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 何の相談もなく祭に放りこまれ、祭という名の暴虐に揉まれ、不可解な状況を受け入れようともがき、祭に立ち向かう決心を固め、苦心の末に得た情報が――無能力。

 

 鬼神祭は残すところ、今日を含めてあと二日。

 

 昨夜と比べて、今は比較的暖かな気温に包まれていた。

 窓から差し込む陽が室内の温度を押し上げ始めており、もう直すると身体は汗ばんでくるだろう。

 

 行動するにはうってつけの日和ではあるが、何もやる気が起きなかった。

 ベッドから起き上がれない程に、心身共に疲弊しきっている。

 

 それもこれも全ては、無能力、という現実が俺に重くのしかかっているからであった。

 何の力もなければ、鬼神祭で敵に勝ちうる術などないのだから。

 

 

 計略を図って闘うことを考えてみたが、水無月が、

 

「鬼神祭は相手を騙しても咎められない」


 と言っていた事を思い返すに、それが公然として行われていることを意味している。すなわち、策を巡らせて闘おうにも、相手もそれを警戒して行動しているということだ。

 水無月のように、端から騙しにかかっている敵対者もいるだろう。

 そうなると、お手上げだ。

 能力を持っているうえに、騙されたとあっては、手のうちようがない。騙されまいと慎重になった所で、能力を利用されてしまえば、それもまた、お手上げだ。

  

 うまく立ち回れば勝利も無いとは言い切れないが、そもそも、策を巡らせようにも、ルール違反はご法度だ。

  

 制服着用、お面着用。

 

 そして肝心なのが、宣言。

 

 明確に闘う意志を示すことで戦闘が始まる。

 

 リングに立ち、開始のゴングが鳴らされ、そうしてお互いの力をぶつけあう。

 手順は、格闘技となんらかわりはない。

 

 祭り人とはいつ会うとも知れないってのに、これでは計略の図りようがない。

 

 

 武器の使用は認められているそうだが、能力者を相手に鉄バットで挑んで勝てるはずがない。

 

 では、仲間と協力して敵と闘う、と考えが浮かぶが論外だ。

 鬼神祭は、高地位を目指してお面を奪い合う個人戦。

 

 花梨が俺を獲物としてみているうちは仲間と呼べるかもしれないが、少なくとも花梨は俺を獲物としてみているという前提がある。

 つまり、俺も花梨にとっては敵なのだ。いつかは彼女に待ってもらっている闘いの答えをださなければならない。

 

 そう考えると八方塞がりでなす術がない。

 結果、部屋に閉じこもるという結論に至るのだが、それでは地位零は必至であった。

 

 

 ……でも。

 

 

 それでも、祭に抗う気持ちはある。

 だからこそ、無能力を受け入れるべく、無能力なりにも勝てる方策を見出そうと足掻いているのだが、ことごとく無意味だった。

 

 そんな考えを巡らせ、どうしようもない現実に直面し、そして塞ぎこむ。最終的には、自分は何の為に生まれてきたのか、という存在意義を問う事態にまで発展してしまう。

 

 もうこうなってくると、手が付けられない。

 こんなにも追いつめられたことがない俺は、それはもう悩みに悩んで苦しむしかなかった。

 頭を悩ませ、苦しみ、誰にも相談できない事にイラつき、それでも立ち向かいたい。

 そんな葛藤を延々と繰り返す。

 

 

 だが、そんな悩みを延々と繰り返してもいられない。

 

 花梨は言っていた。

 

『現実から逃げたとしても、必ず追いかけてくる』


 まさに今、地位零が背後まで迫っている。

 自身を鼓舞し、気持ちを切り替えるしか無かった。どんなに過酷な状況でも、前進しなければならなかった。

 辛い思いをするのは俺だけではないのだから。

 

 それに、俺は花梨の言ってくれた言葉を聞き逃してなどいない。

 

『追いつかれた時、あたしはいない』


 裏を返せば、現実に立ち向かえばそばに居てくれると考えられた。

 例え花梨の獲物だろうと、やる気を見せれば、二日目の時の様に協力してくれるとも考えられた。

 

 都合のいい解釈かもしれない。

 他力本願かもしれない。

 

 けれど、前に進むにはそう都合良く考え、協力を煽るより他なかった。俺のお面は、無能力なのだから。

 

「……はぁ」


 そばに転がしてあるお面をすくい上げる。そのシワの多い黒黒としたお面は、優しい笑みをたたえていた。

 こんな心穏やかそうな笑みは、今の俺には出来そうにない。

 

「……」 


 と、ぼんやりとそのお面を見つめていた所、ふとした疑問が浮かんだ。

 

「ん? なにか、変だぞ……」


 俺は勢い良く上体を起こし、お面をマジマジと見つめた。

 

 書籍の能力欄は空欄であったが、今思えばどうしてそう断定しているのか不思議だ。

 

 どのお面にも共通して言える事に、『拒絶反応』がある。

 すなわち、この黒式尉も単なるお面ではないという事だ。

 

 

 そう考えるに、何か見落としている気がしてならない。

 

 

 ピピッと携帯電話のアラームが鳴った。

 

 時刻を確認すると午前八時が表示されている。鬼神祭が始まった時間だ。

 

