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 絶叫した花梨は、右腕を大きく振り上げた。

 

 瞬間、ドドドッ――と、物が乱雑に凪ぎ倒れる音がし、どこからともなくほこりが舞い上がる。

 俺は、そのほこりを思い切り吸い込んでしまい、むせ返ってしまった。

 

「ここね」


 言った花梨はまたしても腕を振り上げる。

 その所作間もなく、バリッと大木が爆ぜた様な衝撃音が発生した。

 黒一色となりかけていた空間が、一瞬にして元色へと回帰する。

 

「……も……戻った」


 安堵したのも束の間、視線の先に現れたのは、本棚の背後に隠されていた隣の部屋であった。

 床には本棚や扉が倒れている。

 

「やっぱりここね。昨年も同じ手を使ってたけれど、結局また同じ。進歩ないわよ」


 言いつつ部屋へゆっくりと入室した花梨に続き俺も入ると、三畳ほどの狭小空間に出迎えられた。

 目立ったものが何もないこの空間の隅で、怯えた様子の水無月が小さく蹲っている。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ほらいた」

「わ、私じゃないの! 今のは私の中の悪い人間がした事なの! 赦して、俊くん!」


 怯え切った様子が何とも痛ましい。花梨は水無月の前に躍り出ると腕を振り上げた。

 

「なにを下らないことを言っているのよ。降参しないと血を見ることになるわよ」

「ひっ! やっ、やっ……やめてぇ……」

「じゃあ降参なさい」


 自分を守る様に腕で頭を覆う水無月が、叱られている子供の様で、見るに堪えない。

 黙っていようと思ったが、堪えきれず、二人の会話に口を挟んでしまった。


「……日向」

「なによ」

「……赦してやってくれないか?」


 花梨の肩に手を置いてそう呟く。すると、彼女は首を捻り、お面を外して怪訝な面持ちを作る。


「はい? 赦すとはどういうことかしら?」

「実は特別室に連れて行ってくれたら、お面をあげると約束をしたんだ」

「……それは聞き捨てならないわね。話しなさい」


 花梨は腕を下ろすと俺に獰猛な視線を送った。


「話しなさいといわれても、そのままの意味だ」

「ふぅん……。ではなぜ、貴方は優里奈の力に惑わされていたのか説明して貰えるかしら。お面をあげる約束をしていたのなら、どうして闘っていたの?」

「それは……」


 正直に話しても花梨は納得しないだろう。

 だからといって嘘をつくのも後味が悪くなりそうだ。

 だから、

 

「ちょっとした行き違いがあったんだよ」

「行き違い?」

「先にお面を渡すか、後で渡すかってさ。そこから行き違いが発生して闘う羽目になったんだ」


 言葉は足りないが、嘘にはならないだろう。


「……ぜんぜん納得できないわ」

「でもそれが事実だ」

「今の話、本当かしら?」


 花梨は水無月を見下ろす。


「え? えぇ……そ、そうね。その通りよ……」


 たどたどしく伏し目がちに答える水無月からは、恐れが浮き出ていた。

 俺はすまなそうに答える。


「日向を闘いに巻き込んでしまった事は、申し訳ないと思っている。水無月も、悪気があって俺に力を使ったわけじゃないんだ。赦してやってくれ」


 なぜ水無月を庇っているのかと言うと、単に約束をしたからであって他意はないのだが、どうも花梨は不信感を募らせているように見える。


「そのお人よし、命取りになるわよ。鬼神祭は強い者が生き残り、弱い者が淘汰されるお祭りよ。皆、死に物狂いでお祭りに参加しているの。お面を命がけで守り、命がけで奪い合って、少しでも地位を高めようと必死となっている。それは理解しているでしょ?」

「もちろん理解しているつもりだ」

「貴方達がどんな約束をしたのか、本当のところは分からない。聞くつもりもない。けれど、そんな命を張ってでも守るべき大切なお面を、みすみす譲り渡してもいいと思っているの?」

「命を張ってか……」


 小さく息をつくと、

 

「もともと渡すつもりだったから渡すよ。水無月がリスクを負って特別室に案内してくれた事は事実だし、それに応えたいと思っている」


 胎児のように丸まっている水無月に近寄り、俺はかがみ込んだ。

 

「ほら、お面だ」


 胸元から取り出した真っ赤なお面を、水無月の手元にポンと載せた。

 彼女は恐る恐る自身のお面を外し、手渡されたお面に視線を落とす。

 

