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それは煤けたように真っ黒な、老人の顔の『お面』であった。
鞄の中に見覚えのないお面が入っていたという事実に戸惑いが隠せない。
「この村にはね、高校生が参加対象のお祭り、鬼神祭があるのよ」
唖然としてお面を見下ろしていると、花梨が淡々とした口調でそう話した。
「えっと、あの。その鬼神祭とやらが、このお面と関係があると言いたいのか?」
「もちろん。鬼神祭に参加するには、お面を着用する義務があるから」
「……へ、へぇ」
「その鬼神祭は、田楽のように豊穣や無病息災を願うものよ。お互いの内に巣食う鬼を闘う事によって追い払い、相手のお面を貰い受けて福を呼び寄せる事がならわし」
鬼神祭とやらを話半分に聞きながらも、鞄の中にお面が入っていた謎に頭を悩ませる。
おそらく犯人は母さんだと思われるが、どうしてそんな勝手な事をしたのだろうか。
「でも今の話は表立った鬼神祭。本来の目的は、村が個人の適性を見るところにあるの。このお面には特殊な願が掛けられており、お面に宿っている力を利用して――」
「待ってくれ。特殊な願? 宿っている力? 一体何の話をしているんだ?」
耳を疑うトンデモ話が始まり、思わず口を挟んでしまった。
ただでさえ出処の知れないお面が鞄の中に入っていたのに、余計と混乱を誘うような話をしないで欲しい。
「真面目に聞く気になったの?」
花梨の冷然な視線が俺を貫く。
真面目に聞かせたい話なのか疑問だが、一応は耳を傾けている。
「真面目に聞いてるよ」
「そう。なら黙って聞いていなさい」
と、花梨はあしらうように冷たく言い、話を再開させた。
「お面を被ることにより、特殊な力の発動があるの。いわば魔法のような超常現象よ」
花梨は俺から面を取り上げると頭へと固定するゴムを引き、俺の頭頂部へと載せてきた。
またしても謎を誘う行動に出られたが、抵抗することを諦めた。
花梨は続ける。
「お面の数だけ力は存在し、そして一つとして同じ力はない。そんな特殊な力を有すお面を利用して闘い合い、勝利数を村に見られる。将来的に見て村で役立つ人間となるかどうか。それらを見極める事こそが鬼神祭の本来の目的。強者が生き残り、弱者は淘汰される簡単なシステム。五日間の日程で行われる村の変った祭事。それが鬼神祭よ」
朗読するかのように垂れ流した花梨はいったん言葉を切った。
えっと、言わんとすることは分かったが、それにしても反応に困る。
闘うお祭り――と聞かされて、随分と乱暴なお祭りが行われているんだなと肝を冷やしたが、魔法という言葉が出た事により冷静になれた。
これ、慌てた反応を示したほうがいいのか、落ち着いた反応を示したほうがいいのか。
本当に、どんな反応をしていいのか分からない。
どちらにせよ、俺たちそういう冗談を言い合う仲じゃないにも関わらず、何を思ってこういうトンデモ話を俺にしたんだろうかと理解に苦しむ。
花梨は消え入りそうな声で話を続けた。
「そして、その祭りの参加者が祭り人と呼ばれるのよ」
つまり、と言いながら俺を指さした花梨は、
「あなたも祭り人にあたるわね」
「な、なるほどね……」
「どう。これで分かってもらえたかしら」
分かったことと言えば、花梨は冗談が好きという点だけだ。
「あぁ……。バッチリと理解できたよ……」
苦く笑ってそう答えると、花梨は口を閉ざし、俺に嫌悪感むき出しの視線を向けてきた。
「ふぅん……」
きっと、俺が真剣に聞いていないと思って不愉快に感じているんだろう。
だけどな、真剣も何も、そんな与太話を信じろって方に無理がある。
俺を誂って楽しんでいるとしか思えん。
「信じようが信じまいがどちらでもいいわ」
俺の心を見透かした花梨は立ち上がると、再び尋ねる。
「では、改めて聞かせてもらえるかしら。あなたは祭り人?」
「お前の話だと、俺は祭り人なんだろ? 何故改めて聞く必要があるんだ?」
「答えは、はい、か、降参か。どちらかで答えて」
なんだそりゃ。
そこは、はい、か、いいえ、じゃないのかよ。
「さっきの話だと、はいと答えると闘うことになるんだよな?」
「その通りよ」
「じゃあ降参と答えれば?」
「そのままの意味よ。降参する事」
「降参するとどうなるんだ? 淘汰されると言ってたが、悪影響があったりするのか?」
「えぇ、当然あるわ。村人としての地位が下がるのよ」
地位か。
当初は魔法という眉唾な話であったが、急に現実的な話に寄せてきたな。
「地位が下がるとどうなるんだ?」
「具体的に話すと、所持するお面が底を尽きると地位零。それと終日までに所持するお面の数が二枚以下であっても地位零。地位零とはつまる所、村での生活が苦しくなる事よ」
「そ、それは理不尽だなぁ!」
話に乗るように、わざとらしく驚いてみせたが、花梨は不愉快とでも言いたげに、大げさに顔をしかめた。
「ねぇ。あたしの話を真面目に聞く気は無いの?」
「いや、そんなことはないぞ。真面目に聞いているさ」
俺は自身の薄い胸をポンと叩いた。少しオーバーだったかなと反省する。
「それならいいけど」
「それで、闘いを挑んで勝つとどうなるんだ?」
「負けた相手からお面を頂戴するのよ。獲得したお面の数によって地位が向上し、村での生活がそれに比例して楽になり、優遇制度の幅も拡大する。地位は十二段階評価よ」
現実的な話に寄せてきたと思ったら、またとっ散らかってきたぞ。
よくわからん闘いの勝利が村での優遇制度に関係するって――もしかしてあれか?
