21
お面に力が備わったのは今から七十年前に遡り、という前置きから始まり、鬼神祭に対する村の取り組みが、延々と書き綴られている。
部署ごとに細かく書かれているようだが、読み込む必要性が感じられない内容であったため、ページを飛ばしていく。
続くページには、二十二年度の制作されたお面の名称が並べられていた。
名称だけでは、何のお面なのか、まったく分からない。
それを読み飛ばすと、次なるページには、力の種別や、お面の累計数、分布範囲などが記述されていた。
『今後生産願いを出すお面』
とやらも、申し訳程度に載っている。
地位についても触れられており
『冠位免状の種類』
という項目が、それに該当するようだ。
箇条書きされているそれは、上から順に、
十大、九鳥、八國、七速、六甕、五多、四美、三布、二天、一遠、零、百戒
という並びだ。
冠位十二階、および国津神になぞらえると注釈がついている。
水無月が七速と口にしていた事を鑑みるに、間違いなくこれが地位の指標だと断定出来る。
その下部には優遇制度が記されており、十大と百戒では大きな開きがある。
小さな文字の羅列で見る気がしないが、地位零そして百戒に関しては何も書かれていない。
優遇なしという事だろう。
これが水無月の言っていた地位零が白い目で見られる所以の様に思う。
隣のページには水無月が話していた、守司、について記載されていた。
守司の役割は、
『祭り人では対処しきれない状況への対応、および戦闘の後処理を担う』
だそうだ。
下部には、特別監視や施設監視、一般監視などなど、見慣れない単語が表であらわされている。
その任は、成人者を対象に毎年持ち回りで就かなくてはならないらしい。
守司とは、早い話が審判のような目付役ってことのようだ。
「あぁ……」
ツインテの職員から注意を受けた理由はそのためか、と頬が緩んでしまった。
図書館で戦闘ともなれば後処理も大変だろうし、鬼神祭とは無関係な利用者への対応も厄介だろうしで、面倒になる前に先手を打ったわけだな。
流石上位ランカー。抜け目ない。
そして、ゆっくりと開いた次のページは、俺の心を躍らせる項目が出現した。
お面詳細の項目だ。
卒業写真のようにお面の写真がずらりと並び、写真の下にはお面の名称と、お面の謂れ、力の詳細が書かれている。
俺は心のなかでガッツポーズをした。
もう手の届きそうなところまで、面の正体が迫ってきているんだ。無条件で心が踊ってしまう。
が、現存するお面は二十二年度現在で四百三枚。その多さに泡を食ったが、逆に考えればそれだけ希望が持てる事でもある。
「さて」
俺は早速調べにとりかかった。
間違い探しをするかのごとく、記載されている写真を一枚一枚丁寧に確認する。
自身の頭に乗せているお面を取り外して時折、写真と見比べる。
幾度と無く間違えながらも、徐々にページを減らしていく書籍。
調べが進むに連れ、俺は吐き気を催すほどの焦燥感に駆られていた。
手にしている書籍は、残り二ページを切ったからだ。
期待が大きいだけに、これで見つけられなければ錯乱するかもしれない。
「はぁ……はぁ……」
自然と呼吸が荒くなる。
口から心臓が飛び出しそうなほどに跳躍し、額から流れでる汗は拭っても拭っても溢れ出る。
一枚ページを繰り、見落とさないよう慎重に読み込む。
が、そこに俺のお面を見つけ出すことが出来なかった。
いよいよ焦燥感が苦痛へと変化する。
極度のストレスから、全身は震え、書籍を持つ手がおぼつかない。
最後の一ページを震える指使いで開いた。
心臓が破裂しそうなほどに鼓動している。
逃げたい衝動を押さえ込みながら、紙面へと視線を落とした。
他のページと同様のレイアウトで、写真が十枚ほど掲載されていた。
一枚一枚じっくりと見、その中ほど、三枚目のお面に視線が止まり――
「あ、あった……」
――俺の身に着けている黒いお面を見つけ出す事ができた。
全身の骨が抜けたような虚脱感に襲われ、俺はその場に尻餅をついた。諦めかけていただけに、その安堵感はひとしおだ。
高校に合格した時の安らぎとよく似ている。
喜びのあまり高笑いしたくなる気持ちをぐっと堪えて、内容の読解にとりかかる。
お面の正式名称は、黒式尉だそうだ。
他のお面では、正式名称の下部に詳細な謂れが記載されているのだが、これには『祝福』とだけ書かれており、さらにその下部の能力欄に視線が止まり――
「え……うそ……」
――無記入だった。
頭部をハンマーでぶん殴られた様な衝撃を覚えた。眼前の色調は暗転し、視界の狭窄が起こる。
寒くもないのに全身はガタガタと震え、猛烈な嘔吐感が湧き出た。
そんなはずはない!
