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五章
迎えた鬼神祭最終日。
朝一で家にやってきたのは花梨ではなく、水無月であった。
「おっはよー。俊くん!」
玄関前で腕を上げ、喜色満面の笑みを浮かべている。清々しい朝の陽気にはぴったりだ。
「お。おはよう……」
とはいえ、時刻は午前七時まえ。
七月中旬の夏になろうかという時期だが、陽はまだ山間から顔を覗かせたばかりだ。
俺は眠い目をゴシゴシとこすりながら、長い欠伸をした。
「今日はどうしたんだ……?」
「どうしたもこうしたもないよ! 今日はお祭り最終日だよ! 何としてでも降参を守って勝利をあげなきゃだよ!」
「そうだな……」
「でしょ? だから協力してあげようと思って、こうやってやってきたのだ!」
どうだと言わんが如く自信に満ちた顔を作り、胸を聳やかして腰に手を当てる水無月。
凄く可愛い仕草だと思うが、寝起きのぼんやりとした頭には、残念ながら入ってこない。
「ありがとう……。とりあえずあがって」
「はぁい! お邪魔しまぁす!」
「もう少し静かにしてくれないか。母さんが寝てるからさ……」
水無月は驚いたように目をむき、慌てた態度を取りながら両手で口元を覆った。
仕草がいちいち子供の様でかわいい。
リビングへ請じ入れると、彼女は部屋を見回しながら入室し、テーブルの前で足を止めた。
「私の家とすごく似てる……」
「お前のとこも、こんなにボロボロなのか?」
「うん」
俺も部屋の中を見回した。ボロボロと言っても、廃墟の様に屋外が透けて見える状態ではなく、壁紙はシミや穴を作り、歩くとフローリングがミシミシと音を立てる、少し崩れかかった家だ。
見せしめな俺と地位零な水無月の共通点か。低地位の悲惨さを改めて思い知らされる。
「そっか。まぁ座ってくれよ」
「はぁい」
椅子に腰を落とした水無月の横を抜けて、冷蔵庫へと向かった。
冷蔵庫から取り出した緑茶を手にして彼女の向かいの席に座ると、コップにそれを汲み、水無月に差し出した。
「ありがと。いただきますね」
言った水無月はコップを煽り、一口分ほど口を付けた。緑茶を飲む姿も子供だな。
豹変した時はぐっと大人びるのに、どうしたんだろうね。
「それでそれで、今日のお祭りのことなんだけどね!」
水無月はコップを置くと、早速、鬼神祭の話を振ってきた。
寝起きにはキツイ話だ。
「考えたんだけ、籠城作戦はどうかなって思ってるの。俊くんを狙ってこの家にやって来る祭り人を私の力で返り討ちにする! あわよくばお面をいただく寸法よ。どうかな?」
そういえば花梨も、
『祭り人が家まで押しかける』
って言ってたな。
俺は百戒者として公示されているそうだから、簡単に取れるところから取っておこう、と考えるさもしい奴がワラワラとやってくるんだろうな。
「うぅん」
そう考えると、水無月の案は良さそうに思う。
なんせ、家まで押しかけるってことは、俺が無能力だと高をくくって気を許している事でもあるからな。
そんな間抜けに対し、冷水をぶっかける如く、水無月の力を発動。案外、簡単に降参するかもしれない。
と言っても……すでに花梨と約束しているからどうしたものか。
あと三十分も経てば花梨は迎えに来るだろうし、二人は顔を合わせるなり言い争いを始めるだろう。
「そうだな……。なかなか良さそうだね」
言いつつ、俺は椅子から腰を上げると、
「部屋着のままじゃなんだから、着替えてくるよ。待ってて」
「あ! 着替えを手伝う」
水無月は大きく挙手すると、暴れださん勢いで椅子から立ち上がった。
「えぇ? 冗談はやめてくれよ」
俺は苦笑いを浮かべながら、寝ぐせの髪を手でなでつけた。
「一人で着替えるより、二人で着替えたほうが効率的だよ! だから、ね?」
どう考えても非効率なので、そのご好意を丁重にお断りしながら自室へと足を向けた。
が、しつこく食い下がる水無月は、
「悪いようにはしないから。素敵な世界に一緒にイこう?」
意味不明な事を口走りながら、部屋へ強引に入室してきた。
そんな彼女を無理やり部屋の外に追いやり、それでも覗いてくる水無月を横目に、俺は今後起こるであろう波乱に鬱積としたものを募らせながら着替えを行った。
鬼神祭最終日。
一体どうなるんだろうか。
時刻は午前七時三十分。
そろそろ花梨がやってくる頃合いの中、水無月のお面の詳細を尋ねていた。
本日丸一日、水無月は協力体制を敷いてくれるらしく、であるなら彼女のお面の力を知っておく必要があるだろうと考えた結果だ。
