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「相談しなくてごめん……。お詫びというわけじゃないが、日向の言うことを何でも聞くから……それで赦してもらえないかな?」
それを聞いた花梨は沈黙した後、大げさな動きで肩をすくめた。
「まったく、貴方って人は……。仕方ないわね。それで手打ちにしてあげるわ」
花梨は本気で呆れている様子であった。
本当に……ごめんなさい。
「えへへっ」
消沈する俺の隣に水無月がちょこんと並んできた。
頬を上気し、ニコニコとしている。
「何か分かんないけど、花梨なんか勝手に怒らせておいて早く調べようよ!」
水無月が俺の手をぎゅっと握りしめた。柔らかくて暖かく、少ししっとりとしていて吸い付くような肌触りだ。
それよりも何よりも、先程のキツイ口調が嘘の様に可愛らしい。
「そうだけど、そういうわけにもいかない事情があって……」
「どうしてどうして? 意味がわかんないよ?」
まるで駄々をこねる子どもの様に、俺の腕を振るう水無月。
「あの、その……。水無月に渡したお面ってのが、日向から貰ったものなんだ……」
「そうよ」
といいながら、花梨は俺と水無月の間に身体をねじ込んできた。
「え、どういうこと?」
小首をかしげて俺を見仰ぐ水無月に、俺は、
「俺は日向の獲物だそうだから、自分が降参させるまでは生かしておきたいらしく、お面をくれたんだよ。それを水無月にあげてしまった――という流れなんだ」
花梨は大きく頷きつつ、俺と水無月を引き離そうと腕を大きく広げた。
「そう。それが事の顛末。だからあたしに感謝なさい。元は、あたしのお面なのだから」
花梨の粘着くような視線が、水無月に絡みついた。
「はぁぁぁぁあ?」
水無月はその視線を薙ぎ払うように、低い唸り声をあげ、
「いきなり何を言い出すんだよ。このお面は俊くんから貰ったものだ! お前からじゃねえ!」
言葉荒く言い放ち、花梨を押しのけて俺に抱きつく。そんな態度を見た花梨の表情が曇る。
「あげた貰ったについて、とやかく言うつもりはないわ。でも女性として有るまじき行為は見過ごせない」
花梨は水無月の腕を掴み、俺から引き剥がそうと綱引きをすると、
「大和撫子とまでは言わないわ。女性なら節度ある行動をとりなさい。変態!」
「知らない人に抱きついているわけじゃあるまいし、別にいーだろ! 感謝の気持ちを表しているところなんだから邪魔するな!」
反論しながらも、なおも俺に抱きつく水無月。
「抱きつくことのどこが感謝の気持ちに繋がるの。それに、優里奈に抱きつかれて困っているじゃないの。貴方にはそれが分からないの?」
水無月はくいっと顎を持ち上げ、俺の顔を覗き込んだ。
「嫌な顔なんてしていないぞ! むしろ私に抱きつかれ嬉しそうな顔をしている!」
自分では無表情だと思っていたが、どうやら顔がほころんでいたようだ。
花梨も俺の顔を覗きこむが、彼女の表情は鬼のように厳しい。
「困り顔ね。この顔のどこをどうみたら嬉しそうに見えるのかしら。その都合のいい解釈は、変質者の言い訳にそっくりよ。変態」
「お前のほうが都合のいい解釈をしているだけだろ! あと、変態変態うっせーよ!」
「変態と言われたくないのなら、彼から離れなさい。変態」
水無月は俺から離れると、回りこんで反対方向からしがみついた。
そして俺の顔を覗く。
「ねぇ俊くん。私ね、変態じゃなくて感謝の気持ちを表しているだけなの。わかって?」
回りこんだ水無月を追いかける花梨が、「呆れた発言ね」と言いながら、
「感謝の気持ちを表すなら、料理を作ってあげたり、マフラーを編んであげたりと、いくらでもやり方があるじゃないの。どうしてそれを不埒な方向に向けるの。恥を知りなさい!」
「なんだよ、その古典的な手法は! 私には私のやり方があるんだから邪魔するな!」
「ここまで酷いと、痴女と表現した方が適切ね。彼が穢れるから早く離れなさい、淫婦」
水無月の中の『何か』のスイッチが入ったらしい。
彼女は俺達二人から勢いよく離れると、
「変態だの痴女だの淫婦だのと言いたい放題言いやがって! それはお前の方だろ!」
