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 授業の進行具合は前校とさして変わりなく、トラブルなく学校生活が送れそうと安堵したが、そう上手くいくほど人生は優しくなかった。

 軽微だが、早速問題が浮上したのだ。

 

 先ほどの『力』の話を水無月に振ったのだが、

 

「そのうち分かる」


 との答えが返ってくるだけで、真相を教えては貰えなかった。

 どうしても知りたい内容ではないし、しつこく訊いて印象を悪くしても今後の高校生活が過ごし難くなる。

 ほっとけばその内わかるそうだから、深くは追求しなかった。

 

 授業をそつなくこなし、休憩時間に時折話しかけてくるクラスメイトに穏やかな対応をとりながらも、そうこうしているうちに昼休憩となった。

 

 そう。

 問題はこれだ。弁当なんて持ってきてないよ。

 

 仕方がないので校内をウロウロと廻って売店を探してみたのだが、一向に見つからない。 

 校舎内には無いのかと思い、グラウンドに出て見渡してみたが発見する事が出来ず、泣く泣く教室まで戻ることに。

 

 そんな折、階段踊り場で同じクラスの女子と遭遇した。

 ツーサイドアップの小柄な可愛らしい子だ。

 

「あ、あの。同じクラスだよね?」


 彼女に売店の場所を尋ねるべく声を掛けたのだが、

 

「えぇ。何の様かしら」


 実にそっけない。

 目つきは不審者でも見るように眇めているし、悪いことでもしているような錯覚に陥ってしまう。

 

「えっと、売店ってどこにあるか知らない?」

「……この学校には売店なんて無いわ」


 抑揚なく言った彼女は俺の横を抜けて行った。

 なんと愛想のない子だ。しかし教えてもらえたことには変わりない。

 

「ありがとう」


 彼女の背に向かってお礼を伝えたが、小柄娘は振り返る事なくどこかへ消えていった。

 

 

 

 

 結局どうする事もできず、教室に舞い戻って皆の食事風景をしげしげと眺めるだけ眺め、空腹で軽いめまいを覚える中、五時間目の授業に突入した。

 

 腹が減って死にそうな身体を奮い立たせながら全科目を終了し、一緒に帰る者がいないのでさっさと教室を後にしたのだが、俺に興味を持ったクラスメイトが走って追いかけてくるイベントなど発生せず、気が付くと俺は自宅へと辿り着いていた。

 

 初日はこんなもんだ。

 そのうち親しい友達ができるだろう。

 

 そう楽観視し、家の玄関扉を開く。

 

 家屋に入って早々、鬱々とした気持ちを抱かせてくれるこのボロ屋敷はどうにかならんもんかね。

 まるでお化け屋敷にでも入った気分だ。

 

 自室へと直行し、着替えを終えて母の帰りを待った。

 何をする事なく、ただじっと待つ。

 

『帰って説明する』


 兎に角その説明を欲し、俺はひたすらに母の帰りを待った。

 

 なぜ急に引っ越すこととなったのか。

 それもこんな田舎に、だ。

 仕事であれば仕方がないが、何故俺に一言もなく引っ越したのかも気になる。

 唯一の肉親である俺に説明が無いのは、やはり気分のいい話ではない。

 

 

 

 

 時刻は七時を過ぎた。

 普段であれば、そろそろ母が帰宅する時間だ。

 

 落ち着き無く壁掛け時計を睨みつけながら、今か今かと待ちわびていた所、午後七時半を過ぎたあたりで玄関のすりガラスがバリバリと音を立てる。

 急いで玄関へ向かうと、えらくやつれている母の姿がそこにあった。

 

「おかえり」

「……ただいま」


 母はか細く帰宅の挨拶を告げると、ヨロヨロとした足取りで自室へと入っていった。

 その後を追って部屋の前で待つこと数分。着替えを終えた母が疲れの残る顔で出てきた。

 

「あらやだ。こんな所で何やってんの」


 俺が部屋の前にいることを不審に思ったのか、母は怪訝な面持ちで尋ねてきた。

 

「説明を聞きたくて待ってたんだ」

「あぁ、その事ね。部屋の前で待つ必要なんてないでしょ」

「まぁそうだけど……」

「転勤よ」

「は?」


 一瞬、母の言った言葉が飲み込めなかった。

 

「説明が聞きたいんでしょう? だから転勤で引っ越すことになったのよ」


 リビングへと向かって歩む母。

 今朝方、散々勿体ぶった割にはありきたりな理由だ。

 

「え、それだけ?」

「えぇ」

「そ、そんな……」


 愕然と項垂れつつリビングダイニングへと入り、椅子にどかっと腰をかけた。

 

「変に不安を抱かせちゃったようだけど、それが理由よ。どう? 安心した?」


 と、母。

 安心も何も、俺は一言欲しかっただけだ。

 

「転勤って急に決まるわけじゃないだろ。どうしてその前に一言くれなかったんだ。学校での挨拶だってしていないし、友達にだってそうだ。何もかも前の住居に置いてきてる」


「それは悪かったわね。でも急な人事異動で、私もてんてこ舞いだったのよ。仕事場では後任への引き継ぎもあるし、学校関係の手続きだってそう。水道やガスなどの廃止や、お役所に出す書類なんて膨大よ。とにかく身の回りのすべき事がたくさんあったのよ」


 母はエプロンを身につけると、冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。

 続けて母。

 

「だからと言って、忘れていたわけじゃないの。俊に伝えて、『俺は行きたくねぇ!』って拒否されたらと思うと……怖くてね。実際の所、この歳で再就職なんて厳しいから、どうしても受け入れざるを得なかったのよ。俊に伝えなかった事は、許してほしい。でも分かって欲しい」


「うぅ」


 母の気持ちは理解出来るが、やはり一言欲しかった。

 

 心にしこりを残しながらも、俺は素直にうなずいた。

 うなずくしか無かった、といえる。

 全てが終わった後なのだから、何を言った所でいまさらだからだ。

 

「あぁ……。分かったよ」

「素直な子で良かったわ。流石私の子ね」


 もうあの地へ戻る事が出来ないのなら、ここで頑張るしかあるまい。 

 急な引越しで泡を食ったが、ダラダラと引越作業に時間を費やすよりは随分マシだったかもしれない。

 

 そう前向きに考えるより他なかった。


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