だけに留まらず、彼女の側に居たという理由だけで、俺までイロモノ扱いされかねないんだ。

 

 ほんと、勘弁してほしい。

 引っ越してきたばかりで、『これから』って時なんだから、鬼神祭の話は控えてくれよ。日向花梨さんよぉ……。

 

 そう気を揉んでいたのだが、意外なことに、振り返った男の目には大粒の涙が溢れていた。

 

「う……うぅ」


 男は口を真一文字に結び、顔を歪めている。

 

「どうなの?」


 花梨は、これまた穏やかな口調で返答を要求した。

 

「……」


 しかし、男は相変わらず黙ったまま。

 そんな男の様子をうかがい続けていた花梨だが、なかなか返答が得られない事に困り果てたのか、「うーん」と小さく唸り、男と同様に口を閉ざしてしまった。

 

「……」


 静まり返ってしまった一帯。

 小型の昆虫が冷やかしに来るくらいで、目立った動きがないまま時は過ぎていった。

 

 ……どうすんのよ、これ。

 

 きまずい雰囲気の中で、三分ほど待たされたと思われる。

 男は辛うじて分かるほどに怒らせていた肩をガクッと落とし、白い顔を伏せると震える声で切り出した。

 

「……そ……そうだ」

「げぇ……」


 と、無意識にうめいてしまった。

 

 どうやらこの男性は既に誂われた口らしい。

 それに、こんなにも憔悴する程だから、鬼神祭話に長時間付き合わされたと見て間違いないだろう。

 花梨はあちこちに手を広げて冷やかし回っているようだ。なんというか……この男に同情してしまったよ。

 

「闘う? 降参?」


 花梨は小声で二択を迫った。俺の時と同様の対応だ。

 すると、男は体を低く構えるや、

 

「闘う……」


 覇気の無い弱々しい声で応えた。

 

 俺も闘う事を視野に入れていただけに、興味がそそられていたのだが――事態は俺が思っている以上に深刻を極めていた。 

 

 お面を被り、戦い合うお祭り『鬼神祭』。

 

 その異常とも言える祭事が歴として存在する事を――身を持って体験する時間が始まった。

 男はずらしていたお面を手早く顔面に寄せるや、右腕を前方へと突き出す。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!」


 猛り狂った獣のごとく叫ぶと同時――俺たちに向かって赤々とした炎の塊が迫りきた。

 それはまるで火炎放射器を向けられたような、分厚い炎の塊であった。炎が奏でる低音が、腹の奥底を震わせる。

 

「え?」


 俺の思考は完全停止した。

 

 あまりにも突然で、あまりにも理解不能。

 

 頭の中が真っ白となり、迫り来る炎を前にしても、その場に立ちすくむことしかできなかった。

 逃げようという考えには至らない。

 いや――至れない。

 それほどまでに唐突にやってきた業火。

 

「は?」


 気が付くと、俺は花梨に襟首を掴まれており、その場から退避させられている事を知らされた。

 尻餅をついている俺の横っ面を、真っ赤な炎が通り過ぎていく。

 

「わぁぁぁ! な、なんだよ、これ!」


 腰が砕けてしまい、その場から立ち上がれない俺は、這いつくばるように炎から距離を取る。

 が、火の粉が制服に燃え移り、炎が上がった。

 

「うわうわぁぁ! あっつ!」


 燃え移った炎を、手の平でがむしゃらに叩く。

 そんな慌てる俺とは対照的に、花梨の落ち着いた声が上から降ってきた。

 

「分かってもらえたかしら?」


 見上げると、俺の側には花梨が悠然とした態度で屹立している。

 そんな彼女は、頭に載せていた赤地のお面を、いつの間にやら顔面へと装着していた。

 

 よく見るとそれは、口元を大きく引きつらせた般若のお面だ。

 

「な、なにをだよ! 何も分からねえよ!」

「取り乱さずに、しっかりと見ていなさい」


 言った花梨は腕を振り上げる。

 

 彼女の挙動を半狂乱で見ていると、十字路の角地に建てつけられている巨大な長方形の案内標識が、地を揺るがす振動を伴ってコンクリの地面から引き剥がされた。

 ――間もなく、追尾ミサイルのように追いかけてきた炎が俺たちを包みこむ寸前、案内標識が凄まじい速度で俺たちと炎との間に割って入る。

 

 標識が盾となり、炎から俺たちを守る形で眼前を覆ったのだ。

 

 標識の脇から漏れ出る炎が、トンネルのようにアーチを形作る。

 

「そんな小手先の技術では、あたしには勝てないわよ」


 尋常ではない熱により、鉄製の案内標識が端からドロリと溶け始める。

 それほどまでの高熱であるにも関わらず、花梨の態度は涼し気であった。

 

「そろそろかしら」


 奏でられる炎の低音に、花梨の落ち着いた声が交じる。

 

 何が『そろそろ』なのか知らんが、どうしてお前は落ち着いていられるんだ。

 身の危険に曝されているのに、どうして爽やかでいられるんだ。

 俺はパニックに陥り、発狂寸前まで追い詰められているのに、どうしてお前はそんなに強くいられるんだ。

 

 もう、やめてくれ……。

 もうやめてくれ!

