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29:エピローグ

 鬼神祭の結果報告は、各々の携帯電話へメールで伝達されるというものであった。

 

 役場から受けたメールは、

 

『面数:三枚 暫定冠位:一遠(前冠位:百戒)』

 

 とだけ書かれたシンプルなものであった。

 

 打ち上げ花火でフィナーレを行うわけでもなく、閉祭式で華々しく幕を下ろすわけでもない。

 しめやかに始まり、しめやかに終わりを迎えた鬼神祭。

 

 これで何が変わるのか分からないが少なくとも、俺は与えられた枠の中で精一杯もがき、苦しみ、そして枠を飛び出して、見せしめを覆し勝利を手に入れた。

 それもこれも花梨や水無月のおかげだ。それに母。まわりのサポートがあってこそだが、共に怪我をし、共に苦しんだ事はかけがえのない記憶として心の中に深く刻みこまれた。

 

 

 

 

 


 暖かな陽気。

 肌寒い気候はすっかりと移り変わり、陽を受けるとじっとりと汗が噴き出してくる。虫の音は賑やかとなり、夏本番も間近と迫っていた。


「暑い……」


 自宅より程近い山中。半袖にハーフパンツという夏の出で立ちで、俺は生い茂る丈の高い草を踏み分けていた。飛び交う虫が顔面にまとわりつき、鬱陶しい。


「暑いのは分かっているのだから口に出さないで。こっちまで暑くなるじゃないの」


 背後から小犬の様に着いてくるのは花梨だ。

 白いフリフリのワンピースに桃色のカーディガンを羽織った、実に愛らしい格好のお嬢さんだが、およそ登山者とは思えない装い。


「そりゃ悪かったな。で、どうしてついてくるんだよ?」

「何回も言わせないで。あたしの勝手でしょう? 黙って案内なさい」

「……別に着いてくるなとは言わんが、その格好で大丈夫か?」

「仕方がないでしょ。まさかこんなにも山の中にあるとは思わなかったのよ」


 花梨はふてくされたように頬を膨らませ、顔を横へ向けた。



 偶然――なのだろうか?



 鬼神祭が終了した翌日の土曜日現在。

 結果報告をしに、父さんの墓参りに行くために自宅を出た所、花梨と出くわしたところに始まる。


 花梨は村の中心部に行く用事があるらしく、向かっていたそうだ。

 彼女に

「どこに行くの」


 と問われたので、


「父さんの墓参り」


 と答えると、

 

「じゃあ、あたしも着いて行くわ」と言い出した。

「どうして着いてくるんだよ」

 

 訝って訊くも、


「あたしの勝手でしょ。いいから案内しなさい」


 そう返されるばかり。

 墓は山の中にあるから危険だと伝えたものの、花梨はそれでも譲らず、


「そう言えば特別室で、何でもお願いを聞く、と言っていたわね。勿体無いけれど、アレを使わせて貰うわ」


 そう言い出し、それを出されては断るわけにもいかず、彼女の好きなようにさせる事にして――今に至る。

 


 まったく勝手なお嬢さんだよな、と呆れつつ空を見上げた。


 木々の間から木漏れ日が差し込み、幻想的な光景が映し出されている。が、俺達が向かっているのは父さんの墓だ。あまり美しいものではない。


「えぇと、母さんの手書き地図によると、この先にあるそうだが……」

「きゃっ! 虫! 足に虫がくっついたぁ!」

「え?」

「きゃぁぁぁ! いっぱい! いっぱい、くっついたぁぁぁ! 俊、たすけてぇぇぇ!」


 花梨が女の子をしている事にギョッとしてしまった。黒光りする節足動物を素手でつかむ気概があると思ったが、普通の高校生の女の子であったようだ。可愛い。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴をあげながらその場を暴れまわっていた花梨は、しばらくして電池切れを起こしたロボットの様に、じっと動きを止めた。

 おびただしい数の昆虫が、足や衣服にまとわり付いている。


「大丈夫か?」

「……」


 花梨は放心しているのか、反応がない。白い服だから、虫が寄ってきたんだろうな。


「ったく……。しょうがねえなぁ……」


 言って、花梨にしがみついている虫たちを、一匹一匹、丁寧に取り除いていく。花梨からイチゴのような甘い香りが漂っているから、おそらく虫たちは、匂いにもつられたんだろう。

 ほんと、手を焼かせてくれるお嬢さんだ。でも、放っておけないんだよな。


「ほら。取れたぞ」

「……」

「おい?」


 花梨の体を揺すると、正気を取り戻したのか、体をビクンと震わせた。そして、青くなっていた顔を、みるみる真っ赤に染め上げる。


「い……今の悲鳴は聞かなかった事にしなさいよ!」


 花梨はカーディガンをかきあわせながら、俺から顔を背け、

 

「いい事? 特に優里奈にはナイショよ。バラしたら責任を取ってもらうからね!」

「わかったよ」


 もっと素直になれば可愛さも増すだろうにな。というか、責任を取らせるって、一体なんの責任を取らせるつもりだろうか。



 そう思いながらも前を向いた俺は、棘の生えた草に足を刺されつつも、雑木林を抜けて、ようやく開けた大地へと辿り着いた。

 

 広さは十畳ほどか。小ぢんまりとしたその空間には三つほど墓が並んでおり、誰かが手入れをしているらしく、草は刈り取られて綺麗に整えられていた。

 墓前には花が供えられている。

 

 その落ち着いた空間を見て、ふと鬼神祭四日目のことが脳裏をかすめた。

 泥だらけの母のパンプスだ。

 

