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 見上げた虚空には、ゴルフボールサイズの光の玉が無数に、そして不規則に浮いていた。

 

 それら光の玉は瞬く間に線となって伸び、多重に交差をはじめ、一秒も経たずと現実世界にポリゴンモデリングの様な立体物を創造する。

 複雑に交わりあった線の面に、テクスチャマッピングの如く次々と色がにじみ上がった。

 

 瞬きも許さぬほどの一瞬の出来事。

 

「そんなバカな!」


 上空十数メートル先に、突如として巨大なバスが出現。

 緑色の塗装が施されたバスは、鈍い風切音を立てつつ、凄まじい速度で落下してくる。

 

 視界いっぱいに映り込んできたバスを前に、花梨は――

 

「バカなって、どうしたの?」

 

 坊主を見据えていた。


 バスの存在に気づいていない様子であり、それが俺の生存本能に火をつけた。

 一瞬にして花梨の力が間に合わないと判断した俺の脳は、花梨を抱え上げ、退避を命令する。

 

 バスがグラウンドへと落下し、側にあるミニバンを押しつぶして大破。

 鼓膜をつんざく破壊音とともに、舞い上がる砂埃がたちまちに俺たちを飲み込んだ。

 

 もくもくと立ち昇る黄金の砂埃。

 それは風に巻かれて次第に薄まり、バスの全貌が顕となる。

 

「うわぁ!」


 俺の足先にバスの残骸が横たわっていた。

 あと数秒、気づくのが遅れていたら、おそらく無事では済まなかっただろう。

 これほどまでに生きている実感を味わったのは、生まれてこのかた無く、おそらく後にも先にもこれきりだとも思えた。

 

「大丈夫か、日向!」


 腕の中の花梨を見ると、事態を把握出来ていないらしく小さくなっていた。


「……何が起きたの?」

「あの坊主頭の攻撃を受けたんだ」


 上体を起こした花梨は、足元のバスを見て小さな悲鳴をあげた。

 

「き……気が付かなかったわ……。ありがとう……」


 苦々しい声。

 語尾が震え、怒りに燃えているように聴こえる。

 

「流石は鬼神面、といったところね」


 軽やかに立ち上がった花梨は腕を振り上げ、闘う姿勢を見せた。

 が、慌ててそれを制す。

 

「待ってくれ、日向!」


 般若面が俺を見下ろす。

 反撃をしたくてウズウズしているようだが、この混乱に乗じて今は逃げるべきだと提案をした。

 花梨に流石と言わしめる鬼神面所持者が一人だけではなく二人いるのだ。

 

 今は坊主頭が相手だが、金髪がいつ加勢するか分かったものじゃない。

 

「もう少しで制限時間が来る。だから、今は逃げよう」

「ッ……」

「冷静になってくれ、日向」

「……そうね。あたしの怨霊面では、少し荷が重いわ」

「よし」


 片膝をついて立ち上がると、

 

「じゃあ校舎内に――」


 視界が反転している事に気がついた。いや、反転しているだけでなく、俺の身体は宙に浮いていた。

 視界に映る景色から、俺は何らかの力を受けて宙に投げ飛ばされている。 


 そう認識するまもなく、眼前に映る景色がグラウンドいっぱいとなった。


「ぐはっ!」


 身体は硬いグラウンドへと叩きつけられ、反動でバウンドをしながら地を転がる。 

 たたきつけられた痛みもさることながら、胸に強い痛みが走る。

 呼吸することが苦しく、肺が破れたと思える鋭い痛みも同時に伴っていた。

 

 胸を抑えて呻いていると、目の前に現れた見知らぬシューズ。

 これまた何が起こったのか理解が追いつかない。

 お面越しに伝わる激しい衝撃。

 またしても身体は投げ出され、地面を転がった。

 

 腹部、顔面、胸部に執拗なまでに力が加わる。

 何が起きているのか分からず、混乱の極みに達していると、


「やめて!」


 花梨の悲鳴混じりの叫声があたり一面に響いた。

 瞬間、鉄の軋む耳障りな金属的な音が続き、低い唸りとともに暴風が吹き荒れる。


 加えられる衝撃がやみ、あたりを見回す余裕ができる。

 視線を持ち上げると、空中には大破した大型バスが軽やかに舞っていた。

 