「水無月のお面は、対象者の五感を操る力だよな?」
「うーん、ちょっと違うかな」
言いながらコップを手に持ってゆらゆらと揺らす水無月。
「違うのか?」
「うん。五感と言うか、感覚器官を操る力だね。俊くんも体験したと思うけど、五感以外にも、方向感覚や時間感覚だったり、平衡感覚もそうだね」
「そうだったな」
「嗅覚や聴覚、視覚や触覚も、もちろん操れるけど、でも結局はまやかしなのよ」
「まやかしだろうが、凄いな。無敵じゃないか」
「う~ん……無敵そうにみえるけど制約があるのよね。隔離された空間でしか使えないっていう制約。だから、暴れられて部屋の隔離が解かれようものなら、それと同時に効力も失われる。一昨日、花梨がしたようにね」
花梨が特別室にある小部屋の扉をぶち破った際、一瞬にして漆黒の世界から逃れることが出来た事を、ふと思い出した。
「その制約は、厳しいな」
「厳しいね。本当に厳しい。だから、この家で籠城するのも問題があるかなって悩んでるの。でも私の力が使える場所は隔離された空間だし、隔離されていたとしても広い空間では使えない。それに、人数も限定されてるし、やっぱり家かなって」
「人数も関係するのか」
「そう。少人数じゃないと機能しないの。ほんと使い勝手が悪いのよね、このお面」
「確かに使い勝手が悪いな……」
多くの制約がついて回るお面の様だ。
それら制約を避けながらの使用は、リスキーな事この上ない。がしかし、時と場所を選んで使用すれば、かなりのアドバンテージとなるとも言える。
「なんにせよ、俺のためにそこまで悩んでくれてありがとうな」
「い、いいのよ。俊くんのためなら、なんだってする。だって、貴重なお面をくれて零から救い出してくれた救世主なんだから……」
水無月の白い頬が、ほんのりと上気する。
そして自身の体をきゅっと抱いた彼女は、
「だからその。今日を乗り切る作戦もそうだけど……あの……お礼がまだじゃない? それを先に済ませておきたいかなぁって思ってて……」
「お礼?」
「うん。お・れ・い」
んふっ、と甘い吐息を漏らした水無月は、更に顔を赤らめつつ、
「だから、その、あのね……。開始まで三十分あるから、その……俊くんのお部屋で……ね? ……お礼は、私の初めてを」
ピンポーン。
水無月の話を玄関の呼び鈴が制した。
「悪い。お客さんが来たみたいだ」
水無月の脇を通り抜ける際、舌打ちが聞こえた気がしたが気のせいだろうか?
「はぁい。どなたですか」
土間に降り立ち、玄関扉の鍵を解錠して薄く開く。
「おはよう。俊」
朝焼けによく似合う爽やかな顔をした花梨が、玄関前に立っていた。
今日のシュシュはいつものピンク色のものではなく、ルビーのように真っ赤だ。気合を入れているようだ。
「お、おはよう……日向」
花梨はまるで値踏みをするように、俺の全身に視線を這わした。
「準備が出来ているみたいね。えらいわ」
「あ、いや、そうなんだが……」
俺の挙動が不審に見えたのか、花梨は僅かに小首を傾げた。
「どうしたの? 何だか様子がおかしいわよ」
「あ。いや。その事なんだけど……」
「何があったのか言ってみなさい。力になるわよ」
水無月が来ていることを正直に伝えるべき所だが、昨日のことを思い返すと中々切り出せない。
二人が顔を合わせるのは時間の問題だが、なんと伝えて良いのか悩ましい限りである。
「う、うん……」
言い淀んでいると、花梨の視線が玄関の奥へ向かった。
慌てて振り返ると、そこには無表情の水無月が、仁王立ちしている姿があった。
参ったね、これ。
「あ、あはは……」
俺は取り繕うようにカラ笑いをあげながら、頭をポリポリとかいた。
「あはは、じゃないでしょ!」
花梨は語気を荒げつつ、俺を押しのけて土間に上がり、水無月を見上げた。
「何故、優里奈がいるのか説明してもらえるかしら?」
上がり框に立った水無月は、花梨を蔑むように見下ろす。
「今日はお祭り最終日よ。だから俊くんと力を合わせて闘う為に、ここに来たの。悪い?」
まだ声のトーンは可愛らしいが、いつでもスタート出来る雰囲気を醸している。
「あらそうなの。あたし達もそのつもりだったのよ。あなたも協力したいのなら勝手にどうぞ。ただし、自分の身は自分で守ることね」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
眉間に皺を寄せた水無月は、覆いかぶさる勢いで花梨を睨みつけた。