水無月は顔を真っ赤にし、唾液を飛ばす勢いでまくしたてた。
「勝手に押し付けないでもらえるかしら。あたしの身体は穢れていないわよ」
反面、花梨は涼しい顔だ。水無月が離れたことで怒りが落ち着いてきたようだ。
「はぁ? とぼけやがって! 昨日私に送ってきたメールは、まさに変態そのものだろ!」
「何のことを言っているの。話を創作してもらっては困るわ」
「さっき話そうとしたが、メール、の事だ。母親に代わって、感謝を表したってやつだ! お前の方がよほど淫婦だろ。どうして母親を救った事が、寝ている俊くんの唇――」
バチン、鋭い音を響かせながら、水無月の両頬が分厚い本に挟まれ、潰れた。
花梨はいつの間にやらお面を装着し、力を発動させたらしい。
「秘密と言ったはずよ。あたしもお面をあげようかと思ったけれど、気が変わったわ」
花梨は俺にチラッと視線を振ってきたが、どこか据わりが悪そうに見える。
「さぁ、行きましょう。変態に構っていられないでしょう?」と、目を泳がせる花梨。
「あ、あぁ」
花梨は俺の背を押して小部屋から書室へと誘った。
「俺の名前が出たようだが、あれはなんだ?」
「さぁ? 聞き間違えじゃないかしら」
「寝ている俺にって話していただろ? それにメールがどうとか――」
「ねぇ。あの子と同じように顔をつぶしてみたいの?」
花梨の瞳の奥が鈍く光る。
その眼差しは、俺の背筋に悲鳴をあげさせる程の寒気を走らせた。
「いや、遠慮します」
「くだらない事に感けてないで、早く調べましょ。そのつもりでここにいるんでしょ?」
「あぁ」
「善は急げよ」
花梨が俺の腕をぐいっと引いた。
「――俊」
花梨に初めて名前を呼ばれた気がする。
何か心の変化でもあったのだろうか。
十畳ほどの特別室を見渡した。
戦闘による惨状を色濃く残すここは、どこから手を付けていいのか分からないほど荒れていた。
部屋の壁伝いにぐるりと本棚が取り囲んでいたが、半数近くの本棚は倒れており、みるも無残な光景と化している。
かがみ込み、適当に一冊拾い上げて表紙を見やった。赤いハードカバーのぶ厚い本で、表紙には細長いラべルにナンバリングが施されているのみ。中を見なければ何が書かれているのかさっぱりな代物だ。
くすみのあるこの本を開くと、
「平成十年度 神州村村政報告」
と印字されている。
読み進めると村の主要産業についての項目がお目見えした。
挿絵やグラフのない文字のみが躍るそこには、電子機器やコンテンツ制作。中には諜報活動という文字も見られた。
村は潤沢な税収により運営されているらしく、国や県への依存財源が存在しないことや、国の財政制度を受けていないことが、この村で行われている非常識を、半ば見逃している形だそうだ。
自主性の高い村運営のほか、産業の規模が、我が県の政令指定都市に匹敵する好景気がそれを後押ししているらしい。
力を使った産業の合理化。
ゆえの力の強化。
その基盤づくり且つ、選定である鬼神祭。
読み解くと大体その様な事が書かれていた。
他は大して気になる文言を発見出来ない。
「どう? お面の正体は暴けそう?」
花梨が厚い本に視線を落としながら問うてきた。
「どうだろうな。今のところ、めぼしい情報は見つからん」
「そうでしょうね。図書館においておくような代物ではないでしょうから」
ほらみたことか、といわんばかりだ。
確かにそう責められても反論できないがしかし、『お面の力』というキーワードの発見は大きい。
そればかりか、神州村村政報告書も、村の内情に関わる重要な事が書かれていた。
その事を踏まえて考えると、時間もかからずとお面に関わる情報にたどり着けるのではないかと思えた。
花梨のぼやきに生返事をしつつ、他の書籍も手に取って眺めてみるが、どれもこれもお面の力に関する記述は見受けられない。
「あーーーー!」
小部屋から水無月の低い悲鳴がこだました。
何事かと振り向くと、彼女は頭を抱えて悲壮な面持ちを浮かべていた。
「どうした?」
訊くと、水無月は今にも倒れてしまいそうな足取りで書室に足を踏み入れてきた。




