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第三章

 そうして翌日を迎えたわけだが、花梨は時間になっても家にはやって来なかった。

 

 花梨と連絡を取る手段がない今の状況では、迎えに来るまで待機せざるを得なかったのだが、さすがに一時間も待たされると話は変わってくる。


「まさか……現地集合か?」

 

 花梨の話を聞き違えたのだろうか、と疑いをかけていた。

 彼女がどういった性格なのか分からないが、少なくとも、簡単に約束を破るような人間とは思えなかった。まして自分から誘っておいて、しかも時間を指定しておきながら、それを反故にするとは考えられない。

 

 図書館に連れて行ってあげる、とは、彼女が言い出したことだ。

 

「どうするよ……」


 俺は大いに迷った。

 別にすることもないし、待つことは苦にならないが、現地集合だと花梨は待ちくたびれていることだろう。

 

 待つべきか。

 それとも、現地に向かうべきなのか。

 

 じっとしていることに耐えきれずに、部屋の中をウロウロとしながら考えた。

 その間にも着実に時間は過ぎており、待たせていた場合のことを考えると、じつにもどかしい。

 早いところ手を打たなければならないが、この選択は悩ましいこと、このうえない。

 

「……うそだろ?」

 

 もう、迷っても居られなかった。いつの間にやら、時刻は午前十時を過ぎようとしていたからだ。

 現地集合であれば、花梨を二時間もまたせていることになる。

 

 図書館へと向かう決断を下した俺は、リビングダイニングへと向かった。

 母と共有している棚の前に立つと、次々と棚を引っ掻き回していき、地図を探す。

 

 携帯電話の地図アプリが機能していない影響で、アナログに頼らざるを得ないのである。

 

「あった」


 ようやく見つけた古めかしい地図を片手に、家を飛び出して図書館へと向かった。

 

 現地集合であれば俺の判断は正しかったことになるが、約束の時間に遅れているのであれば、俺が不在であろうとも、非難されることはないと気づいたのだ。







 祭り人に見つからぬよう細心の注意を払いながら、それでいて急いで図書館に向かうこと三十分ほど。

 

「え? ここ?」


『神州村図書館』と書かれた立て看板の前で、俺はあっけにとられていた。

 

 見上げた建造物は、なんというか、村の物とは思えない瀟洒な建物であった。

 地上十階建てのガラス張りであり、建物の周りには観葉植物が植えられている。

 

 建物の隣に視線を移すと、芝生がひかれた公園があり、隅には憩いの場が設けられていた。

 ベンチに座って本を読む者や、芝生にブルーシートを広げて、お弁当を食べている家族連れがいる。

 

 しかし、その中に花梨の姿は見当たらなかった。

 建物の外周も眺めてみたものの、姿を発見することが出来ない。

 

「中にいるのかな?」

 

 祭り人を警戒し、身を潜めて入館したのだが、まばらに人がいるものの、それらは総じて一般人であった。

 早合点に恥ずかしさを覚えながらも、広々とした一階フロアを見回してみたが、ここにも花梨の姿は無い。

 

 すでに図書館にいるのだろうか?

 

 フロアの中央にある案内板を頼りに、二階の図書館へと向かう。

 

 段数の多い階段をあがり、長い通路を渡って図書館の自動ドアを抜けると、圧倒されるほど広い空間に迎えられた。

 整然と並ぶ本棚は数え切れないほどであり、本の量に至っては桁違いに多い。

 

 これでは花梨を探すどころではない。

 最悪、図書館内で迷子になりかねない。

 

 自分一人では埒があかないので、職員に事情を説明して、館内放送で花梨を呼び出してもらったのだが、待てど暮らせど、一向に姿を表さなかった。

 

「来ていないんじゃないですか?」


 職員の面倒気な態度に、少しムッとしてしまった。

 花梨を待たせていなかったことに胸をなでおろしたが、この職員の態度で気分が台無しだ。

 