 強張っていた彼女の表情が、みるみる弛緩していく様子が見て取れた。

 が、反面、背後から禍々しいオーラを感じる。ごめんよ、花梨。


「え? お前……マジでくれるのか?」


 間近で聞く水無月の低い声が、奇妙に聞こえる。

 

「あぁ。いらないのか?」

「い、いるに決まってんだろ! あと一つのお面で零生活から抜け出せるんだから!」

「零生活?」

「……そうだよ。……文句あんのかよ?」


 呟いた水無月は、沈黙を作った。そして、大きく息をついたかと思うと、引きつった作り笑みを俺に向けた。

 それは見るに忍びないほどの、痛々しい笑みであった。


「ぶっちゃけるとさ……私の家って貧乏なんだよねぇ。一日を食い繋ぐ事もやっとな家計状況なの。なのに貧乏子沢山というのかな。姉と妹がいるの。三姉妹もいるのに、ひとつ上の姉は去年の鬼神祭で地位零。私も去年は地位零という散々な結果。今年高校一年の妹も、多分同じ結果になるんじゃないかなと思う。もうさ、本当に生活していくことがやっとな状況なのに、二人も地位零がいるんだよ? 笑っちゃうよね」


 感情のこもらない笑い声をあげた水無月。

 彼女の瞳には薄っすらと涙が滲んでいた。

 

「ただでさえ地位零のいる家庭は白い目で見られるのに、二人も零がいるんだよ? だから近所からは虫の様に扱われるし、零の影響でお父さんの仕事も上手くいかない。踏んだり蹴ったりだけど、それもこれも鬼神祭で勝てない私達姉妹のせい」


「……」


「でも、今年こそは! と頑張って、今、一枚のお面を手に入れてるの。そして、俊くんから貰った一枚のお面。私の使用しているお面を合わせて、合計三枚。地位一が決まった様なもの。姉も地位一が決まりそうって喜んでたから、やっとだよ……。この苦しい生活から抜け出す事ができるの……」


 水無月は、大事そうにお面を抱きこんだ。

 地位零生活か。こいつ、苦労してるんだな。


「そっか、じゃあ遠慮無く受け取れよ」

「ありがとう……。でもさ、花梨も言ったように大切なお面だから、何か裏があるのかなって疑っちゃうんだよね……」


 改めてお面の重要性を思い知らされた。でも、それを聞いても約束は守りたかった。

 決して水無月に同情したからではない。酷い目に遭わされた俺としては、同情の余地なんて皆無。

 

 ただ――裏切って傷つけたくはないのだ。

 

 例え裏切りが許される環境であったとしても、その一線だけは越えたくなかった。

 

「お前はリスクを負って特別室まで案内してくれたんだ。酷い有様になったとはいえ、それは変えられない事実だろ?」


 俺は立ち上がると散らかった特別室を見やると、

 

「ったく。信用してくれれば、こんなにも酷い有り様にはならなかったんだがな」

「あうぅ……。信用しなくてごめん……。このお祭りって騙すこともありだから……。それに俊くんは転校生だし、知り合ってからまだ日が浅いし、それにそれに……」

「まぁ、それもそうだな。無理を言って悪かったよ」


 勢いよく立ち上がった水無月が俺の胸ぐらを掴みあげ、ギラリと瞳を光らせた。

 

「で、でも、今後は違う! 俊くんは完全に信用できる人間になった!」


 何もかもが極端だが、でも信用してくれるのは普通に嬉しい。

 

 ……と、そう素直に喜んでも居られないのだが現状だ。

 

 花梨が般若のような面相で俺を睨めつけていた。

 水無月を落ち着かせて花梨の側に立つと、彼女から放たれるおどろおどろしい空気感で萎縮させられてしまう。

 

「ご、ごめん、日向……。お前から貰った大事なお面を水無月に譲ってしまって……」


 花梨は俺を一瞥し、深くため息を零す。


「貴方にあげたものだから、どうしようと貴方の勝手よ。好きにすればいいじゃない」

「……そうかもしれないけど。でもほら、お面を渡したことで、この黒いお面の正体が暴ける絶好の機会に恵まれたってのは……収穫じゃないかな?」

「そうね。暴けると良いわね」


 唇をとがらせ、俺に背を向けてしまった。

 憤慨しているらしく、声音に棘がある。


 花梨が怒るのも無理はない。せっかくあげたお面を第三者に譲り渡されたとあっては、逆の立場にたてば俺だって腹が立つ。

 仕方のない事とは言え、やはり相談するべきだったのだ。

 

 が、これぞ後の祭りというやつだ。

 

 だから、というわけじゃないが――


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