エンジンに火が入ったらしい。声にドスがきく。
「待ぁてや! なんでテメェが仕切ってんだよ。遅れてやってきた奴が、ズカズカと話に割り込んでくるな!」
「ちょっと。唾液が飛んできたわよ」
花梨はポケットから取り出したハンカチで顔を拭うと、
「仕切るもなにも、そもそも既に決まっていることよ」
「いい加減な事を言いやがって。じゃあその話はいつしたんだ? 何時何分何秒だ?」
「昨日の午後四時二十六分三十二秒から話し始めたわ」
「適当なことを言いやがって!」
水無月は絶叫しつつも、せせら笑う。
あの、もう少し静かに。
「ここに証人がいるから訊いてみましょう。あたしの言った事で間違いないわよね、俊」
花梨が俺に視線を寄越した。急に話を振られて、露骨に口許が引きつってしまったよ。
「え? あ、あぁ……。時間は覚えていないが、昨日なことは間違いないよ」
「ほら。……で、貴方が進めるその話とやらは、いつの話なのかしら?」
熱くなる水無月を受け流す花梨の様子は、さながら猛獣使いの様に危なげがない。
相変わらずだな、この二人は。午前七時半だってのに、元気がよすぎるぞ。
「さ……さっきだよ。なんか文句があるのか? あぁ?」
水無月は苦虫を噛み潰した様な顔をしており、強い語調はなりを潜めている。
「あたし達は昨日から作戦を練ってたの。あたしの方が先。つまり貴方は出遅れたわけ」
というか昨日の再現はヤメテほしい。近所の目もあるので二人の間に割って入った。
「まぁまぁ、三人で行動すれば済む話じゃないか。喧嘩はやめてくれ」
が、花梨は俺を押しのけてギロリと睨らんできやがった。
「関係のない人は黙ってもらえるかしら」
「そうよ! 今は花梨と私の闘いなの。部外者は引っ込んでなさい!」
水無月も俺の肩を押してその場から追いやる。
なんだそりゃ。俺は当事者だろ。
時刻は午前七時五十分。
俺は騒がしく言い合う二人を尻目に学校へと足を向けていた。
時折制服に身を包む学生に出会うが、お祭りの開始時刻は決められているので手出しはしてこない。
が、俺を見る目つきは獲物を狙う狼のように鋭かった。先が思いやられる。
花梨と水無月の喧嘩を除いて、大きな問題もなく学校へと到着したのは午前八時前だ。
全く策を練らないまま図書室へと向かう事となった。
花梨は作戦をねっていると豪語していたが、何を考えているのかサッパリだ。
「だいたい優里奈はいつもあたしを困らせるでしょう。もう少し大人しくして欲しいわ」
ふぅと呆れたように息をついて花梨はそう言った。
まだ喧嘩してんのかよ。
「それはお前の方だろ! 彼の身支度を手つだい、話を聞いて緊張を和らげてあげたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いたんだぞ! それなのにお前ときたら『あなたも協力したいのなら勝手にどうぞ』だと? 後からきた奴が、偉そうにするな! 困っているのはこっちだ!」
「あ、あなた、俊の身支度の手伝いをしたの?」
花梨が目をひんむいた。
その表情の意味するところを即座に理解したのか、水無月は優越を滲ませる様に口端を持ち上げ、がばっと自分の身体を抱いた。
「もっちろん。羞恥に歪む俊くんの顔を見て、幾度となく母性をくすぐられたわぁ」
「ちょ、ちょっと俊」
言った花梨が俺の隣に並んだ。
「あなた、優里奈に身支度の手伝いをさせたみたいだけど、一体何をさせたの?」
「え? 何もしてもらってないよ」と俺。
下駄箱で上履きに履き替えると、ここからほど近い階段へと向かう。
「じゃあ優里奈の話はウソって事かしら?」
俺は頷いて答えた。
鬼気迫る様な表情を作る花梨だが、一体何を慌ててんだか。
「えー、ウソじゃないでしょ、俊くん!」
水無月が俺の前にぬっと体を滑り込ますと、
「お着替えの手伝いをしたじゃん!」
「なんですって?」
花梨が水無月の胸ぐらをグッと掴んだ。
いつも冷静沈着のお前が今日はどうしたんだ。
「手伝ったもーん! 俊くん、青いトランクスを履いてるよ! 見てみればわかるわ!」
俺にキッと鋭い視線を向ける花梨。そして乱暴に水無月を突き飛ばすと俺に駆け寄り、
「おおおおおい! やめろよ!」
花梨が俺のパンツに手をかけてずらそうとした。
「いいから見せなさい。優里奈の話が本当かどうか確かめないといけないでしょう!」
「確かめんでもいい! 着替えの手伝いなんてしてもらってないから!」
「じゃあ見せなさい。代わりに、後であたしの下着をたんと見せてあげるから。早く!」
え、マジで?