「そのようですね……。ありがとうございました」


 言って、俺は深々と頭を下げた。


「いいえ」


 話が終わったとみるや、職員はさっさとその場から消えていった。

 手を煩わしたとは言え、あの態度は無いだろ。


 苛立たしさを覚えながらも、図書館に舞い戻った俺は、広大な図書館内をゆっくりと見渡した。


「じゃあ……探すか」


 花梨がいないのであれば、俺一人で何とかするしかあるまい。



 天井からぶら下がる案内標識に従い、歴史書の並ぶ棚に到着すると、直ぐ様その棚をくまなく見てまわった。

 がしかし、探せど探せど村の歴史が書かれている書物に行き着かない。

 

 花梨は

 

「置いてあるとは思えない」


 と言っていたが、そりゃそうだなと思い直す。

 物理学を根底から覆す『お面の力』というオカルトの書かれた書物なんて、人の目に触れるような場所に置くはずないのだから。

 やはり、特別室と呼ばれる所にあるのかな。


「まいったな」


 誰彼かまわずそう零して頭を掻きむしる。

 当初は花梨を誤魔化す為に「図書館」というワードを出したが、俺の持つお面にも力が宿っているかもしれないと知れた今では、その秘密を解き明かしたい欲求に駆られていた。

 何とも現金な話と思えるが、仕方のない事だ。

 

 じゃあどうするかというと、探すしかないわけであって、でも時間も限られていることだし、思い切って職員に尋ねようかと思った。

 が、先ほどの職員の不躾な態度がひっかかり、声をかけられずにいた。

 

『ないんじゃないですか?』


 あの職員のことだから、舌打ちしながらこう言うに違いない。

 別の職員に頼んだとしても、同じような態度だろう。なぜだか、俺を見る職員の視線が冷たいからな。

 

「まいったな……。本当にまいった……」


 どうするべきかあぐねいていた所、左肩に衝撃を与えられ、驚愕して飛び上がってしまった。

 慌てて振り返ると、そこにはロングヘアを体に流し、大きな瞳を細めて優しい笑顔を浮かべる水無月優里奈がいた。

 転校初日に声をかけてくれた隣の席の女子だ。


「やっぱり俊くんだ! こんにちは」


 俺より頭一つ分ほど小さな彼女は、ペコリと頭を下げた。


「あ、あぁ、水無月か。おっす……」


 エプロン姿だが、その下は制服を身にまとっている。そして頭部には紫色の――小面こおもてを載せていた。そういえば水無月も祭り人だったな。すっかり忘れていたよ。

 

「さっきの放送を聞いて、まさか、って思ったけど、やっぱり俊くんだったんだね!」

「あぁ、あれな。そう、俺だよ」

「それで……花梨を呼び出してたみたいだけど、一緒じゃないの?」

「うん。来ているかと思って呼び出してもらったんだけど、来ていなかったんだ」

「そっか。なんか色々と事情がありそうだね」


 水無月は、どこか探りを入れるような視線を俺に向けながらも、

 

「それはそうと、今日は何をしに来たの?」

 