 その舞い踊るバスを鮮やかなステップで避けているのは、坊主。

 ここでようやく自身の置かれた現状が分かった。

 

 俺は、逃げるまもなく坊主の暴行にあったのか、と。


「今のうちに逃げなさい!」


 花梨が絶叫する。

 痛む胸部を押されて立ち上がると、こけつまろびつ、その場を離れた――はずだった。視界の端に捉えた坊主の太い足。


「逃さねえよ」


 脇腹に激痛が与えられる。


「ぐっ……」


 倒れそうになる身体を辛うじて踏みとどまらせ、その足を必死に校舎へと向けた。脇腹と胸を抑えながら、校舎出入り口まで死にものぐるいで向かう。

 しかし――


「え……?」


 気が付くと、俺は硬いグラウンドへと倒れこんでいた。

 後頭部に鈍い痛みを感じることから、頭部を殴打されたようだ。流石に堪えきれなかった。


「まじ……かよ」


 ボクサーがKOを決められた時って、こんな感じで視界がどろどろとしているのかな、と朧げに思う。

 

 未だ花梨は反抗を示している様子だが、それもここまでであったようだ。


 バスの風切音が突如として止んだのだ。坊主の力が作用したのだろうと思えた。

 坊主の言っていた言葉が脳裏をかすめる。物質転送。

 

「やめてぇぇ!」


 花梨の狂ったような叫び声が遠くに聞こえた。


「お嬢さんは地位九だっけ? なのに、地位六のオレに及びもしないって、笑わせないでくれよ」


 坊主はそう吐き捨て、


「まぁいい。さっさと頂くものは頂くか」


 うつ伏せの俺の身体が、仰向けにさせられた。

 

 未だ砂埃が舞う中だが、見下ろす坊主の姿は鮮明に映しだされる。

 それはまさに、鬼の出で立ちであった。


「ザコが手間をかけさせんじゃねぇよ」


 屈みこんだ坊主が、乱暴に俺のお面に手をかける。

 それと同じくして、潰れたミニバンから、ギギッ、と音が立つ。が、異変に気がついたらしく、坊主が鼻で笑った。

 

「その潰れた車で何をするつもりだ? このザコもろとも潰すつもりか?」


 花梨は黙り込んだ。

 そして、ミニバンが鳴らしていた音も途絶える。


「へへっ。カスが」


 ボロボロになりながらも生存本能がそうさせるのか、俺は坊主の太い腕を掴んでいた。


「渡さない……」

「ん? なんだよ。鬱陶しい野郎だな」


 まるで虫でも追い払うがごとく、俺の腕を平手で打ち捨てる坊主。

 風船が割れるような、弾ける音がグラウンドに響く。

 

「じっとしてろよ、クズ」


 語尾に嘲笑をにじませる坊主が、再び俺のお面に手をかけた。

 坊主の太い指が、お面と顔面との隙間へと、強引にねじ込まれる。


「いやだ……。渡さない……」


 脳震盪は回復に向かっている。

 体のあちこちは熱を帯び、酷く痛みを発しているもののまだまだ動く。

 依然として力は有り余っている程だ。

 

 であるなら、最後まで抵抗を示したい。時間いっぱいまで、お面は守り通したい。

 

 爪を立てて坊主の腕を掴み上げる。


「このしぶとさはゴキブリ並みだな。黒い色もゴキブリじゃねえか。お前今日からゴキブリって呼ぶわ」

「ゴキブリでけっこう。絶対に、渡すものか!」

「あんましつこいとな、死ぬぞ?」

「死んでも……このお面は渡さない!」


 あんなにも怖じけていた自分が、ウソのようであった。

 異常者が相手であるのに、こんなにも強くなれたのは、花梨の存在があったからだ。

 

 彼女も闘っている。

 だから俺も――闘う。


「死んでもって、死んだらそれまでだろ。テメェはバカか」

「あと少し……。あと少しで制限時間が……」

「うぜぇ野郎だな」


 坊主は掴まれている腕を振りほどくと、拳を持ち上げ、俺の腹部に叩き落とす。

 あまりの衝撃に口から胃が飛び出すような、猛烈な吐き気に襲われる。

 

 嘔吐感をぐっとこらえ、

 