――と、その交換条件に一瞬惑わされたものの、
「無茶苦茶言うな!」
俺は花梨を振りほどくと階段を駆け上がり、振り返る事なく最上階まで目指す。
が、階段踊り場にやってくるなり、目の前から浮遊してくる紐状の物体に気づく。
何だ――と思う間もなく、それは鮮やかに捌きで俺の身体を拘束。
一瞬のことで理解が追いつかず、俺は棒立ちの体勢で冷たい床へと倒れこんだ。
「いててっ……。どうなってんだ、これ」
「どうなってんだと言われても、逃がさないための措置よ」
二人がゆっくりと階段を上がってくる。花梨のしわざか!
「さあ、見せなさい」
踊り場に到着した二人が、俺を取り囲んで見下ろす。
二人の瞳はギラついていた。
「や、ヤメろ! 変態どもが!」
「何を言っているの。本当は嬉しいくせに」
花梨は悩ましく目を細めると、ゆっくりと屈みこんだ。
「ば、馬鹿言うな! 嬉しいわけないだろ」
反論するも、水無月は花梨に加勢する形で話に割り込んできた。
「もう、照れちゃって……。かわいいんだから」
水無月に至っては気持ちが悪いほどのニヘラ顔をしてやがる。
「このエロガキどもが!」
声を荒げるが、二人は艶めかしく頬を緩めながら、俺へとにじり寄った。
「観念なさい」
「そうだよ、俊くん! 男になって!」
二人の生白い腕が、俺の下半身へゆっくりと伸びる。
「冗談だよな? 冗談じゃないなら、後でお前たちの下着も見させてもらうからな?」
「うふっ」
最後の抵抗も聞き届けられることはなかった。
彼女たちは慣れた手つきで俺のベルトを解き、続いてボタンを外す。二人の荒い呼吸音が聞こえたかと思うと、ファスナーをゆっくりと降ろされ、そして――
「や、やめてぇぇぇぇ!」
俺は悲鳴を上げた。
図書室に着いて早々、花梨と水無月が俺の下着のことについて、熱く言い合っている。
そんなこっ恥ずかしい話から逃げるように、これからどうしようかと頭を悩ませた。
花梨の話では、果敢にも学校へとやってくる祭り人を返り討ちにし、降参を頂く算段らしいが、そもそも学校へと来るのかどうか怪しいところだ。
果たして地位九の花梨を前にして、闘いを挑もうと言うやつがいるのだろうか?
水無月の話では、花梨が地位九であることは周知の事実らしく、そんなエリートを前にして逃げずに闘いを挑もうと言う愚か者はいないように思う。
本日は鬼神祭最終日であり、力試しという段階でもないのだ。
だが、それでもここで待ち伏せた方がよいと花梨は譲らなかった。
なんだかんだ言っても、経験者の言葉だから従うよりほかない。
「ふぅ……」
それにしても緊張感が半端なく体を締め付けてくる。
この数日間、ひとときも気持ちが休まる事が無かったが、本日も例外なく、それは俺を苦しめている。
胃がキリキリと痛む感覚は、今日がピークと思えるほどであった。
時刻は午前八時を回っており、すでに祭りが開催されている頃合いだ。
時折、窓外から物騒な騒音が響くが、それは間違いなく祭り人同士の争いの印であるからして、その渦中に身をおいている現実をひしひしと感じさせてくれる。
この日で勝利を二つ得なければ、俺は百戒継続。つまり今後の生活が困窮する。だが、闘おうにも、俺のお面は無能力だ。未だお面に力があると信じて止まないが、その想いもぐらついている。
断崖のふちに追い詰められたような危うい状況だ。
本当に、大丈夫だろうか……?