 闘いを挑まれるんじゃないかとヒヤヒヤとしているが、どうやら思い過ごしのようだ。


「お祭りの事を調べるために来たんだよ」

「お祭り? 鬼神祭のことかな?」

「あぁ。鬼神祭もだけど、この黒いお面の事についても調べたいとも思っているんだ」


 と、俺は自身の頭上に乗せている黒いお面を指差した。

 ふぅんと鼻を鳴らした水無月。俺は続けた。


「それよりも水無月こそどうしたんだよ? エプロンなんかしてさ」

「私、ここでバイトしてるのよ」


 なんと好都合な。図書館の関係者であれば、特別室への入室もお手のものだろう。

 水無月とは隣の席だし、一応は知り合いだ。首尾よく入室させてもらえる可能性が高い。


「あ、ごめんね。今急いでるから、またあとで」


 水無月はその言葉を残して本棚をぬってどこかへ行ってしまった。

 助けを乞おうとした矢先に逃げられてしまったが、ここで働いているのであれば休憩時間にでも会うことが出来るだろう。

 そう急ぐ事はあるまい。




 一つ肩の荷が下り、気分も楽になったところで別の本棚へと移った。

 水無月の手が空くまでマンガでも読んで時間を潰そうと考えたのだ。


 だが、いくら図書館内を見て回ってもそれらしいものは置いていない。


 何とも残念な気持ちで歴史の棚に戻ってくると、俺の携帯電話が激しく振動した。

 ポケットからそれを取り出して画面を覗き込むと、メールの受信を知らせるアイコンが表示されている。見ると、見知らぬアドレスからのメールであった。


 件名は無く、内容は『どこ?』の一言のみ。

 なんだこりゃ。


『誰?』と打ち込んで即返信。すると、ややあって再び携帯電話が振動する。

『日向花梨よ。あなたの母親にメールアドレスを教えてもらったの。どこ?』


 文面は普段の態度と代わらない簡素なものだ。

 それよりも、母さんは今、自宅にいるらしい。昨晩も会えずじまいで、ここ数日間、全く顔を合わせられないってのに、花梨は運がいいな。


『図書館だよ。遅いから先に行った』


 それを返信して、二分ほどたって花梨からの返事が届く。


『すぐに向かう』


 文末に車の絵文字がついている。

 ようやく花梨に人間らしい一面を感じた瞬間であった。


『無理してこなくてもいいぞ』


 特別室入室のあても出来そうだし、無理をさせたくない思いからそのように返信をしたのだが、以後、花梨からの連絡は無かった。

 もう出発したのなら、悪いことをしたな。


 そう申し訳なく思っていると、背後から細い声がひょろっと聞こえて体が縮みあがる。


「俊くん……ここで携帯電話を触るのはダメだよぉ」


 水無月が困り顔を浮かべ、か細い声で俺を叱ってきた。幽霊かと思ったじゃないか。

 俺は申し訳なさげに頭を掻いて、携帯電話のディスプレイを消灯した。


「それで、お祭りの事が書かれた本は見つかった?」と、水無月。

「いやぁ、それが見つからないんだよ」

「やっぱりね」


 話を切り出す絶好のチャンスだ。

 俺は限りなく声を潜めながら言う。


「でさ。日向から聞いたんだが、この図書館には特別室ってのがあるんだろ?」

「え? えぇ、あるよ?」


 俺の態度が不審に見えたのか、俺から一歩分ほど離れてしまった水無月。


「そこで、お願いがあるんだが……」


 眉間にしわを寄せ、また一歩下がる水無月。明らかに不審者を見る目つきだ。

 そりゃこんなにへりくだってニヤケ面をしてりゃ、そう思われても仕方がないと思う。

 だけどこんな時、どんな顔をすればいいのか分からなかったのだ。


「その特別室に入れてもらえないかな? 村の歴史が書かれた書物が、そこにあるらしいんだ」

「えっと、それは無理だよ」


 一刀両断、バッサリと切り捨てられてしまった。

 全く以て、取り付く島もない。


「どうしても無理そうか?」


 簡単に諦めてしまっては危険を冒してきた意味が無いので、更に食らいついたが、


「どうしても無理。あたしバイトだし」


 やはり無理だ。この様子だと籠絡する事も難しいだろうし、いよいよ参ったな。


「特別室はカギが必要だし、それに関係者以外を入室させた事が上司にバレたら、大目玉どころの騒ぎじゃないし」

「確かにそうだよな……」


 流石に俺のせいで水無月が怒られる姿なんぞ見たくない。

 

「無理を言って悪かったな」


 どうしようか。

 鍵が必要という事は無理やり特別室に入る事は出来ず、かといって他の職員にお願いした所で門前払いだろう。

 最悪、不審者として警察に通報される事も考えられる。そんでもって、あの職員が、話を大きくするに違いない。

 けれど、ここで身を引くのは惜しい限りだ。


 花梨がこちらに向かっているそうだから、相談してから決めるしかないようだ。

 でも、来なくてもいいとメールをしたから、素直にそれに従うかもしれない。

 困ったな。


「あ、でもね」


 水無月はその場を離れようとした俺の腕を掴むと、

 

「あの、そのね……」

「ん? どうした?」


 水無月は俺の身体に身を這わせると、背伸びをして俺の耳元に顔を寄せる。

 一瞬ドキリとさせられたが、彼女の口から放たれた言葉に、別な意味で心臓を跳ね上げさせられた。


「お、お、お面と交換だと頑張ってみるけど……。どうかな?」


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