 俺はベッドから降りると、制服に着替え、お面を頭に乗せ、家を飛び出した。

 辺りを警戒しながら進み、三十分ほど掛けて到着した建物を見上げる。

 

 着いた先は学校だ。

 

 このお面に能力があろうがなかろうが、そして、悩んでいようがいまいが、しなければならない事が残されている。

 

 快く協力してくれたにも関わらず花梨に対して無礼を働いた。その事への詫びと、そして礼を伝えなければならないのだ。

 守って貰いたいが為に、花梨の機嫌を取ろうと言うわけではない。

 人として当たり前の事をしておきたかった。

 

 

 

 校門をくぐると足早に教室へと向かい、扉を薄く開いて中を覗き見る。が、そこに花梨の姿はなかった。用事があるからなのか、それとも昨日の件が絡んでいるからなのか。

 

「それとも、図書室か……?」


 一人呟いて図書室に向かう。

 静まり返る廊下を渡り、やって来た図書室の扉を開いた。

 

「……日向?」


 花梨の名を呼ぶが、ガランとしたそこには人の姿はない。

 

「おーい。いないのか?」


 入室し、棚を縫って見て回るが、やはり花梨の姿はない。

 今日は来ないのだろうか? 

 それとも、もう直やってくるのだろうか? 

 

 どちらにせよ、しばらく待ってみるより他ない。

 

 

 

 

「ふぅ……」


 時間の猶予が出来ると、とたんに緊張感が疲労感へと変わる。どっと疲れが押し寄せ、立っていられるのがやっとであった。

 

 心を落ち着けるために本でも読んで気を紛らわせようと考え、ふらふらの足取りで本棚の間をウロウロと廻っていると、目につくタイトルの本が俺の足を止めた。

 

『必ず許してもらえる謝り方』


 必ずと言い切っている所が怪しいが、その本を手にとって中身を見やった。

 内容を読み進めると、俺が望んでいる内容とは程遠いものが書かれており、どちらかと言えばビジネスシーンで役に立つ謝り方だ。

 現状に通じる項目もあるが、役に立ちそうには思えない。

 

「本に頼ってはいけないな……」


 自分の口で誠心誠意伝えれば分かって貰えるはず。

 俺は納得しながら本を棚へと戻す。

 

「でも……何て言ったら良いんだろうな」


 素直に想っている事を口にすれば良いのだろうが、なんと言えばいいんだろうか。

 協力してくれた花梨を置いて帰る、『最低』な分かれ方をした手前、想っている事だけでは足りないような気がしてならない。

 

 気の利いた言葉が必要に思えるのだが、どうだろう……。

 

 本棚を眺めながら、謝り方を色々と模索していた所、俺の左隣から、リンリン、と甘ったるいファンシーなメロディが鳴り響き、驚きのあまり思わず飛び上がってしまった。

 

「わぁっ!」


 恐る恐る見ると、隣には携帯電話を覗き込んでいる花梨の姿があった。

 彼女はゆっくりとした動作で画面を指で弾いている。

 

 音もなく居るから、ビックリしたじゃないか。

 

「ひ、日向か……。驚かすなよ……」

「驚かせのはあたしでは無く、携帯電話の着信音よ」


 感情のこもっていない平坦な声で、身もふたもないことを言った。

 

「そ、そうだな……」


 落ち着きを見せていた緊張感が、容赦なくこみ上げてくる。

 俺はひとつ息をついて花梨の横顔を盗み見た。

 

 表情から感情が読み取れないから、昨日の件をどう受け止めているのか見当がつかない。

 怒っていれば、話を切り出す糸口が見つけられたものの、普段のそっけない態度だから、どう接して良いのか分からない。

 

「うぅ……」


 言葉が出せず頭を熱くさせていると、いつの間にか花梨が曇りなき瞳で俺を見上げている事に気付かされた。

 更に緊張感が高まり、逃げ出したい衝動が沸き起こる。

 

「どうしたの?」


 花梨は首を傾げて訊いてきた。

 

「え?」

「あたしを見ているようだから、訊いたの。なにか言いたいことでもあるの?」


 相変わらずの鋭さに、心の中を覗かれているようで身の置き所がない。

 

「いや、うん、そのな……」

「ハッキリとなさい。昨日の件で何か言いたいことがあるのでしょう? だからこそ、あたしをじっと見ている。違う?」


 頭の中を埋め尽くしていた謝罪文が、風に巻かれる砂のように消えいく。

 

 一昨日、素直にならなければと、考えを改めたばかりじゃないか。考えすぎた所で、気持ちは伝わらない。

 花梨に利用されるのではと邪推したものの、昨日の花梨は進んで協力してくれた事実があるんだ。

 

 そして今は俺の背を押してくれている。

 素直になれよ、俺。

 

『現実から逃げたとしても、必ず追いかけてくる』


 花梨から伝えられた言葉が頭をもたげた。それはどのシーンでも当てはまる言葉だ。

 

 このチャンスを逃せば、俺は一生花梨から逃げつづけ、果ては逆境の全てから逃げ出してしまう。

 逃げ癖がつく前に、終わらせよう。

 

 大きく深呼吸をし、花梨の目をまっすぐに見つめた。

 

「日向。話がある」


 花梨は身構えるかのように、腕に抱えている本をきゅっと抱き込んだ。

 

「……なに?」

「き、き」

「き?」


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