窓辺へともたれて監視を始めた花梨を横目に、落ち着きなく図書室内を周る。
俺は携帯電話の画面を見ながら、ゾッとしていた。
いつの間にやら、時刻は午後二時を回っていたのだ。祭りの終了時刻は午後六時であり、残す所あと四時間しかない。
花梨の提案通りこのまま待ち続けた方がいいのか、それともグラウンドに出て祭り人を出迎えた方がいいのか悩ましい。
花梨はまんじりともせず窓外をねめつけており、反面、水無月は平たいソファに寝転び、艶やかなロングヘアを広げ、そればかりか大股を広げたダラしない格好で眠っていた。
地位零の心配がないからこそ、水無月はノンビリとしていられるのだろう。
ノンビリするのは構わないが、下着が見えそうな危うい寝姿はどうにかしてほしい。気が散る。
そんな水無月の寝姿をチラチラ見ていると、花梨の声が側面から漂う。
「朝早くに俊の家へ押しかけるから、ここで眠ることになるのよ。……世話の焼ける子ね」
花梨は俺の視界を遮る様に水無月の前に立つと、股を広げている彼女の足を閉じさせ、そっとスカートを正す。
「それにしても、どうして男の人ってスカートの中を覗きたがるのかしらね」
花梨は横目で冷ややかな視線を俺に送る。
ぎょっとしてしまった。
「お、俺は覗いていない! ちらっと見えたが、すぐに視線を外したぞ!」
「あらぁ? 誰もあなたの事を言ったわけじゃないのに。もしかして、優里奈のスカートの中を覗いていたのを邪魔したかしら?」
「だから覗いてない。見えたって言っても下着の事じゃないし、すぐに目を逸らした!」
「必死は言い訳の現れね。白状なさい。スカートの中を覗いてましたって」
「だから覗いてないって。何度も言わせないでくれ」
「もう……」
と飽きれたように息を漏らした花梨は、
「言い訳は見苦しいわよ。正直に話せば、あたしのスカートの中を覗かせてあげてもいいのに。約束もしたことだし、ね」
花梨はスカートのすそを僅かに持ち上げると、白くたおやかな太ももを外気に晒した。
「……え。冗談はやめろよ……」
照れているのか、花梨は俺から視線を外して頬を紅潮させている。そんな初々しい花梨の姿を見て、俺の体の一部が膨張する。
この子、マジで言ってんの?
「期待で顔が真っ赤よ」
花梨は微笑みをこぼすと、掴んだ裾を落として眠る水無月の隣に腰を掛けた。
「え……」
初めて見た花梨の笑みに、心が鷲掴みにされてしまった。
まるで草原の中で昼寝をしているかのような、そんな心穏やかにさせてくれる慈愛に満ちた笑みであった。
――というのは置いておいて、もしかして俺、謀られた?
呆然としていると、
「どう? これで少しは緊張が和らいだかしら?」
花梨は赤い舌先でチロリと唇を舐めると、流し目を寄越す。その色気を含んだ瞳が妙に生々しく見えた。
「余計緊張したわい!」
「怒らないの。少しからかっただけじゃない」
澄まし顔で、手にしている本に目を落とす花梨。
どいつもこいつも俺を惑わしやがって!
「ぐあぁぁぁ!」
俺は髪を掻きむしって、その場にへたり込んだ。
「かわいい人」
花梨にしては珍しく語尾の持ち上がった可愛らしい声音であった。
確かに緊張はしたものの、それは別な意味での緊張だ。花梨の言ったように鬼神祭に対するそれは、多少薄らいだことは事実。
口では誂ったと言っているが、彼女なりに俺を励ましてくれたのだろう。
それを意図してやったのか無意識なのか定かではないが、いずれにしても花梨の気遣いには頭がさがる思いだ。
「ったく……。ありがとよ」
呟いて窓辺に歩み寄ると、グラウンドに視線を配った。
静まり返った広い空間があるだけで人の姿はない。
視線の先をグラウンドより向こう側、民家の立ち並ぶ山のふもとに向けると、闘っている状況が見受けられる。炎があがり、ときおり爆発も起きる。物が飛び交い、烏天狗のお面を被った者が、大空を飛び回ったりと様々。
だが、ここは平和だ。
学校へ来るやつなんているのだろうかと、不安が隠し切れない。