「わ、渡さない!」


 渡さない。渡さない。渡さない。

 こんな事しか言えない自分が情けないくて悔しい。

 だが、今は情けなかろうが、悔しかろうが、お面にしがみつくしか無い。

 

「しつけえな」


 再び振り下ろされた大きな拳。それがみぞおちにめり込み、意識が遠のく。

 抗う力がゆっくりと抜けていき、お面と顔面との間に、ヒヤリとした冷気が入り込んだ。

 

 その現実が俺を絶望の底へと叩きつける。

 

 あと少しの辛抱なのに。脳内で刻み続けられる時計の針は、もうじき制限時間だってのに。

 

 意識が、なくなる――。

 

 薄れる意識の中、かすかに聞こえた鋭い金属音。


「あぁ?」


 坊主は振り上げた拳を止めて上空を仰ぐ。

 どこからともなく落下してきた白い物体が、坊主の顔面に直撃。

 巨体を大きく揺らせてその場に転倒した坊主。

 

 硬い音を立てて転がり落ちたその白い物体は、見覚えのあるものであった。

 俺が首をひねらせて見ているもの。

 それは自宅にある壁掛け時計にそっくりであった。


「なんで、これが……」

「クソが!」


 坊主はそばに転がる時計を足蹴で粉砕すると、俺に跳びかかり、胸ぐらを掴み上げる。

 体は軽々と持ち上がった。

 

「テメェか? テメェのしわざか!」


 俺には、この大男がなんの話をしているのか分からなかった。

 

「答えろ! テメェだろ!」

「……知るか」


 俺であればどんなに喜ばしいことか。

 だが、花梨の話を思い返すに、そんな力がこの黒いお面に宿っているとは考えられなかった。

 

 花梨は言っていた。


『一つとして同じ力はない』と。


 おそらく今の力は物質転送。

 坊主の力にほかならない。


「知るか、だと? 生意気な口をききやがって!」


 坊主は拳を高々と掲げ、勢いをつけてそれを振り下ろす――

 ――まもなく、ウーと低いサイレンが村中を駆けまわった。

 

 俺にとって、待ちに待った鬼神祭の終了を告げる音だった。


「鬼神祭は終わりよ。彼から離れなさい!」


 サイレンの終わりを待たずして、花梨が叫んだ。

 

「早く離れなさい! 守司しゅじが見ているのよ! 早く!」

「チッ……。妙な真似をしやがって。次は容赦しねぇからな」


 俺にだけ聴こえる様に囁き、地面へと突き飛ばした。

 硬い地面に倒れた俺は、虚空をぼんやりと眺め続けた。

 

 何を言われたところで、今の俺の頭には何も入ってこない。

 助かった、という安堵感に支配されているのだから。


 坊主が俺から離れるのを待ってから、花梨が駆け寄る。


「大丈夫? ねぇ、大丈夫?」


 花梨にお面を剥ぎ取られ、上体を起こされた。


「大丈夫……。大丈夫だ」

「病院に行く?」


 花梨の心配げな声音に違和感を覚えながらも、俺は平気だと言い続けた。

 痛い事に変わりはないが、病院が必要なほどではない。

 むしろ、自分の体が頑丈な事を知って驚いたくらいだ。

 

「本当に必要無いのね? 後で病院に行くと言っても知りませんよ?」


 まるで母さんのようなセリフだ。

 

「その時は一人で行くから大丈夫だ」

「着いて行くに決まっているじゃない。バカ言わないで」

「あはは、ありがとう」


 乾いた笑いを漏らし、花梨の肩を借りながら立ち上がった。

 グラウンドは見るも無残な程に荒れていた。

 

 土は抉られ、ミニバンはぺしゃんこ。砂埃は未だに辺りを漂っており、闘いの痕跡が色濃く残こっている。が、そこに金髪と坊主の姿はない。

 

 人心地がつくと同時に、昨日、花梨に戒められた言葉が脳裏をよぎった。

 

『闘う相手を慎重に選ぶことね』


 まさにその通りだと思い知らされた。

 今の状況では、誰と闘おうとも勝ち目なんてものはないのだ。降参を譲れないのであれば、みっともないが敵前逃亡もまた勇気だ。

 

 その花梨の言葉を肝に銘じ、今後は慎重な行動を徹底しようと心に誓った。


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