俺は無意識にその無記入の能力欄を指でこすっていた。
「多分、白地のシールを貼って隠しているんだ。俺を驚かす為に悪戯を仕込んでるんだ」
夢中で指でこすった。
爪で引っ掻いた。
がむしゃらに紙面を撫で上げた。
そうしていくうちに、徐々に赤みを帯びる紙面。
摩擦で指の皮が剥がれてしまったらしく、流れでた血液で汚してしまっていたらしい。
だが、それでも擦る指が止められない。
「やぁっと、おわったぁぁぁぁ!」
水無月が奇声を上げ、それによって我にかえる。
「……ははっ」
笑うつもりが一切無いのに笑ってしまう。
残酷な現実を認めたくないから、笑って誤魔化しを図ろうとしているのだろうか。それとも、精神的にオカシクなってしまったのだろうか。
いずれにしても、この無理矢理な笑いは、止めることができそうにない。
「はははっ……」
真っ白となった頭の中で、無能力――の文言が駆け回っている。
ココぞとばかりに駆け回っている。俺をばかにするように、そして嘲るかのように、脳内を自由に羽ばたいている。
「無能力……」
脳内だけに留まらず、ついには口から溢れ出てきた。その口から放たれた言葉が俺の鼓膜を打ち、再び脳を満たして現実を叩きつけてくる。
その重い現実に打ちのめされ、顔から笑顔が消えていった。
「もう……いやだ……」
このお面には、何の力もない「ただの木板」という事実が受け入れられない。
持っていた書籍が手の中から零れ落ち、乾いた音を立てて床に広がった。
「どうしたの?」
視界がぐらぐらと揺れていることに気づき、頭をもたげた。
「どうしたの。しっかりなさい」
花梨が怪訝な面持ちで俺を揺り動かしていた。何度も俺に声をかけていたようだが、全く耳には届かなかった。
それほどまでに俺の心はどこかに置き去りにされていた。
「日向か……」
「どうしたの。様子が変よ」
「あ、あぁ……。この……この本に、お面の事が詳細に書かれているんだ」
「この本?」
花梨はかがみ込み、床に広がっている書籍を拾い上げて中を確認した。
「そう、その本……。そこにはな……、このお面が無能力だって書かれているんだ」
頭に乗せている黒式尉を指差しながら、精一杯、声を絞り出す。
「……無能力?」
「そうだ。最後のページを見てくれ……」
頷いた花梨はページを捲り、しばらくしてそれを止める。紙面に視線を落として、読みふけるように黙り込んだ。
やや時間を置いて、ふぅんと鼻を鳴らしてそれを閉じた花梨。
「読んだか?」
「えぇ、しっかりとね」
花梨は立ち上がると、それを本棚へと収めた。
「ということはだ……ということはだ――」
激しい動揺から、俺の声は震えに震えていた。だが抑えが利かない。
「――無能力で闘えってことになるよな?」
神に助けを求めんが如く花梨を見仰ぐが、彼女は普段と変わらない態度を示している。
「そうなるわね」
一言、こともなげにそう言った。
「そうなるわねって……」
その態度にどこか疎外感を覚え、俺は自身の居場所を探すように俯いた。
「だったら、俺、この祭りに参加する意味がないじゃないか……」
「じゃあどうするの。ヤメるの?」
「え? ……いや……」
「続けるの?」
「いや……」
正直な所、どうして良いのか分からない。
頭の中の整理がつかない。
「そもそも俺はこの祭に参加する意思を示していない。それなのに参加している。強制参加だ。あまつさえ俺に渡されているお面は無能力だ。これでどうしろっていうんだ?」
「そうね。でも、今更嘆いても仕方がないわ。諦めて現実を受け入れる事ね」
「受け入れるって、どうやってこの理不尽な現実を受け入れろっていうんだ……」
「逃げるの?」
花梨の抑揚のない声が俺に降り注いだ。体は硬直したように固まる。
「別に逃げるつもりはない……。けど力が無い状況でどうやって勝ち抜いていくんだ」
「言い訳が多いのね。それでも男性なのかしら?」
「男だよ。でもな……」
「ではやめなさい」
突然、突き放す言葉を放たれ、俺は狼狽した。
「そのお面を道行く祭り人に譲れば、貴方の悩みもそこで解決よ。さぞ喜ばれる事でしょうね。神様と崇めてもらえるでしょうよ」
「……」
「貴方はあたしの獲物といったけれど、撤回させてもらうわ。あたしは貴方から手を引く。こんなつまらない男からお面を奪った所で、嬉しくない」
黙って成り行きを見守っていた水無月が、凄い剣幕で声を荒げた。
「俊くんは転校生よ! それに自分の意志で参加したわけじゃない事を考えなさいよ!」
「あなたは黙っていなさい。この村の現実を教えているのよ」
花梨の異様な気配に気圧されたのか、水無月は口を閉ざした。
「現状をどう考え、どう折り合いをつけていくか。今は受け入れざるを得ない現実があるのなら、それを受け入れる事しか道はないの。それに不満があるのなら、祭りにあらがう事の出来る力をつけなさい。それか、この村から出ていきなさい」
花梨は腕を組むと、厳めしい表情を作り俺を見下ろした。
「でもね、現実から逃げたとしても、必ず追いかけてくるわよ」
花梨は言葉を区切る。
重苦しい静寂がこの場を濛々と漂った。
「……そして追いつかれた時、あたしはいないわ」
現状から目を逸らすと地位が低下する事実。
この村での生活が困難となる事を考えると、現実を受け止めなければならないと思い知らされる。
村から出て行くという事は、唯一の肉親である母を苦しめる事になるのだ。
そして、村に文句を言った所で現状を変えられるワケがない。そんなもんで変えられるのなら、とうの昔に変わっているだろうよ。
抗う力か。
もう、どうしたらいいんだろうな……。全てが嫌になってくる。
「考えさせてくれ……」
うつむいてポツリとこぼすと、花梨はかがみ込んで俺の顔を覗き込んできた。
「どうするつもり?」
「分からない」
花梨から顔を背けて立ち上がり、
「気分がすぐれないから今日は帰る……」
俺は頼りない足取りで、逃げるようにして特別室を後にした。
去り際に花梨が俺を止めるそぶりを見せたが、それを視界の端に追いやる。ごめん。今は、誰とも話したくない。
早々に自宅へと帰り着いた俺は、リビングへと足を向けた。
花梨の話から、母さんが帰宅していると踏んだが、やはり母は居なかった。
テーブルには、一膳分の食事が書き置きと共に用意されているが、それに手を付けること無く自室のベッドへと飛び込んだ。
夏も近づいているというのに、随分と寒い。
田舎だからだろうか。