強者が生き残るって話に繋がるのか?
頭の善し悪しじゃあるまいし、どう考えても無理やり過ぎるだろ。
「闘いの勝敗で村での地位が変化するなんて、法治国家の日本では考えられないんだが」
「この村に限らず、どこの村でも大なり小なり、似たような風習やしきたりが行われているものよ」
「そういうもんかねぇ」
淡々と説明されるから、本気で俺を誂いたいのかどうか分からんな。
「それで、闘うの? 降参するの?」
言った花梨はガッと机に身を乗り出し、
「祭り人かと問われたら、答えを出すのが絶対条件よ。答えなさい」
「んー……」
俺は首をひねらせ、虚空に視線を漂わせた。
そして、
「……考えさせてくれないか?」
闘いに興味はあるが、そんな妄言に付き合って面倒事を背負い込む形になっては困るので回答の先延ばしを要求した。
俺の返答を受けた花梨は、粘り気のある視線で俺を見つめ続けた後、しばらくして椅子から立ち上がるや、甘い香りを残して自身の席へと戻っていった。
「……別に構わないわ。何も知らない転校生だものね」
あっさりと身を引いてくれて、心底ほっとした。
「そっか。助かるよ」
自身の席へと戻る花梨に向かって続けて言った。
「それはそうと、祭り人とやらに狙われるかもしれないのに、ここにいてもいいのか?」
花梨は足を止めると、横目で俺を見やる。
無関心さが舞い戻った様な冷めた目つきだ。
「言ったと思うけど、母が闘に行けと言うの。強いお面を持っているが故の宿命かもね」
「そういえばそんなことを言ってたな。お前も色々と苦労してんだな」
花梨は着席すると、再び本に視線を落とした。
俺は、ゆったりとした彼女の動作を見届けながら思い返す。
お面を被る事によって使用可能となる力で闘い合う、ってのはどこか男心をくすぐる話ではあるが、そもそも俺が今、頭に乗せているお面で――どうやって力を行使するんだ?
呪文を詠唱するのか?
それとも魔法陣を書いたり、祈りを捧げたりするのか?
そこんとこを具体的に聞いてみたいところだが、花梨を見る限り話しかけると闘う意志があると勘違いされかねんので止めておこう。
いやいや、そもそも深く関わりあうという事は、面倒事を引き受けるってことなのでやめておくことが正解だ。
その後、花梨とは会話も無くなり、教室内を静寂が支配した。
壁にかけられている時計の針と、花梨のページを繰る所作以外、動きを止めた空間が出来上がっている。
「う~ん……」
このまま何もせずと時間を潰すのは勿体無いと思い、図書室から借りてきた一冊の本を読む事とした。
ミステリー小説だ。
漫画を探してみたのだが、図書室にはそんな娯楽はおいておらず、堅苦しい参考書か小難しい小説しか置いていなかった。
家に帰っても母さんと出くわしては面倒なので、この機会に本に触れてみようと考えての小説だ。
読み慣れない小説に悪戦苦闘しながらも、次第に時が経つのを忘れ、活字の楽しさが分かり始めた頃には、すでに陽が落ちかけていた。
そろそろ帰っても大丈夫だろう。
自身の集中力に驚かされながらも、俺は帰り支度を始めた。
花梨はというと、相変わらず本にご熱心な様子だ。
俺は椅子を押して立ち上がる。
「日向は帰らないのか?」
尋ねた所、彼女は本から顔を上げると壁の時計を見つめ、考え込む様に小さく呻いた。
しばし呻き続けた花梨は、音をたてずに本を閉じると、そっけなく囁く。
「そうね。帰るわ」
「そっか。じゃあ一緒に帰るか?」
「……」
花梨から返答を得られなかったが待ってみることにした。
が、全く反応がないまま、荷物を纏め終えた彼女は、さっさと教室の出入り口に向かって歩き出す。
そして一言、
「いいわよ」
俺に背を向けたまま答えた。
回答を貰えるまでに随分と時間がかかったが、彼女なりに考える所があったのだろう。