 もしかすると、母は俺の無事を祈願して、神社ならぬ父の墓に百度参りをしたのだろうか。


「やっと着いたな……」

「そうね……。もうクタクタよ」


 花梨は額に浮かぶ汗をハンカチで拭うと、木陰にある大きな石の上に腰を掛けた。

 その雅びやかな所作は、テレビで見たことのある某財閥の令嬢と寸分違わない動きであった。


「クタクタになるなら来なけりゃよかったのに」


 そうぼやくと、花梨は

 

「聞こえているわよ」


 語気を強めて俺を叱りつけた。

 苦笑いでそれを躱しつつ、右端の墓前に屈みこんだ。墓石には伊勢家と黒抜き文字でかたどられている。


 記憶をたどる限り、父さんの墓前に立つのはこれが初めてだ。改めて父さんが亡くなっていることを思い知り、胸にこみ上げてくるものを感じる。

 感傷に浸っていると、花梨が隣に並ぶ形でしゃがみ込み、俺よりも先に手を合わせて目を閉じた。負けじと、俺もそれに倣う形で手を合わせ、目を閉じる。


 で――


 目を閉じたはいいが……初めまして、と挨拶をした方がいいのだろうか? 


 父さんにとっては懐かしいかもしれないが、俺にとっては初対面である。だから、正直に言って何を伝えて良いのか分からない。

 色々と伝えたい事があるのだが、どれもこれも些末な出来事で、ありふれていて、つまらないと思える。そんなものを聞かされては、父さんも困るだろう。今までの出来事は、あの世で見守ってくれているはずだから、伝えた所で今更だ。


 だから、今日は逆に聞かせて欲しいと思う。


『――俺も、父さんの様な男に近づけたかな?』


 しばらくして、花梨がすっくと立ち上がった。

 彼女の顔は、どこか澄み渡る空の様に、晴れ晴れとして見えた。花梨は父の冥福を祈っただけなのだろうか。それとも父に何かを伝えたのだろうか。


 いや、考えるのは野暮ってもんだな。


 小さく笑って立ち上がった所、ピリリ、と無機質な電子音が鳴った。俺のポケットから発せられたその音は、携帯電話の着信音であった。手早く画面を操作する。


『家にいないけど、どこ? どこ? どこ? 俊くんに逢いたよぉ!』


 水無月からのメールだ。どこどこどこ、って太鼓でも叩いているのかな?

 そんなことを微笑ましく思っていると、


「誰から?」


 花梨が、携帯電話の画面を覗き込んできた。

 別にやましい物を見ているわけじゃないから構わないが、もう少しこう、プライバシーってやつをだね。


「水無月だ。どこにいるんだと訊いてきた」

「あ、そう」


 気のない返事をした花梨は、何を思ったのか、俺の手から携帯電話を抜き取ると、


「返信してあげるわ。貴方は疲れているでしょうから、少し休んでいなさい」

「はぁ? ちょ、なんだよそれ」


 慌てて奪われた携帯電話を取り返そうとするも、誤って花梨の身体に手が触れてしまった。

 彼女はキャッと小さく悲鳴を上げると、携帯電話を抱き込んで頬を紅潮させる。


「ご、ごめん……」

「うぅ……」


 うん、悪いことをしているようにみえるね。

 俺は素早く手を引っ込め、唸っている花梨から飛び退いた。


「返信するだけなんだから、貸してくれてもいいじゃないの……ケチ……」


 そう、しおらしくされては、無理やり返してもらうわけにもいかず、


「あ、うん……。少しだけなら……いいよ」

「あ……ありがと……」


 妙な空気が辺りを漂うよりも早く、携帯電話が着信音を鳴り響かせる。

 今度は通話のメロディだ。

 花梨が上目遣いに視線を寄越したので、お好きにどうぞと言わんばかりに腕を広げた。

 

 それを見届けた彼女は、携帯電話を奪われまいとするように、それを抱き込みながらディスプレイを覗いた。しばし画面を凝視していた花梨は、次いで迷いなく画面をタップしていく。

 

「はい。伊勢俊の携帯です」と、花梨。

『えぇぇぇぇ? お、お、女ァァァ? 誰だよテメェ!』

「日向花梨です。ご用件は?」

『ど、ど、ど、どうして花梨が電話に出るんだよ! 俊くんに替われぇぇぇぇ!』

「取り込み中です。ご用件は?」


 スピーカーからは、割れんばかりの女性の声がしているが、まず間違いなく、水無月の声だと思われる。

 相変わらずだな。





 俺は花梨の座っていた石に腰を落とし、ヤブの中に視線を向けた。


 今頃、村役場は慌てているだろう。見せしめを覆したばかりか、村長の孫を敗北させ、百戒が地位を手に入れるという例外が発生したのだから。

 おそらくこれから先、俺に対する因習が数多く襲い掛かってくるように思う。うんざりとさせられるが、俺はもう以前の俺ではない。

 

 何度だって受けて立つつもりだ。

 たとえそれが理不尽なことであろうとも、俺は、逃げずに立ち向かう。


「ふぅ……」


 ひとつ息をついた花梨は、俺の携帯電話を、さも自分の携帯電話であるかのように、スカートのポケットへと押し込みながら振り返った。


「ねぇ、俊……」


 風にそよいで奏でられる葉音。

 それに溶けこむ優しげな花梨の声。


「どうした?」


 木漏れ日に照らされた、花梨のはにかむような笑顔。

 それは、温もりに満ちた、優しい微笑みであった。


「来年こそは……。来年こそは、俊を……守らせてね」


 やはり俺は、花梨に守られていたんだな。

 改めてそう、実感した。


「もちろん」


 俺も笑顔を送り返した。


おしまい

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