 

 そんな悲鳴が喉を通って外界に漏れだす寸前、絶え間なく続いていた炎が途切れた。

 その一瞬、花梨が動く。

 

「まだまだね!」


 花梨はまるで投擲でもするように、大きく腕を薙いだ。

 すると、朽ちかけた看板がとてつもない速度を伴い、低い風切音を立てながら一直線に進む。

 

 猛進する看板の先は、赤いお面を被る男。

 

「あああぁぁぁぁ!」


 看板は男を巻き込みながら、傍にある民家の塀に激突。

 鉄の触れ合う甲高い金属音を撒き散らしつつ、男もろとも路面に凪ぎ倒れた。

 

「な……何が起きてんだ?」


 俺は、幻覚を見てしまったのだろか――という疑問は、早々に打ち砕かれる。

 

 炎がまやかしでない証として、地面はススで汚れたように黒々とした線を伸ばしていた。

 そればかりか、温度差により生じる陽炎までもが出来ている。

 溶かされた鉄から、刺激臭が立ち上ってもいた。

 終いには、この辺り一体は異常なまでに熱せられていた。

 

 その火傷しそうなほどの熱が、俺に事実を知らしめてくる。

 

 ――鬼神祭という存在を。

 

「まったく手応えがないわね……」


 毒づいた花梨は一つ息をついて俺に振り返ると、尻餅をついている俺の側に寄り、

 

「どうかしら。これでハッキリとしたでしょう?」


 弛緩しきった体はいう事を聞かず立ち上がれない。

 ただただ唖然として花梨を見上げた。

 

「どうしたの? ほら」

「あ、あぁ……」


 花梨が手を差し伸べたのでそれを掴んで立ち上がる。

 が、足が震えて上手く立てない。

 

 ツーサイドアップの小柄娘は襲い掛かってきた短髪男に向かって歩むと、地面にくたばっている彼のお面を剥ぎ取り、それを自身の鞄の中へと押し込んだ。

 

「もっと精進なさい」


 言った花梨が俺へと向くと同時に、どこからともなく低いサイレンの音が木霊する。

 

「鬼神祭の終了を告げるサイレンね。さぁ、帰りましょうか」


 お面を取り外した花梨の表情は、それはもう被る前と大差ない無表情さであった。

 

「ほら、行くわよ」

「は、はい……」


 先を行く花梨の背を追いかけ、ぐったりとしている短髪男の横を抜ける。

 が、混乱の境地に達している俺の頭だが、事態の深刻さを理解できる余力は残されていた。

 

「救急車……。救急車は呼んだか?」

「いいえ」

「そっか。じゃあ、俺が――」


 ポケットから携帯電話を取り出そうとしたものの、花梨が俺の腕を掴んで静止させる。

 

「呼ぶ必要はないわ。何も心配はいらない」


 眉一つ動かさない無感情な花梨が、とても不気味に感じられた。

 

「ば、馬鹿言うな。どこが大丈夫なんだよ。血を流しているんだぞ? どうみても重体だぞ」

「何も心配はいらないと言ったはずよ。守司しゅじが見ているのだから、彼らに任せておきなさい」

「見ているって……な、何を言ってんだよ? 意味がわかんねえよ」

「分からなくて当然ね。これが鬼神祭なのだから」


 花梨は俺の腕を強く引くと、

 

「あなたもああなりたくなければ、闘う相手は慎重に選ぶことね。さ、帰るわよ」

「お、おい」


 花梨に腕を引かれてその場から離れると、どこからか現れた男性二名が、案内標識の下敷きとなっている男に駆け寄り、手当と思しき措置を講じている。

 

「な……何なんだよ、一体……」


 俺の頭の中では情報が錯綜し、何一つとして理解できずに苦しんだ。

 

 人が重症を負っているにも関わらず、放っておく今の状況も理解に苦しむが、ファンタジー世界で見るような『超常現象』が、特段に俺の頭を悩ませた。

 

 物理学に反する状況の数々は、この地球上ではあってはならない事だ。

 それがまかり通る事となれば現代物理学は覆り、世界はパニックに陥る事は必至。

 

 だが現実は穏やかに流れており、魔法紛いの代物がメディアに取り上げられ、茶の間を賑わしていない。

 

 先日観たテレビは、どこぞの芸能人が不倫をした末の離婚という至極どうでも良い話題で持ちきりであった。

 魔法が使える少年少女現る、といった超常現象特集など組まれていない。

 

 それを踏まえて考えると、俺は幻覚を見たという考えに行き着くしかなかった。

 

 案内標識が倒れ、短髪男が下敷きになるショッキングな光景を目の当たりにした俺の脳は、精神の均衡を保つ為に幻覚へと差し替えたのだ。

 それはそれで色々と問題だが、それをとっても俺は正常だと思いたかった。

 

 人間は魔法紛いの代物なんて扱えないのだから。

 

 

 俺は、正常だ。俺は、狂っていない。

 

 

 そう自身に言い聞かせていると、いつのまにやら俺は自宅前に到着していた。

 

「ここが自宅なの?」と花梨。

「あ、あぁ……」

「あたしはこっちだから。さよなら」


 家の前を通り過ぎて行く花梨の背を、小さくなるまで見送った。

 呆けていた頭を叩き起こし、玄関扉を開けて家の中に入る。

 

 何も変わらない朽ちた屋内がそこに広がっていた。


第一章おわり

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